3歳まで「声」を持たなかった私の子どものこと。
そして、幼児発達学で確立している幼児の成長のこと。
下のような見出しを先日、Yahoo! ニュースか何かのトップで見かけました。
それはこんな感じの内容でした。
発達障害がある子の親らでつくる市民団体は、大阪維新の会が議会提出する方針の家庭教育支援条例案について提出中止を求める要望書を同会市議団に市役所で手渡した。これに先立ち維新の会代表の橋下徹大阪市長は条例案について記者団に「発達障害の子どもを抱えるお母さんに対し愛情欠如だと宣言するのはちょっと違うのではないか」と苦言を呈した。
条例案の原案は「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因」などと明記。発達障害がある子どもの親らから反発が強まっていた。
問題は、下の部分なんですが、
「乳幼児期の愛着形成の不足」が発達障害の原因だと、この人たちは言いたかったようです。
私は政治に興味がないので、大阪維新の会というものをよく知らないですが、少なくともこの発言ひとつだけとっても、とても不勉強な人たちが集まっていると思わざるを得ません。
しかし、この人たちに文句を言いたいのではなく、今回のことで、多くの親御さんたちが悲しんだり、あるいは、科学的根拠のない偏見を受けるとしたらそれは耐えがたいことです。なので、今回のことは、その何とかの会というグループに対しての反論としてではなく、様々な方に「発達障害」というものについて理解してもらうために書きたいと思います。
ひとつは、私の経験から、あとは各種のデータから書いてみたいと思います。
長くなるかもしれませんが、ここからです。
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3歳まで言葉のなかったうちの子ども
私は数年前、約2年間くらいの間、発達障害や、あるいはその傾向のある子どもたちと、そして、その親たちと週に一度集まり、その子たちとも一緒に遊んでいました。
その理由は、うちのこどもが「ことばを持っていなかった」からです。
うちの子どもは今、6歳の男の子で、この春から小学校に通っています。
しかし、3年くらい前までは私は今の光景をあまり想像していませんでした。
なぜかというと、3年前、つまり、彼が3歳を過ぎた頃にまだうちの子には「発語」がなかったのです。
この「何歳くらいから人間がしゃべりはじめるか」ということを感覚的なことだと考えている方もいるかと思われますが、これに関しては、先進国では発達基準は厳密に研究調査されていて、そして、一般的に「幼児というものは、極めて同じような時間的な成長をしていく」のです。
私がそのようなことを覚えたのも、その頃にいろいろなことを調べたということのためなのですが、データを少し書いておきます。
赤ちゃんが生まれると、その後、かなり頻繁に「定期検診」のようなことがおこなわれます。生まれて1年くらいを過ぎた頃からは検診の内容は体の成長と共に「認識の成長が伴っているかどうか」ということをチェックします。
たとえば、どのくらい「同じような率で成長していくか」という例として、「乳幼児の言語機能通過率」というものがあります。
これは、「何歳までに意味のある言葉をしゃべり出すか」というもので、ダーダーというような赤ちゃん語ではなく、「ママ」でも「パパ」でもいいのですが、意味のある言葉を口にする年齢に関しての通過率のことです。
下の表は、平成12年度の日本の厚生労働省の調査によるものですが、全世界の先進国でほぼ同じ率です。つまり、世界中のすべての子どもたちが下のような率で「言葉を話すようになっていく」のです。
乳幼児の言語機能通過率
この表を見ると、1歳になる前に「50パーセント以上の子ども」が言葉を発すようになることがわかります。
そして、1歳7ヶ月までに「98パーセント」近くの子どもが話し始めるということもわかります。結局、少なくとも「2歳までにはほぼすべての子どもが話すようになる」のです。
うちのこどもはその「ほぼすべて」に入らなかったわけで、言葉どころか泣いたり笑ったりする以外では、「声」もほとんど出しませんでした。理由は、後述しますが、不明でした。
はじめての発語は3歳を越えていましたが、これは全体の1パーセントより低い率で、普通だと、もはや通常の言語成長はしていないということが明らかになる時期でもあります(実際は、2歳で発語がないとそう断定されます)。
それで、彼が2歳くらいの時に、当時は東京の杉並区に住んでいたんですが、私が自分で区の子育て科に相談してみたんです。
ちなみに、その経験の中で、東京の杉並区というのは、子どもの発達支援に対しては、非常に環境のいいところだということがわかったのです。そのことを長く書くと別の話になってしまいますが、少なくとも赤ちゃんから幼児期まで子どもを育てるには東京の杉並区というのは素晴らしい場所でした。
そして、杉並区の発達支援のセンターに週に一度、子どもと一緒に通うことになりました。
週に一度のその曜日は、うちの奥さんは仕事の関係で行けなかったので、最初の1年はすべて私が連れて行ったのですが、その場所で私は生まれて初めて「療育」という存在を知り、また、その現場を知りました。
懸命に愛情たっぶりに子どもたちを育てているお母さん方や、そして、本当に一生懸命にその子たちとふれ合っている先生方の姿。
2、3度行くうちに私はその雰囲気のすばらしさに心から感動しました。
結局、私にしては珍しく、一度もさぼることなく行き続けました。
正直いって、データ的な話など持ち出さなくても、あのお母さんたちの子育ての姿を目にすれば、上のニュースの人たちのような「乳幼児期の愛着形成の不足が〜」などという愚かな発言は絶対に口にできないと思います。むしろ普通のお母さんたちよりも、はるかに彼女たちは慈愛に満ちて子どもたちを育てている様子がよくわかりました。
ちなみに、センターに子どもと行くのはお母さんばかりで、お父さんで連れていっているのは私くらいでしたので、私はどうも目立って、先生や親御さんの人気者になりました(笑)。
しかし同時に、そこに来ている多くの子どもたちは、上の「言語機能通過率」の98パーセントから「漏れてしまった子どもたち」であることもまた事実でした。
話せない子どもたちが多く、また、話せない子どもの中にも、
・指し示す行動もあまり出ない
というようにわかれますが、これに関しても、子ども発達のデータはあり、下のようになります。
ここから、大まかな子どもの一般的な発達の時間軸を挙げておきます。
幼児の発達
「日本版デンバー式発達スクリーニング検査」と「津守・稲毛式乳幼児精神発達診断法」というものからです。
すべての表はこちらにあります。
0歳1ヶ月 「あ~」「く~」など、話をするように声を出す
生まれてすぐに赤ちゃんは「周囲に対しての反応を始める」ということがおわかりだと思います。
そして、発達障害といわれる子どもたちの多くは、たとえば、上の「音や声のする方に振り向く」というような行動が出ないことがあります。
つまり、報道にある維新の会などが言うような「乳幼児期の愛着形成の不足」という以前に、生まれてすぐにその傾向は出るのが普通なんです。その後の子育て環境が子どもの情緒に多少は関係するとしても、しかし、「発達障害とはまったく関係のない」ことです。
それだけに、原因は難しく、科学や医学の世界でもトップクラスの大規模研究が続けられている分野です。今では遺伝子からジャンク DNA や RNA といったものの解明のレベルでまでおこなわれている最先端科学分野の一つであるのです。科学者でもない政治家の人たちが「愛情が不足しているのである」などというような曖昧な世界ではないのです。
さらに、赤ちゃんの成長について続けます。
0歳7ヶ月 「ブー」や「バブバブ」など、喃語を盛んに言う
となり、ここにいたると、もうその子は「意志を持った大人に近づく」ということになります。
喃語というのは「ダーダー」という赤ちゃん語のことで、これは意味のある単語とは別です。
「個人差はあるのでは」と思いますが、確かにあります。
また、言葉の開始は、一般的に女の子のほうが言葉が早いのは確かで、男女差があります。
しかし、それらの個人差を含めても、一番上にある表の、「1歳7ヶ月までの言語通過率 97.6パーセント」になるのです。
その1歳7ヶ月の頃、うちの子どもには発語はまったくなく、「あいまいな指さしが始まった」程度でした(指さしは0歳10ヶ月頃からが通常)。
ちなみに、うちの子どもが初めて言葉を発した3歳過ぎというのは、一般的な成長では下のようになります。
3歳0ヶ月 単語800語。三語文以上の 複語文 が出始める
普通の子どもが言葉を話し始めるのが1歳過ぎからで、その後、3歳までにここまで一気に「言葉の世界を駆け上る」のが人間の成長なんです。
上にある「三語文」とは、単語を3つ以上使った言葉のことで、「わたし それ たべる」とか、そういうようなことです。
この普通の子どもたちが「言葉の世界を駆け上る2年間」を、うちの子どもは「言葉のない世界で過ごした」ということになるのですが、ただ、視線と身振りで意志を伝えてたり、あるいは受けていたので、コミュニケーションには問題がありませんでした。「言葉だけ」が出なかったのです。
なので、それほどコミュニケーションに関しての心配はなかったのですが、言葉が出てくるかどうかはわからなかったです。一般的に、3歳まで言葉が出ないというような場合、その後の言語能力に問題が出ることは十分にあり得ます。
この世に出てきてしまった戸惑い
ちょうど家から近いところに、東京でもわりと珍しい小児の発達の専門病院があり、ふだんは何ヶ月も待たなければならない人気の病院なんですが、電話をすると、偶然開いていた時間があり、そこの先生に子どもが2歳過ぎの頃に何度か見てもらったことがあるのですが、結局、うちの子の場合は、「言葉の出ない理由が臨床的にはわからない」ということでした。コミュニケーション能力に問題がないので発達障害ではないというのです。
その先生もいい人で、わりと世間話とかもしました。
これは医学的な話としてではなく言っていたことですが、
「子どもの中には、この世に生まれ出てきたことへの違和感から言葉を拒絶する子もいるんです」
と先生が言った時がありました。
それを聞いて、私はふと、
「僕がそうでした」
と言ったことを覚えています。
正確にいうと、私自身は言葉はむしろ異常に早かったことを母親から聞いていますが、言葉のほうではなく、「笑わなかった」のです。私は生まれてから小学生くらいになるまで、下手すると「一度も笑わずに」生きてきたかもしれません。
自分でもある程度覚えていたのですが、そのことが明らかになったのは何年か前に実家に帰った時でした。実家で、私の子どもの頃の写真の入ったアルバムが出てきて、それを私の奥さんが見ていたのですが、
「あなたの赤ちゃんの時の笑った写真って1枚もないのね」
と奥さんが言うので、私も見てみると、赤ちゃん時代、幼稚園の時・・・と、子どもの笑う写真が多い時期の私の写真の中に「笑顔の写真が1枚もなかった」のです。普通、赤ちゃんというのは「あやす」と笑うんですが、それもなかったようです。
昔の人はたくさん写真を撮ったようで、何百枚もありましたが、私は一枚として笑っていませんでした。
自分自身の記憶でも心から笑うようになったのはずいぶんと後だったと思います。
先生の言っていた「この世に生まれ出てきたことへの違和感」は今でも私にはありますが、まあ、しかし、私には音楽があったり、あるいは恋愛や、美しい女性の存在がこの世にあったお陰でよく笑う人間になれましたが、その「この世に生まれ出てきたことへの違和感」は、あるいは根強いものなのかなとも思います。
3歳から7歳の大人までの4年間
ところで、その後のうちの子ですが、3歳過ぎに突然話し出すようになり、あっという間に何十語、何百語も話し始めて、多分、2〜3ヶ月で他の同年齢の子どもたちと同じくらいには話すようになったと思います。
ただし、それまで口の周囲の喋る筋肉を使っていなかったですので、ずっと「タラちゃん語」でした。つまり、「サシスセソ」が「シャシシュシェショ」というようになります。これは今でも多少続いています。
「そうです」が「しょうでしゅ」になるという感じですね。
そういえば、私は何度か「子どもは7歳で大人になるのではないか」というようなことを書いたことがありますけれど、子どもの言語の発達も7歳で完成するんですよ。
上の「日本版デンバー式発達スクリーニング検査」から。
子どもの言葉は、ここで完成に至るのです。
もちろん7歳くらいになりますと、かなりの個人差がありますので、気にするようなものではないです。
しかし、赤ちゃん時代は「ほとんどみんな同じ」であり、生まれた瞬間から、「生まれてきた世界」との交流はすでに始まっていいます。
小児発達の医師が言った「何がどうなっても愛情を注いであげてください」
いずれにしても、もし、発達障害やそれに準じる形でのお子さんの親御さんの中で、今回の報道のような、「親の愛情のせいで」というような言葉で傷ついている方もいらっしゃるかと思いますが、その大阪維新の会の発言は「完全に間違い」ですので、気にされないほうがいいと思います。
「ハエが窓から部屋に入ってきて、また飛んで外に出て行った」程度のこととして、つまり、「まったく気にすることはない」こととしてお考え下さるのがいいと思います。
ハエは放っておけば、普通は窓から出て行きます。出ていくのを待てばいいです。でも、再び部屋に入ってきたら、今度はハエの生死はわかりません。
ちなみに、上に出てきた杉並区の小児発達専門のお医者さんとこんな会話をしたことがあります。
先生 「今と同じでいいですよ」
わたし 「というと?」
先生 「この子に愛情を注いでいますか?」
わたし 「はい」
先生 「じゃあ、そのまま、ずっと愛情を注いで育てればそれでいいだけです」
わたし 「ああ、それはそうですね」
まったくその通りだと思いました。
この世の中には、いろいろなふうに生まれてくる子どもがいたり、あるいはいろいろなことがあります。
親ができることは、普通に愛情を持って接するくらいなのだと思います。
7歳という大人の時期を迎えるまでは。
発達障害の研究は世界中でおこなわれていて、解明している部分はあるのですけれど、それでも現時点としては、上のお医者さんの言う通りでいいのだと思います。
どうであろうと、その時の普通の愛情で接していくと。
無理をすることでもないし、誰も良くも悪くもない。
この世の中にはいろいろなことがあります。
簡単な言葉ではすまない現実があることはいろいろと見てきましたけれど、それでも、「それは現実」です。
ところで、今回、杉並区の発達センターのことを書いていて、あの頃お世話になった先生方やお母さんたちや、他のいろいろな皆さんのことを思い出しました。子どもが幼稚園に入った後も付き合いは続いていたのですが、埼玉に引っ越してしまったので、もう実際に会うことは少なくなると思いますが、私の人生の中の「とても良い思い出のひとつ」として残っています。
こんなブログを読まれているとも思わないですが、メッセージでも書いておきましょう。
杉並区の子ども発達センターの先生方、お元気ですか? 3〜4年前、毎週そちらで子どもと遊ばせていただきました。
その節はお世話になりました。お陰で私も子どもも元気です。
本当に感謝しています。これからも世の中の子どもたちをよろしくお願いします。