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地球最期のニュースと資料

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クリミア半島や火星に見られるイエス・キリストの姿から思う「神の創造を否定したバチカン」の今後

      2016/01/04

海外のサイトで、日本の富士山の初日の出の様子が紹介されていて、今年の富士山からの初日の出は、下のように見事なご来光だったようです。

2016年1月1日の富士山からの初日の出

fujisan-2016-0101ANN News

 

考えると、三が日は一度もニュースを見なかったので、このような報道も海外のサイトで知るということになってしまいました。

ところで、年末頃は、イエス・キリスト関連といっていいのかどうかわからないですが、そういうような、いくつかのことが話題となっていました。

 

火星のイエスとクリミアのイエス

下の写真は、NASA の無人火星探査機キュリオシティが撮影した火星の表面の写真です。ここにちょっとした話題のものが写っています。オリジナルは、NASA のジェット推進研究所のこちらのページにあります。

mars-stature-01NASA

 

上の写真は縮小していますので、何だかよくわからないかもしれないですが、写真の最上部の真ん中あたりに下のようなものが写り込んでいることがわかるのです。

mars-jesus

 

海外のサイトなどでは、彫像のように見えるとか、キリストの像に見えるとか、いろいろと話題となっているのですが、まあ、偶然にせよ何にせよ、こうはっきりとした「人の顔的なもの」をキュリオシティが撮影してくれたことは印象深いです。

この、顔のように見える陰影の周辺自体が、全体として、下のように確かに遺跡っぽい趣はありまして、火星の写真はいつ見てもおもしろいなあと改めて思います。

mars-jesus-03

 

そして、昨年12月の年末、メキシコのテレビ番組で、クリミア半島の空に下のような雲が浮かび上がったということが報じられていたのだそう。

クリミアの空に出現したとされる雲

crimea-2015Judgement Day: ‘Face of Jesus’ appeared in the clouds in ‘call for peace’

 

クリミア半島という場所は、今現在の状況はあまりはっきりとはしませんが、ロシアとウクライナの間で起きたクリミア危機の現場でもあり、多くの血が流れた場所ということもあって、英国エクスプレスの記事などでは、「審判の日:平和を求めてキリストの顔が空に浮かぶ」などというタイトルがつけられて紹介されていました。

これが本当の現象だったかどうかは、もうわからないとしか言いようがないですが、この顔は、いわゆる「トリノの聖骸布」というものと似ているのです。

聖骸布 – Wikipedia

聖骸布(せいがいふ)は、キリスト教でいう聖遺物の一つで、イエス・キリストが磔にされて死んだ後、その遺体を包んだとされる布。

イエス・キリストの風貌を写したという布には、聖ヴェロニカの聖骸布、自印聖像など、複数あったといわれるが、ここではただ一つ現存するトリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されている「トリノの聖骸布」を解説する。

下の写真の左がトリノの聖骸布です。

聖骸布(左)とクリミアの空に出現したとされる雲

Turin-Main-628569

 

ここまで似ていると、ちょっといぶかしい感じもしないでもないですが、このクリミア危機の現場周辺では、いろいろと空に起きたとされていることが一昨年以来多く報じられています。

ウクライナのドネツィク州グラボヴォという場所では、「十字架の形をした雲」が撮影されたことが昨年の 12月に報じられていました。

ウクライナ上空で撮影された移動する謎の光

Cross-ukrainemysterious crosses’ appear over warzones

 

この場所は、2014年7月にミサイルで撃墜されたとされているマレーシア航空17便撃墜事件の現場で、目撃されたのが、その1年後の 2015年7月だったというのは、かなり「できた話」ではありますが、真偽はともかく、多く報じられていました。

これらのすべてにおいて、現象自体の真偽やその正体が不明という部分はありますが、こう集中的に「イエス関係」の出来事が起きるということは興味深くはあります。

さて、その一方で、キリスト教のお膝元ともいえるバチカンへの訪問者ですが、「2015年の訪問者は、前年の半分だった」ことが、デイリーメールで報じられていました。

2014年は 590万人がバチカンを訪れたのですが、2015年は、320万人だったそうで、1年で 270万人も減少したとのことです。

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神の創造を否定し始めたバチカンの今後

バチカン訪問者の大幅な減少が、キリスト教の信者数の減少と直接リンクするものではないでしょうが、国別ではかなりの変化を見せているようです。

キリスト教信者の数の多い国は、現時点では、

・アメリカ 2億4700万人
・ブラジル 1億7500万人
・メキシコ 1億人
・中国 6700万人

などとなっていますが、THPの記事には、

『中国の宗教』などの著作があるフェンガン・ヤン教授は、アメリカのキリスト教人口が減少する傾向にある一方で、中国のキリスト教人口は、2025年までに1億6000万人、2030年までには2億4700万人に拡大し、アメリカを抜いて世界最多のキリスト教徒を抱える国になると予測している。

ということで、将来的には、「世界で最もキリスト教信者が多い国家は中国」ということになっていくとの見込みのようです。

まあ、今後、宗教にもいろいろとありそうですが、特にキリスト教というか、バチカンに関しては、過去記事、

「第三次世界大戦が侮辱画から始まるとは誰が想像しえたか」
 2015/01/14

という記事に書きました、アメリカの南北戦争時の南部連合の将軍で、フリーメーソンの最高位にもいたと思われるアルバート・パイクという人が 1871年8月に書いたとされる手紙の「第三次世界大戦」に関しての記述の最後に、下のような部分があることを思い出します。

そして、キリスト教と無神論の両方を破壊する動きに続くだろう。共に征服され、この世から消滅するのだ。

全文は上の記事にありますが、パイク将軍は、第三次世界大戦は「イスラム世界との摩擦」で起きると述べていて、最近の世相を考えますと、あり得ないことでもないのかなとも思います。そして、パイク将軍は、「キリスト教も消滅する」と記していたようです。

まあ・・・このアルバート・パイクという人がまた・・・えーと、少し前に、一昨年に亡くなった友人のことを少し書いたことがあります。

追悼の日に思い出すディープコリアな旅
 2015/12/28

その友人の田中くんという人はいろいろな人と似ている人でしたが、・・・このアルバート・パイク将軍が、また、とても似ているのですね。

アルバート・パイク
Copy_of_pikema150.org

 

田中くんは、典型的な「有言実行の人」だっただけに、何だかこのパイク将軍の手紙が最近気になっているのでした。

そして、バチカンそのものについては、以前、たまに書くことがありましたが、現法王のフランシスコ法王は「神に仕える身としては言っていることが妙」だということは、

神による天地創造を否定し、ビッグバンと進化論を演説で肯定したフランシスコ法王
 2014/10/30

などの記事で記したことがあります。

フランシスコ法王は公式の演説で以下のように言っています。

私たちが聖書の創世記の記述を読む時には、神が魔術師であったかのような錯覚や妄想に陥る危険があります。それはまるで、神が魔法の杖ですべてのものを造り出したかのような妄想です。

しかし、それは正しくありません。

創造は、何千年、何千年といったように何世紀にもわたって続いて、現在に至っているのです。なぜなら、神は創造者でもないし魔法使いでもありませんが、すべての存在に生命を与えた創造主だからです。

キリスト教徒ではない私も、さすがにこれを聞いて、

「神の創造の否定は、キリスト教のボスが言うことじゃないだろ」

とは思いました。

この時の演説では、フランシスコ法王は、ビッグバンと進化論も「神の教えとは矛盾しない」と語っています。

生命が適当に発生して、単純に進化してきたと考えるには、たとえば、フレッド・ホイル博士の著作『生命はどこからきたか』に書かれている下の「壮絶な生命の精密さ」などから、冷静に考えてみてもいいかと思います。

『生命はどこからきたか』 第14章 より

30 個の不変なアミノ酸を持ち、100 個の結合部分からなる短いポリペプチド鎖でさえも、20 の 30 乗、約 10 の 39 乗回にもなる試みが行われて初めて機能を持つ酵素となる。

300 個の不変部分を持ち、1000 個の結合部分からなる酵素の場合は、要求される試みの回数は 20 の 3000 乗で与えられ、それは 1 の後に0が 390 個も並ぶ数である。

さらに、われわれはただ一種類の酵素だけを取り扱うのではなく、最もシンプルな有機体でさえ 2000 種類、われわれのような複雑な生物では約 10 万もの酵素と関係しているという点でも超天文学的数である。

こういうものが「自然にできる」ことなどあり得ないし、時間の経過と共に「進化」して、このように完成していくとも思えません。数十億年の歴史では時間が短すぎます。

そして、昔よりも、むしろ、そういった生命の驚異が判明するような、生命科学が進んだ今の時代だからこそ、「神」という概念を思う気持ちがむしろ全体的には強くなってきているような気はします。既成の宗教信仰者の数が減っても、神に思いを馳せる人は多くなっていると思います。

そして、特に、最先端科学や宇宙物理学を研究している人たちは、どこかの時点で「神という壁」に突き当たっているような気がします。口にはしなくても、「あまりにも奇跡すぎるこの世の仕組み」の向こうに、とらえどころはなくとも確実な「存在」を感じるのだと思うのです。

ここでいう「神」とは、宗教で語られるイメージでの神や神々とはまったく違うもので、つまり「この世の存在を支えている存在としての神」です。

私たちを含む生命の存在の奇跡や、何よりも、この世の存在自体の奇跡。

こういうものは、「神」という言い方ではなくとも。かなり偉大な「もの」が存在していなければ、成立しないものだと私は確信しています。

しかし、フランシスコ法王は、さきほどの演説で、

「神は万能ではないし、神がこの世を創ったのではない」

と高らかに宣言してしまっています。

そして、それを聞いて、私は上の記事で、

「この世から神という概念を消したい存在」のひとつが、もしかするとバチカンなのかもしれないと思った次第です。

と書いたのですが、これはアルバート・パイク将軍の「将来的にはキリスト教を消滅させる」という意志とも通じるものがあるように思います。

今年 2016年は、さまざまな宗教にとっても大きな転換点になるのかもしれないし、それが契機となって、大きな戦争のような出来事にまで突き進むこともあり得るのかもしれません。