In Deep

地球最期のニュースと資料

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地球はエイリアンの動物園かもしれないと熱く議論された時代が過ぎて、私たちは「自分たち人類の進化の必要性」の前に途方に暮れる

   

earth-alien-zoomysteriousuniverse.org

今日は、先日読みました「地球はエイリアンの動物園に過ぎないかもしれない」という冒頭の記事をご紹介したいと思います。

というのも、この説自体は「動物園仮説 – Wikipedia」として古くからあるものなのですが、この説がどうのこうのというより、この記事の最後の部分の記述が私の感覚と何となく似ていたからです。

記事の最後は以下のような感じでした。

地球がエイリアンの動物園かどうかを含め、おそらくそれが見つかる唯一の方法は、私たち人類が進化することしかないのだろう。

人類の進化は何がきっかけで起きるのだろうか?

20世紀の終わり頃から最近に至るまで、人類には進化する可能性のある時期がいくつかあったと個人的には思うのですけれど、最近の記事でも書きましたけれど、その人類の進化の道はどうも絶たれてしまった感が漂っています。

それならそれで仕方ないですので、あとは楽しくどんちゃん騒ぎ……というので、もういいのかなと思うこともありますが、しかしまあ、私のように人類全体の進化への希望をやや諦めてしまった人たちだけではなく、いろいろな人がこの世にはいるのですから、「進化」がその先に見えると感じられている方は、その道を頑張って進んでほしいと本当に思います。

というわけで、記事をご紹介しようと思いますが、ただ、そのままの翻訳では、あまりにもわからないことだらけの記事でして、注釈を先につけておきます。

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地球動物園説

まず、そもそも、「地球動物園説」というものは、最近はどうなっているのかということについては、今年の夏にもいろいろと記事になっていました。

下は、2016年7月の WIRED の記事からです。

地球は「宇宙人がつくる動物園」であり、世界はシミュレーションなのかもしれない

WIRED 2016/07/02

地球は、知的な宇宙人たちによって精巧につくられた「動物園」かもしれない──。

天体物理学者のニール・ドグラース・タイソンはそう主張する。そして宇宙人たちは、娯楽として人間の「奇妙な社会」を観察しているのかもしれないと。

タイソン博士は1996年以来、ニューヨーク市にある「ヘイデン・プラネタリウム」のディレクターを務め、さまざまなTV番組にも出演する有名な科学者だ。タイソン博士は、人類が知性をもった宇宙人と接触する可能性については、自分は以前から悲観的だと語った。

博士によれば、人類の知性は宇宙人と比べてはるかに劣っているため、宇宙人を発見する可能性は非常に低いという。そして、何も知らないほうが人類は幸せに生きていけるかもしれないと彼は考えている。

こういう「人類劣っている説」が、どれだけ人類の進化を阻害させているかということについては、まあ・・・結局、唯物論下の見識の中での科学者の宿命ということになるのかもしれないですが、とにかく、こういうようなことがよく話題になっていました。

そして、記事には「フェルミのパラドックス」という言葉が出てきます。

これは、

フェルミのパラドックス – Wikipedia

フェルミのパラドックスとは、物理学者エンリコ・フェルミが最初に指摘した、地球外文明の存在の可能性の高さと、そのような文明との接触の証拠が皆無である事実の間にある矛盾のことである。

フェルミは、当時考えられていた宇宙年齢の長さと宇宙にある膨大な恒星の数から、地球のような惑星が恒星系の中で典型的に形成されるならば、宇宙人は宇宙に広く存在しており、そのうちの数種は地球に到達しているべきだと考察した。

1950年に昼食をとりながら同僚と議論の中では「彼らはどこにいるんだ?」という問いを発したとされる。

というもので、今回の記事の最初が、

「彼らはどこにいるんだ?(Where is everybody?)」

で始まるのはこういう理由だと思われます。

また、記事の最初には、

> 中国で始まった大規模なエイリアン探査望遠鏡

とありますが、これは、過去記事の、

中国政府が「世界最大の電波望遠鏡で地球外知的生命体の探査を開始する」ことの真意は
 2015/10/19

に書いたことがありますが、世界最大の宇宙望遠鏡を中国が建設し、それを使って地球外生命体探査を開始したのが今年 10月でした。

中国の地球外生命体探査望遠鏡 FAST

alien-search-telescopeCNN

この試みが無駄であろうことは、先ほどの記事に私は、

この中国という国で行われる、とんでもない予算をつぎ込んでいると思われる地球外生命探査プロジェクトについて、こんな、一見「無駄」にも思えるプロジェクトを、どうして本気で始めようとしたのだろうとは思います。

「無駄」と書きましたのは、すでに地球では、50年以上前から、様々な機関や団体によって「地球外知的生命体探査( SETI / セチ)」と呼ばれる「電波の受信による地球外知的生命体プロジェクト」が行われて続けているのですが、その 50年間の成果は、

「基本的にゼロ」

だからです。

と書いていたりしますが、基本的に、単一の次元でのエイリアン捜しなど、笑い話以上のものではないはずです。

異次元や他次元の宇宙を理解するところから始めなければ「外宇宙とのコンタクトは存在し得ない」とも考えます。

これに関しては、過去記事、

NASAのアポロ計画のすべての公式通信記録が機密指定解除。そして、そこに残される「宇宙飛行士たちが月で経験し続けた謎と驚異の世界」
 2016/08/06

の中にあります、機密指定が解除されたアメリカ連邦捜査局(FBI)の 50年以上前のアーカイブの中にある「 FBI によるエイリアンの描写」のほうが、はるかに的を射ていたものだということがわかります。

機密指定解除がされ公開されたFBIの文書「UFO」の表紙

fbi-ufo2FBI

たとえば、そこには、

・彼らは、私たちがしばしば使うような意味での任意の「どこかの惑星」から来ているのではない。彼らは、彼ら自身にしっかりと浸透しているエーテル性の惑星から来ている。その世界は私たち地球の人間には知覚できない。

・訪問者たちの体と乗り物はもまた、私たちの高密度物質の振動率に入り実体化されたものだ。

・彼らは意志でエーテル性を再入力し、跡形もなく私たちの視界から簡単に消えてしまうことができる。

これが(当時の)地球というか、アメリカに来ていた異星人の正体だとすれば、時間と空間にとらわれた価値観の中でそれらを認識することはできないはずです。

なのに、SETI や中国のように、今でも「時間と空間の括り」の中で、物理的に探査を試み続けるうちは絶対に成果は得られないような気はします。

フェイクの結果を出す以外は。

 

というわけで、いろいろと書いてしまいましたが、ここから冒頭の記事です。

そういえば、この記事では、フェルミ博士の言葉と「楽曲の歌詞」がかけられていることに後で気づきまして、最初の「彼らはどこにいるんだ?」は、ナイン・インチ・ネイルズというアメリカのバンドの 1999年の曲のタイトル  Where Is Everybody? とかけられていて、記事の途中に書かれてある歌詞のようなものは、ザ・ポリスという英国のバンドの 1983年の「見つめていたい」という曲の最初の歌詞です。


Earth May Be an Alien Zoo and We’re All Just an Exhibition
mysteriousuniverse.org 2016/11/14

地球はエイリアンの動物園なのかもしれないし、我々すべては単なる展示品なのかもしれない

彼らはどこにいるんだ?

今年 10月に中国で始まった大規模なエイリアン探査望遠鏡の稼働によって詳細な探査装置と宇宙探査機が火星での生命の証拠を探すにつれ、フェルミのパラドックスが私たちを挑発し続けている。

この宇宙に何十億年前から、何十億個もあるであろう銀河と太陽系の中に、やはり何十億もの地球と似た惑星があり続けたとしたならば、宇宙に私たちより先進的な文明がある確率は高い。

物理学者エンリコ・フェルミは、「彼らはどこにいるんだ?」と、問い、それに続く科学者たちもまた同様に熟考し続けている。

イングランドの物理学者であり科学番組のプレゼンターとして有名な元アイルランドのロックスター(D:Ream)であるブライアン・コックスは、最近、エイリアンたちは彼らはその高度なテクノロジーで宇宙旅行をするのではなく、自らを滅亡に導いたために私たちはエイリアンを見ることはできないという悲観的な意見を提案した。

最近、同様に悲観的な理論が戻ってきている。
別のロックスターがそれについて歌う:

あなたの呼吸のひとつひとつまで
あなたが作るしぐさのひとつひとつまで
そしてその手で断ち切ったつながりや
あなたの歩みのひとつひとつまで
私はずっと見ている

地球がエイリアンの動物園だという仮説は 1973年に、マサチューセッツ工科大学(MIT)の電波天文家であるジョン・ボール(John Ball)によって提案された。

彼は、エイリアン生命は存在していて、私たちよりはるかに進んでいるという考えを持つ。何において進んでいるかというと、彼らエイリアンは、私たちに影響を与えたり、支配することを望んではおらず、私たち人間から離れた場所から、ただ観察をしているというのがボールの持つ仮説だ。

いわば、地球はエイリアンの動物園だという主張だ。

もっとも、彼の例えの場合、ニュアンスとしては、動物園というより「野生動物保護施設」というほうがしっくりと来る。私たちは捕らえられてもいなし、檻に入れられてもいない状態で自分たちの地球で暮らしているが、観察されているということだ。

しかし、そのような高度で慈悲深いエイリアン文明が、このような能力を持つ唯一の文明であると仮定すれば、それは理にもかなっているかもしれないが、高度なエイリアンの文明が複数だった場合はどうなるだろうか。

あるエイリアンたちが、これらの外来文明(地球の文明)を観察しながら、そのことを隠しておくためには、文明間での協力が必要なはずだ。それには、おそらく支配的な文明またはリーダー的な文明によって指示されるようなことが必要だろう。

あるいは、彼らがすべて独立し、同じように慈悲深い「進んでいるが干渉しない」状態に進化し、収束している必要がある。

それは進化から多くを求める事柄だ。

地球がエイリアンの動物園だという仮説には議論の余地があり、科学界では高く評価されていないが、SFやその他の分野で多くの形で現れる。

アーサー・C・クラークの小説『幼年期の終わり』では、人間が宇宙旅行を進めようとしているときに、エイリアンの観察者たちが自分自身の存在を明らかにする。

テレビドラマ『スタートレック』では、ピカード船長が指摘したように、人間文明を先進文明と位置づける「最優先指令」という回がある。

これまでの歴史では、あまり発展していない文明に人類が干渉すると、その干渉がどれほど意図的であっても、結果は常に悲惨なものとなり続けるということを繰り返している。

 

私は時々確信することがある。それは、この宇宙のどこかににいる知性のある生命は、私たち人類にコンタクトしようとしていないということだ。

地球がエイリアンの動物園かどうかを含め、おそらくそれが見つかる唯一の方法は、私たち人類が進化することしかないのだろう。

人類の進化は何がきっかけで起きるのだろうか?