地球の最期のときに

私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(2):平衡を失ったこの魚座の世界のどこかにあるはずの「みずがめ座への意識」



投稿日:2013年4月5日 更新日:

前回記事: 私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(1): 「人類のひとりと宇宙は同一のもの」




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今回は日記的なもので終わりそうです。

今日のことを書こうと思ったのは、昨日、米国の科学系サイトの記事で、NGC 602という星団についての記事があったんです。記事の内容はどうでもいいのですが、そのNGC 602星団の写真が「天使が怒っている顔」にしか見えないんですよ。

下が現在の NGC 602 星団の写真。

きれいな写真だけど、右を向いて睨んでいる天使にしか見えない。

アングルとしては下のイラストの天使の顔の方向でわかりやすいかと。

「なんでこんなに怒りばかりが目につく宇宙に生きるようになってしまったのだろう」。

まあ、そんなわけで、単なる雑文になりそうですけど、少し書きます。

 

今の感情はなぜかマイナスではないけれども

明るいニュースは相変わらずないんですけど、なぜか気分はすでに「ひとつの段階」を過ぎた感覚もありまして、特にマイナスの感情もない感じです。

昨年来ふたたび悪化し始めていたパニック障害と強い鬱に交互に苛まれるというような状態もかなり脱しまして・・・。完全じゃないですけど。

精神のほうさえ大丈夫なら、体調そのものは「生まれてからずっと悪い」のであまり関係ないです。

映画『フルメタルジャケット』のポスターは、主人公の被っているヘルメットが描かれたもので、下のものでした。Born to Kill (殺すために生まれた)と書かれてあります。

これに照らし合わせれば、私などは「 Born to ill 」 (病気に向かって生まれてきた)というところで、小児ぜんそくを含む複数の病気を抱えたまま生まれて、両親は、「この子は3歳までは生きられないでしょう」と病院に行くたびに医者に言われたそうです。

それを私が聞いたのは大人になってからですが、その頃、私は親に、

本当はもう俺って3歳で死んでたのでは? 今の俺は別モンじゃないの?」と聞いたりしていましたが、私は別に冗談で言っていたというわけでもありませんでした。

でも、そんなエラソーなことを言っていても、日常の恐怖感は人よりはるかに大きい私。

この「恐怖」という概念。

これが今の世の中の混乱を多くを引き起こしているわけで。

財産を失う恐怖とか病気で死ぬ恐怖とか、種類には数限りなくありますが、

恐怖の最も先には、

個人(本人)の死

がある

のはある程度は間違いないと思います。

ほぼすべての今の世界の人々は、「死」が怖い。

解決策はある?

あったかもしれないけど、100年前に消えたのです。

先日の、私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(1)で取り上けた20世紀初頭のロシアの科学者であるチジェフスキー博士という人たちなどがいたの「ロシアの宇宙主義」には、こちらによると、以下のような最終目標があるのだそうです。

文章として続けて書くとわかりづらいですので、箇条書きにさせていただきます。

・宇宙の現象と人類の感情の関係を物理的に把握すること。

・精神的社会の意識での新しいタイプの社会組織を作ること。

・死を克服し、人間の肉体的な自然性を変容させること。

・宇宙のなかで不死の生命を永遠に作り出していくこと。

・生きている人間も死んだ人間もこれから生まれてくる人間もつながっていることを把握すること。

eonet より。

というようなことが書かれてあります。

1920年代にこの学問は消えてしまい、その後、日本も含めた多くの世界を席巻した「西欧的思想」は上の逆でした。つまり、私たちもその親も、今の子どもたちもも教えられている価値観はすべて上の逆です。

すなわち、現在の人類の考え方と教育の方向性は、

・宇宙現象と人類の感情・・・・・は物理的に関係ない。

・精神的社会・・・・・なんて存在しない。

・死は・・・・・克服できない。

・宇宙のなかで不死の生命・・・・・なんて言ったら「キミ頭がおかしい」。

・死んだ人間もこれから生まれてくる人間もつながっている・・・・・なんてことをテストの答案に書いたら「0点」。

今の私たちはそのような世界に住んでいます。

それでも、多くの人たちはそんなに絶望していない。

あるいは、そのように「数値」からは見えたりもします。なぜなら、いくら自殺者が多いといっても、「生きている人の数より自殺者のほうが多い社会」というわけでもない。

私は昔、今のような社会の中でのラブストーリーの脚本を書いたことがあります。毎年の自殺者が 300万人を越える世の中の話で、すでに自殺がタブーではなくなった世界。むしろ悲壮感のない社会の話でした。

その中であえて子どもを作る選択をした失語症の恋人同士の話でした。

まあ、映画にするつもりで書いて予算がなくて、そのままボツになりましたけれど、20年くらい前の私は「今のままいけば、そういう社会になる」と本気で思っていましたしね。

 

2009年のクリフ・ハイの警告

ウェブボットの主催者クリフ・ハイは昔のエッセイによく「みずがめ座の時代」のことを書いていました。

少し抜粋してみます。

ALTA レポート 1109 パート1 巻末エッセイ
2009年1月31日

さまざまな人類が住む宇宙はエネルギーの渦が幾重にも重なる円環として見える。当然、われわれの地球もこうした渦を巻くエネルギー場の一つだ。そのエネルギー場は、生命のあるもの、 また、生命のないものそれぞれの小さなエネルギーの渦が織りなす複雑な構造をなしている。

変容はこうした構造で起こる。

変容は人類が生存している宇宙全体で起こっていることだ。その視点からみると一つ一つの惑星は渦を巻くエネルギーの場であり、そこで変容が起こることは花弁が一つずつ分かれて分離するようなイメージでとらえることができる。

実際の変容の過程は、民衆がこれまでの社会の組織や権力に離反し反逆するという形で現われる。変容に抵抗する人々は多く存在する。

次の時代はみずがめ座の時代である。この星座は水の星座である。したがって、どんなに抵抗する力が強くても、うお座の父権的な組織の崩壊は水と女性的なエネルギーを通して行われるはずだ。

 

ALTA レポート 1109 パート6 巻末エッセイ
2009年2月14日

ロシアで盛んに行われている議論だが、いま太陽の放出するエネルギー量そのものは変化がないものの、太陽が形成する磁界である太陽圏は急速に縮小しつつあるという。

この縮小によって、地球は太陽圏の外部に出てしまい、その結果、地球に宇宙からの放射線が直に降る注ぐことになると考えられている。 その影響がどういうものであるかははっきりしないが、人類にとって決してよいものではないことだけは確かなようだ。

様々な「脅威」が指摘されている。
これらのうちどれが実際に起こるかはまだ分からない。

最後に一言付け加えたい。

われわれはいままさにみずがめ座の時代に突入しようとしているが、だからといっ て父性的なピラミッド型の権力システムが一気に崩壊し、フラットな女性原理に基づくシステムが台頭するかといえばそうではない。

うお座の時代が終焉する前に、うお座の特徴である階層的なシステムが勢力を盛り返すことだって十分にあり得るのだ。これには注意しなければならない。

クリフ・ハイは4年前に、確かに上のように警告していました。

うお座の特徴である階層的なシステムが勢力を盛り返すこと

を。

上にある、

階層的なシステム

これが私たちをイラつかせている元凶なんですが、一方で、一部の女性たちは確かにこの「階層的なシステム」に(表面的には追従しているように見えても)、実質的にこの社会から離脱していこうとしているようには見えるのです。

でも、具体的な部分がよくわからない。

そんなことどうでもいいじゃないか・・・とはいかないのです。
なぜなら、みずがめ座的な概念の中でないと、上のロシア宇宙主義の、

・宇宙の現象と人類の感情の関係を物理的に把握すること。・精神的社会の意識での新しいタイプの社会組織を作ること。

・死を克服し、人間の肉体的な自然性を変容させること。

・宇宙のなかで不死の生命を永遠に作り出していくこと。

・生きている人間も死んだ人間もこれから生まれてくる人間もつながっていることを把握すること。

はうまくいかない。

トップがいたり、誰かが誰かに教えたりするような社会ではダメなんです。

みずがめ座の時代とは、「完全なる自覚」という概念だと思うようになりました。

人に教えるものでもないし、教えてもらうものでもない。

誰も教えない。
教わらない。
そもそもそういう概念がない。

自覚という覚醒の中で生きていける社会。

それを・・・目指す・・・のは、なんかもう私には無理

でも、未来の人々には目指してほしいです。

100年後の世の中がどうなっているか・・・・・なんて普通に書きたいですが、違います。
そうではないです。

ハッキリ書けば、2015年に世界はどうなっているか

構造的に今と同じ社会なら、あまり生きていたい気はしないですが…。

人類は宇宙から与えられていると考える人も多いですが、逆もあります。

宇宙も人類から与えられている。

その均衡が崩れた時、ホピ族の言語で言うところの「コヤニスカッツィ」という「常軌を逸し、混乱し、平衡を失った世界」になるのかもしれません。

▲ 1982年のナレーションの一切ない「映像と音楽だけ」のドキュメンタリー映画『コヤニスカッツィ/平衡を失った世界』の冒頭に出てくる米国の先住民族フリーモント族(ホビ族)の壁画。

 

そして、私たち今の人類は大体 2000年くらい前からその「平衡を失った世界」に生きています。

そこから抜け出せる機会はあと3年しかないと私は思っています。人間はそれぞれが「自分自身に対しては神様でもある」のですから、まあ、私も神様として自分に言っておきたいです。

Good Luck !!

と。

ただの日記になってしまいました。

ニュースもたくさん溜まっていまして、明日はまたそれらに戻ります。