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地球最期のニュースと資料

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地球が新しい地質時代「人新世 / アントロポセン」に入ったと科学者たちが宣言しようとしていることに対して少し思ったことは

   

2016年9月1日の米国クォーツより

Anthropocene-01QUARTZ

南アフリカのケープタウンで行われている第 35回国際地質学会議(International Geological Congress)において、科学者たちが、私たち人類は「人新世(アントロポセン)」という新しい地質時代の中にいると決定することを検討しています。それは下のような概念です。

人新世:ひとしんせい、じんしんせい = Anthropocene(アントロポセン)とは、ノーベル化学賞受賞のドイツ人大気化学者、パウル・クルッツェンによって提案された造語で、人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった近年の地質学的な時代を表しています。 更新世の次の地質時代の、人類の時代という意味です。 anthropocene

何かオオゴトげな話ではあるのですが、このことが世界で一斉に報じられていましたので、少しだけふれておきたいと思います。

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人類の時代という概念

地質的な新時代という響きは、何だか本来なら「新しい時代」ということで、喜ばしいもののような概念である気がするのですが、海外の報道のタイトルのイメージを見ていますと、どうも晴れがましくない。

たとえば、下は、すべてこのことを報じたニュースです。

2016年8月31日のカナダ・ジャーナルより

canadajournal-a-01canadajournal.net

2016年9月2日のエコノミストより

economist-a-01.economist.com

2016年8月31日の英字メディア「アース・クロニクルズ」より

earth-c-01earth-chronicles.com

「なんで、みんな写真が核爆発なん?」

と、普通はそういうように思いますよね。私も思いました。

新しい地質時代と、これらのイメージがどう関係あるのかよくわからないかったのですが、まず、この「人新世」とはどんなものなのか、少し過去の報道などをみてみますと、今年1月の毎日新聞でそのことにふれていた記事がありまして、そこから抜粋してみます。

我々の世代は…新たな地質年代「人新世」に突入か

毎日新聞 2016/01/28

核開発など人間活動の影響で地球は新たな地質年代「人新世」に突入したのか−−。そんなテーマの国際シンポジウムが 2016年1日29日から、東京都台東区の国立科学博物館で初めて開かれる。大量のプラスチックや核実験による放射性降下物など、地球に半永久的な痕跡を残す現代文明を問い直す試みだ。

地質年代は、化石など地層や氷床に刻まれた痕跡によって定められ、三葉虫が登場した古生代カンブリア紀、恐竜が繁栄した中生代ジュラ紀や白亜紀などに区分される。現在は258万年前に始まった新生代第四紀の「完新世」と定義される。

ノーベル化学賞を受賞したドイツの大気化学者、パウル・クルッツェン博士は2000年、生態系や気候への人類の影響が拡大しているとの危機感から、「人新世」という新しい年代を提唱した。日本学術会議によると、「じんしんせい」と読むのが一般的という。

 

ということで、日本語の読み方が「ひとしんせい」とか「じんしんせい」とか、どうして、こんなに読みづらい日本語になってしまったのかはともかく、この辻仁成、いや、人新世というのは、

> 大量のプラスチックや核実験による放射性降下物など、地球に半永久的な痕跡を残す現代文明

のことをさす意味での地質時代ということになりそうです。

なるほど。

科学者たちの見解としては、今の時代は「核兵器などがもたらした物質は、地球の地質に、地質的特徴として長く残るほどの影響がある時代」ということを言いたいようで、上の記事の中には、「地球に半永久的な痕跡」という言葉もありますが、この毎日新聞の記事の最後は、

企画した同博物館の研究員は「100万年単位で地球に痕跡が残る人類活動の影響を考え直し、未来につなげる方策を考える出発点にしたい」と語る。

で終えていました。

なるほど、人類の活動が地球に影響を与えていることを内省しようという意味での、純粋な地質学的概念というより、やや「思索的な地質概念」というようなものであるようです。

そして、そういうように考えることは大変に素晴らしいことだと思いますが・・・しかし・・・同時に難しい問題ともなってきました。

というのも、私たち人類が、これまで地球上にまき散らしたものの中で、「地球に半永久的な痕跡」を残すもの、や、「100万年単位で地球に痕跡が残る人類活動」がどれくらいあるのか、という問題にぶつかるからです(おそらくないです)。

たとえば、やや乱暴な質問とはいえるものですが、Yahoo! 知恵袋の 2013年11月17日の「核戦争で質問します」で始まる質問に、以下のようなものがあります。

核戦争で質問します。
現在2013年の核ミサイルを全部使ったとして、
核戦争の後、残留放射能が自然浄化するのは
何年後になるでしょうか?
だいたいでいいので教えてください

この質問に対してのベストアンサーは長いものですが、そこから一部抜粋しますと、結論は以下のようになります。

現在の多くの核爆弾は水爆で、寿命の長い放射性物質に関しては広島や長崎に投下された原爆よりも一発あたりなら10分の1以下です。(中略)

水爆で発生する放射性物質は急速に放射能を出さなくなり、1週間もすればそれほど影響がありません。

放射性ヨウ素やセシウム・ストロンチウムも出るのですが一箇所に大量に落とさない限り健康被害が心配されるレベルではなくなります。

仮に地球上の全ての水爆が爆発してもチェルノブイリで放出された放射性物質の量の数倍程度の量にしかならず、広く分布するので人が住めないような状況にはなりません。

人が住めるレベルとか以前に浄化されると言う意味で考えれば未反応ウランやプルトニウムは簡単には消えてくれません。でもそれほど大きな放射能を持っていないので無視できます。

無視できない、セシウムやストロンチウムのような比較的長い半減期を持つものでも900年すれば10億分の1になりますので、数百年もすれば厳密に測定しないと分からない程度まで減ります。

要するに、今の全世界にあるすべての核兵器、つまり 1万5000発ほどが、爆発して、仮にその際に多くの人類が死に絶えたとしても、数百年後には通常の状態に戻っていると上のアンサーの人は答えています。

実際には、生物に影響のあまりないレベルまで下がるには、数百年もかかるとも思えず、せいぜい数年から、あるいは数週間といったところだと思います。

現実的な話として、ずいぶんと昔の記事ですが、In Deep でサバイバル・マニュアル的な記事も書いていた時のものとして、アメリカのサイトの内容を翻訳したものに、

核攻撃を受けた際の対処法
 2010/11/01

というものがあり、その中に核爆発の後に適用される「セブン-テン・ルール」というものが出てきまして、それは以下のようなものです。

セブン-テン・ルール(The “seven-ten” rule)

最初の爆発の後、放射線の量は 7時間ごとに 10倍ずつ減少することを覚えておくのもいいかもしれない。

たとえば、 500ラドのレベルは、7時間で 50ラドまで下がり、そして、7日( 49時間)後には 5ラドまで減少する。つまり、もし、あなたが良いシェルターを持っているのなら、そこで7時間じっとしていれば、生き残る可能性が高くなるということだ。

いつシェルターを出ればいいのかは、放射線測定装置、ラジオ、携帯電話との併用で把握できる。

 

これは、簡単に書けば、核爆発の際の大気中や放射性降下物(死の灰)の放射線の量は、7時間ごとに 10倍ずつ減るということで、つまり、

・7時間後には 10分の1に減少
・49時間後 100分の1に減少

ということになり、この計算からですと、700時間後(約 1ヶ月後)には 1000分の1にまで減少するということになり(これは大ざっぱな計算ですが)、もちろん、それでも人体には影響はあるのかもしれないですが、致命的な放射線量が存在するのは、爆発後の最初の数時間から数十時間程度というのが、現状でのアメリカのプレッパーズ(サバイバルを用意している人々)たちの一般認識のようです。

 

これからの私たち人類は「考えなければならない」

ちなみに、私は、地質学者の方々が言うような「人類が地球な大きな影響を与え続けてきた」ことに対して異議を持っているのではないです。

地球は・・・産業革命から始まったとして、たった数百年程度で、人類から計り知れないダメージを受けてきたことは確かだと思います。

考え直さなければならないことはものすごくあると思います。

しかし、私たちが考えることで、もっと大事なことがあるはずです。

それは、私たち人類が、

「地球の浄化能力のものすごさ」

を改めて知り、地球に今よりさらにさらに大きな尊敬の念を持つことです。

地質学でいえば、地球は単なる土や岩の固まりなのかもしれないですが、それ以前として、「生きている存在としての地球」という観点を忘れてしまうと、どれだけ素晴らしい語句を並べて地球を守ろうとしても、人類が「地球は死んだ鉱物の塊」と考えている以上は何も変わらないと思います。

死んだ鉱物の塊には尊敬を与えられにくいからです。

地球は、抽象的な意味ではなく「実際に生きている」からこそ、どんな致命的な事象の後でも、あっという間に現状復帰する。

地球は強い。

自然は強い。

もちろん、人間も強い。

まずは、そう思えるような価値観を地球に育てることの方が大事だと思うのですが、もう時間的に無理かもしれません。

 

今の社会の私たち人類の文明の方向はものすごく間違っていることに異論はないです。

それでも、そのことをごまかすために「地球を弱く」してはいけないです。

第1の条件は、地球は強いこと。

人類がどれだけ地球をいためつけてとしても、(そして、それで人類が滅びたとしても)信じられないスピードで地球は回復するはずです。

もちろん、地球が壮絶な回復力を持っているのは、「人類を地球で再び暮らせるようにするため」で、それ以外はないはずです。

私たちが今持つべきは、その地球の存在の偉大さへの尊敬であり、そういう尊敬の心を本当に持てるのなら、もう、今までのような、地球とそこにいる動植物たちを搾取し続けるような「反省ばかりの人類文明史」を繰り返すことはないのではないかと思います。

ただまあ・・・もうどうなんでしょうね。

ターンできたかもしれない局面が、この8年くらいの間に何度かあったかと思うのです(少なくとも日本人には)。しかし、結局、人類文明はターンできなかったと感じます。これは誰のせいでもなく、強いて言えば、これが人類全員の総意なのだと受け取っています。

もちろん、この地質学者の方々も、今のこの「間違っている可能性が高い時代」に対して何かを提示しようとして、このような宣言の動きを出しているのでしょうし、他にも世界のいろいろな賢者は、この時代と、これから先の時代に対しての提言をされているようにも思います。

ネガティブな思考の私は、もはや、一掃された方が再生が早いという考えに傾きつつありますが、そうではなく、現状を維持しながら、良い方向に持っていきたいと考えている方々もたくさんいらっしゃると思います。

そういう賢明な方々によって、少しでも良い方向に行けばいいとは思ってはいますけれど。