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4月12日にメルマガ夢見と古代ギリシャと「痛みとの個人的歴史」が混沌とを発行させていただきました。

2015年からの世界 人類の未来 人類の覚醒と真実

カイロスとクロノスの時間の整合性のバランスが崩れてきまして……。これは変容? それとも崩壊? そしていよいよ見えてきた2009年のウェブボットの「新しい戦争」の行方

投稿日:2015年12月21日 更新日:

グアダルーペの聖母の日(毎年12月12日)にコスタリカ上空に出現した「雲」

angel-cloud-costa-rica-1crhoy.com




 

昨日一昨日と記事の更新が2日間、開いてしまいました。一昨日は、リラ・コスモスさんのライアーのコンサートに行かせていただきまして、それはとても良かったのですが、そのことは別で書かせていただくとして、最近、ちょっと「やや異常かな」と思うことがあり、わたくしごとですが、ちょっと書かせていただこうかと思います。

 

時間の流れの早さが「訳が分からない域」に

何かといいますと、最近、時間が流れるのが早くて仕方がないんです。

以前は単に感覚的な感じだと思っていたのですが、どうも最近は、現実的にいろいろと「やるべきことが間に合わないほど時間が足りない」のです。

たとえば、In Deep のブログの記事を書いていても、以前なら普通に書き終えていたような時間の感覚でいると、それよりも1〜2時間ほど時間が早く進んでいる感じで、予定していた時間内に書き終わらない。

何より、一日に何かひとつ小さな予定を入れると、それだけで終わってしまったりするのです。

文字通り、「あっという間」に一日が終わっていきます。

時間が過ぎるのが早く感じられるのは、年をとればあることでしょうけれど、ここまで現実の行動に影響が出てくると、不便というのか、一日がものすごい速度で過ぎていっている感じで、どうも何だか違和感を感じるレベルになっています。

そういえば、以前、 こちらの記事など、何度かふれることがありましたが、私が人生で最もお世話になった一種特別な存在の「田中くん」という友人がいまして、最近、四十代の若さで病気で亡くなってしまいました。

そして、今年もお墓参りに行こうと、共通の友人に電話をして話をしていました。

 「もう1年経つんだなあ」
友人「早いもんだな」
 「去年のお墓参りは寒かったよねえ」
友人「うん、寒かった」
 「・・・・・あれ?」
友人「どした」
 「 ・・・なんかおかしい」
友人「何が?」
 「去年のお墓参りは一回忌のお墓参りだったような・・・」
友人「そうだっけ?」
 「・・・・・2年前だ! 田中くんが死んじゃったのは2年前だよ。1年前じゃない」
友人「違うだろ・・・だって、あの冬・・・ああそうか・・・あれは2年前か」
 「あれは2年前だ・・・。何かこう・・・1年分の記憶が空白になってる感じがする」
友人「ああ・・・何だろうな、これ」
 「今年も異常に早かったしな」
友人「ボケてんだか、他の理由なんだか」
 「何だかな」

というような会話になったことがありまして、1年だか2年だか、あるいは3年なんだか、もう全然わからない感じになっています。

かつて、未来予測プロジェクトのウェブボットで、「時間の変容」について書かれたものがありました。

下のようものです。

2009年3月20日のウェブボット ALTA レポートより

・「変容した時間感覚をもつ人々」というキーワードが強くなっている。これは、時間に関係する人間の新しい精神的な能力を指す言葉である。

・ この新しい能力によって人間の時間感覚は変化する。この能力で反応時間が飛躍的に高まったり、遠くのものがよく見えるようになったりする。これはものを見る行為と関係が深い能力である。

・ この現象は、来るべく革命と関係が深い。確かにこれから、既存の社会秩序は崩壊し社会的混乱が発生するので、目の前で起こっていることが信じられなくなり、幻想を見ているような錯覚に陥るだろう。だが、「変容した時間感覚」という現象はそうした社会変化と関連した現象では必ずしもない。この現象には宇宙からの未知のエネルギーが直接関係している。

・ この「時間感覚症変容候群」とも呼べるような現象は、社会が混乱するのでそのニュースの陰に隠れてしまいあまり報道されることはない。

・ 影の支配勢力は、この時間感覚症変容候群の現象を大変に恐れる。この恐怖は、影の支配層の上層部から低い階層まで広く共有される。

・ 時間感覚の変容が起こると同時に、社会秩序の根本的な転換が起こる。それは、これまでの父性的な階層原理を中心とした社会から、神々しい母のイメー ジを中心とした母性原理の社会への移行である。影の支配層はこの変化を恐怖するのである。

あるいは、私が古代ギリシャには「クロノス時間とカイロス時間という2つの時間の観念があった」ことを知ったのも、ウェブボットのクリフ・ハイのエッセイによってでした。

kairos-timepinterest.com

 

これについては、最近では、

ギリシャ暴動の意味:彼らは自分自身と世界を「カイロスの地球」に戻す責任を果たせるか?…
 2015/07/17

という記事でも下のように書いたことがあります。

ギリシャにあった偉大な時間の概念

古代ギリシャには「ふたつの時間の観念」がありました。

クロノス時間とカイロス時間というふたつです。

クロノスは、現在でも使われている時計などで表すことのできる「いわゆる時間」の観念で、カイロスは、一般的な時間とはちがう「主体的な時間」を指します。

ということは、実際には「カイロス時間」には物理的な定義がないですので、「時間は存在しない」という意味にもなります。そういう観念を持っていたということは、古代ギリシャの人たちはきわめて精神的な存在でもあったといえます。

その中で、「物理的な文明発展」も進む中では、主体的な時間だけでは不都合で、それで、現在の「時間」となるクロノス時間というものが発明されたのかもしれません。

古代ギリシャ人たちは、物質的に生活するために必要なクロノス時間と共に、「真理から見た時間(存在しない時間)」という意味のカイロスのふたつの時間を使っていたという、すぐれた人々だったようですが、このカイロス時間というものは、その幅は、

「決められていない点から、決められていない点までの無限」

となっているわけで、つまり、カイロス時間から見れば、始点も終点もないといえるわけで、もっというと、

「始点と終点はひとつである」

という概念になるようにも思います。

ギリシャ文明にしても、その「始点」と「終点」は、カイロス時間の観点からは、実は同じだといえそうです。

「文明の誕生」と「文明の崩壊」は、まるで意味がちがうような響きですが、クロノス時間ではなく、カイロス時間で物事を考えると、「そのふたつは同じ」だということがわかります。

というような偉大な文明の発明のことを知ったのもウェブボットでした。

そして、2009年7月のウェブボットでは、巻末のエッセイで、クリフ・ハイは「これからの世界の時間」について、以下のように記しています。

2009年7月20日のウェブボット巻末エッセイより

「いま」という瞬間に生きるとはどういうことであろうか? それは時間が「いま」という一瞬に圧縮されることを意味している。

確かに、時計が刻む時間は物理的に一定であり、これが変化することはないかもしれない。 だが、われわれが生きる一瞬一瞬の時間の質が最近まったく変化してきていることに気づいているだろうか?

いま一瞬の時間は、われわれがかつて経験したことがないほど濃密になり、圧縮されたものとなってきている。

この時間の圧縮は、経済や社会、そして地球が変化するにつれ、これから数年間で本格的になると私は考えて いる。

このような時間の圧縮の体験から、われわれ一人一人が太陽系と変化の瞬間を共有し、また銀河系とも共有し ていることが実感として分かるはずである。

時間の圧縮体験はミクロとマクロで人間に大きな影響を与えるはずなのだ。

古代ギリシャでは時計が刻む日常的な時間の「クロノス」と、なにか特別なことが起こる「カイロス」という 2つの時間概念をもっていた。

いまわれわれすべてが「カイロス」の時間をともに生きることになる。
おそらくこれは可能性の高い予測として成立するだろう。

これは人間自身が望んだものではなく、宇宙が人間に経験することを迫っているものなのだ。

仏教にはソターパナという解脱の境地がある。これは「世界を生成する流れに入るもの」という意味だが、これの鍛練した修行者によると、流れの入り方が最近大きく変化しているという。

いずれにせよ、われわれすべてに「カイロス」のときが迫っている。そして、その体験を声にして表現することが今求められているのだと思う。

カイロス時間というのは、「時計で表現される物理的な時間ではない時間」のことで、たとえば、下のふたつの例で、十分にどなたにも実感できることではないでしょうか。

「好きな人といたり好きなことをしている楽しい時間はあっという間に過ぎる」

「苦痛を感じる時間や、いやな時間は、とても長く感じる

拷問を受けている人は、その時間は永遠のように長く感じるものでしょうし、好きな恋人と過ごしている時間は、あっという過ぎてしまうものです。

嫌いな仕事や嫌いな授業での1時間と、大好きなことをしている1時間が「同じ長さには思えない」という比較でもおわかりかと思います。

「時間」というものは、少なくとも、人間の感情の中では「まるで一定のものではない」ことをギリシャ人は社会の概念の中に取り入れたわけです。

しかし、現代社会は、カイロス時間の存在を「できるだけ無視」した社会を目指して進んできたわけで、時計が刻むクロノス時間「だけ」を時間として、現代社会は、時間から永遠性を奪い去ろうとし続けてきたのでした。

しかし、クリフ・ハイは、先ほどのようにに、

> われわれすべてに「カイロス」のときが迫っている。

と述べていたわけで、他の予測はともかく、この「カイロス時間の時代」というのが来るのは当たってほしい予測ですね。




 

そして、これからの時代

ちなみに、このことが書かれた 2009年7月20日のウェブボットの未来予測の大きなテーマのひとつは、

「新しい戦争」

というものでした。

2009年当時はピンと来なかった、この「新しい戦争」というテーマは、IS と西洋社会が「戦争」している現在なら、何となくわかります。

IS と西側の戦争は、今までにない新しい戦争に他なりません。

 

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Jerusalem Post

 

このウェブボットには、イスラム教とかそのような言葉は出ませんが、

> アメリカ、イギリス、フランスでこの「新しい戦争」と関係するものすごいプロパガンダが実施される。

という下りなどがあります。

現在の、アメリカ、イギリス、フランスなどの「 IS との戦争」に関係したプロパガンダはかなりのもので、多くの報道メディアに、下の米国 CBS ニュースのような「 fight against ISIS ( ISIS との戦い)」というカテゴリーが作られています。

against-isisCBS NEWS

 

また、ウェブボットには、

> この「新しい戦争」は、影の支配勢力と民衆との戦争である。この戦争によって、人類の人口を削減する計画は頓挫し、終わることになる。

ともあったりしますが、まあ、IS との戦争の真実や本質がどこにあるのかは、私にはわからないですが、今年の1月に書きました、

「第三次世界大戦が侮辱画から始まるとは誰が想像しえたか」
 2015/01/14

という記事の中でご紹介しました、アメリカ南北戦争時で南部連合を率いたアルバート・パイク将軍の「第三次世界大戦についての記述」を思い出します。

再び掲載しておきます。


アルバート・パイク将軍が 1871年8月15日に書いたとされる「第三次世界大戦」に関しての記述

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第三次世界大戦は、政治的シオニストとイスラム世界の指導者たちとの間で、「エージェント」と「イルミナティ」によって引き起こされる両者の意見の相違を利用することによって助長されなければならない。

戦争はイスラムと、政治的シオニズムが相互に破壊し合うような方法で行われなければならない。

一方、他の国家においては、この問題に関しての分割は、完全に物質的で、道徳的で精神的で、そして経済的な疲弊などを焦点として戦うことに制約される……。私たちは、無神論者と無政府主義者(アナーキスト)たちを解放してやる。

そして、私たちは、無神論が野蛮と最たる流血の混乱の起源であり、明らかに国家に恐ろしい社会的大変動を引き起こすものだと人々を扇動しなければならない。

次に、そこら中にいる市民たちに、世界の少数派の革命家たちから市民各々が自らで守ることを義務づけることによって、市民たちは文明の破壊者たちを駆逐するだろう。

そして、群衆はその時に、何の指示も方向性も示さず、観念的な心配をするだけの理神論のキリスト教に幻滅を感じるだろう。しかし、崇拝を描き出す場所を知らなくとも、教義の普遍的顕現を通じて、ルシファーの真の光を受け取ることが、公共の視点にもたらされるだろう。

この徴候は一般市民たちの反動的な動きの結果として現れる。

そして、キリスト教と無神論の両方を破壊する動きに続くだろう。共に征服され、この世から消滅するのだ。


 

というものでした。

> この戦争は、イスラムと、政治的シオニズムが相互に破壊し合うような方法で行われなければならない。

という状態には、すでに突入している感じもあります。

世界がますます混沌としていく兆候は、日々増している感じですが、それはともかくとしても、個人的には、この「くるったように早く流れていく時間」は何とかならないものかと思います。

いったい、これは変容なのか、何かの個人的な「崩壊」なのか、あるいは、前進なのか退行なのか。

とかなんとかいっているうちに、もう夜でございます。

クリフ・ハイが言うように、カイロス時間の時代が進んでいるのだとしても、クロノス時間との整合性がとれないと、ちょっと生活のバランスがキツい感じは稲村ジェーン。いや、否めません。

少なくとも個人的には、何だか来年はすごいことになりそうです。

数日前、コスタリカの上空に冒頭のような「女神のイメージを彷彿とさせる雲」が出現しました。

この日は、カトリック教会が公認している聖母の出現譚の一つ「グアダルーペの聖母」の出現の日のことだったこともあり、大きく報じられていました。

擬人化した形の雲はありふれているといえば、ありふれたものですが、この雲の形はそれらの中でも抜群に美しいものだと感じましたが、どのようにお感じになられますか? そして、この雲が示す未来はどんなものなんでしょうかねえ。
 

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