地球の最期のときに

久しぶりの肩の痛みの中で「心と痛み」の強い関係を今一度思い出す



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かつて知った「痛みを引き起こすものの正体」

情けないことに、昨日、いわゆる五十肩とか言われるような肩の痛みに襲われまして、これがかなりの激痛となってしまいました。

こういう「〇〇痛」というのは、もう何年もなかったことですので、

「あー…なぜかなあ」

とか、考えていました。

今もやや痛いんですけれど、基本的には治るのを待つしかないですから、それはいいんですけれど、「原因」ですね。

私は、以前、「腰痛治療の本」を読んだ際(私自身は腰痛になったことはありません)、ぼんやりと悟ったのは、

「原因のわからない痛みは、内面的な怒りと我慢から来ている」

ということでした。

もっと簡単に書けば、「ほとんどの痛みと症状は、心から来ている」ということですね。

これを知ったのは、アメリカのジョン E.サーノ博士の『心はなぜ腰痛を選ぶのか』という本と、整体師の山本浩一朗さんによる『腰痛は心の叫びである』というふたつの本でした。

これらを読むと、

「慢性的な痛みは肉体的な問題だけとは言えない」

ことがわかるのです。

このことは、10年近く前のものですが、「私は素晴らしい世界に生まれて、その世界に生きている」という記事で取り上げています。

この記事の後半の「読むだけで症状が消えた時」というセクションには、

「この本を読んだ後に五十肩の痛みが軽減していた」

という、まるでウソのようなことも書いていますけれど、本当です(あ、そうか。最後に五十肩になったのは、この 10年前ということになりますね)。

実際、痛みというものは、非常に原因が曖昧であることが多くのデータで示されています。

たとえば、腰痛に関しては、アメリカ医師会が以下のようなデータをずいぶん以前に発表しています。

アメリカ医師会の1992年の「腰痛の原因」のデータより

JAMA

日本での研究もアメリカと同じ割合です。

厚生労働省「腰痛対策」より

wikipedia.org

全体の 85%が「原因がわからない腰痛」であり、さらにいえば、さきほどのジョン E.サーノ博士の著作には、このグラフで「原因が特定できた」とされる腰痛でも、「椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などは過去の医学的統計から見ても、腰痛の原因となっている証拠はない」と書いていて、そこから見ると、

「全体の 95%ほどの腰痛は原因がわからない」

というのが現実のようです。

 

2002年に医学誌に掲載された痛みの手術に関する研究で、重度の膝の痛みを持つ患者たちを、3つのグループにわけて、違う処方をし、その結果を観察したものがあります。

3つのグループは以下です。

第1グループ 通常の治療と手術をする
第2グループ 別の方法の通常の治療と手術をする
第3グループ 手術をした「フリ」をして切開するが、実際には何の治療もしない

このようにわけられたのですが、結果として「何もしなかった」第3グループの人々も「みんな」完全に治癒したのでした。

その研究の後の外科医のお医者様は素直にこう述べていました。

「患者たちは私たちの手術スキルで治っていたのではなく、全員がプラセボで治っていたことがわかりました」

プラセボは一般的には「偽薬」というように呼ばれますが、このように「何もしないのに、手術をしました」というのもプラセボ効果のひとつです。

プラセボ効果については、他にもいろいろと興味深い研究があります。




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もはや偽薬ではないプラセボの威力

たとえば、2024年9月の、

「プラセボだけで腰痛を治療した研究」

についての論文があります。

この論文の概要の「結論」部分には以下のように書かれています。注意したいのは、これは上の研究と違って「オープンラベル(正直に処方された)プラセボ」が用いられているということです。

つまり、参加者には、

「これから投与するのはプラセボですよ」

と、偽薬による試験だということを説明してから、試験に入るわけです。参加者はそれが偽薬だと知っているのです。

結論と関連性: オープンラベルプラセボと通常治療を比較したこの無作為化臨床試験では、プラセボを 1回注射することで、治療後 1ヶ月間、慢性腰痛の強度が低下し、治療後少なくとも 1年間持続する効果が認められた。

臨床集団におけるオープンラベルプラセボの脳内メカニズムは、前頭前野-脳幹の疼痛調節経路の活性化を含め、健康なボランティアにおける偽薬プラセボのメカニズムと重複している。

JAMA

参加者は、プラセボだと知っていて注射されたのに、

「痛みの軽減が 1年間持続した」

のでした。

不思議なものですよ。人間っていうのは。

この理屈だけでも多くの病気を治せそうには思うのですけどね。
特に痛みを伴う疾患は。

それで、先ほどの 2冊の本を読んだ時に、「どういう心の問題が痛みを誘発するか」を自分なりに本の内容から解釈したものを先ほどリンクした記事に書いています。

そこから抜粋します。


2016年4月25日の In Deep より

「私は素晴らしい世界に生まれて、その世界に生きている」

 

「怒り」と「我慢」の行き先

現代人に共通しているのは、

「人はふだん自分の心を客観的に眺めることがない」

ということで、それは特に「怒り」を感じて「我慢」する時にどんどん蓄積していっている。

私たちはふだん、社会的な生活をする上で、

「人からよく見られたい」
「怒ってはいけない」
「いつも明るくいるように見られなければならない」

など、いろいろな行動や感情への規制を自分でかけていて、まあ、社会の中ではそれは当たり前のことなのですが、その結果、心の中には「ドロドロとした正視できないものが溜まりに溜まっている」わけで、そういう汚い心の正体は、自分では見たくない。

それでも、社会生活の中で、それらのものは心の中にはどんどん溜まっていく一方。

そこで脳は、「心の中を見なくてもいいように」働き、「痛み」や「苦しみ」として身体に症状を出現させる

簡単なメカニズムはこのようなものですが、これは腰痛に関しては医学的にきちんと認知されたもので、あとで書くと思いますが、西欧の各国の政府がキャンペーンをはったり、日本でも NHK が「腰痛は心の病であることが判明」したことを特集したりしています。

このこと自体をあまり詳しく書いても仕方ないですが、とにかく原因のわからない「痛み」のほとんどは、自分の抑圧された心を直視しなくてもいいように、「脳」が指令を出すことによって出現する

あるいは他の病気も、そして過剰な恐怖心なども、強迫観念も、あるいは感染症さえも、そうであるかもしれないのです(サーノ博士の本には、心が誘発する可能性のある病気が数多く記載されています)。

痛みが出ると、人は痛みに気が行くようになります。

慢性の痛みがある人はずっと痛みに気が向き続けるので、心のドロドロは忘れられる。

めまいが続く人は、ずっとめまいが気になり、心のドロドロは忘れられる。

だからこそ、

「痛みや苦痛(あるいは他のどんな症状でも)がある時にすることは、自分の心の中を見つめて、実は自分はこんなに我慢してストレスをためていたという本当の自分を直視して、そして、そんな自分の心をもっといたわる」

ことが大事だというようなことだと思います。

そして実は、「痛みは自分で作っている」という事実を「知るだけ」で治ってしまうことも多いのです(認識療法)。私の五十肩もそうでしたが、これはある程度事実だと思います。


 

抜粋はここまでです。

この中に、NHK の番組のことにふれていますが、これは、以前 NHK が放映した「NHKスペシャル 腰痛・治療革命」という 2015年の番組で、私は偶然これを見たのです。

それはまさに「痛みは心が作り出している」ということを述べていたと思いますが、それから 1年後くらいに、先ほどのサーノ博士の著作を知りまして、「なーるほど」と納得した次第でした。

ちなみに、この NHK スペシャルの番組は、紹介ページだけは残っているのですが、「この動画は配信しておりません」とあり、動画の配信は停止されているようです。役に立つんだから配信すればいいのに。

なお、腰痛だけではなく、五十肩などの肩の痛みも、基本的に原因はわかっていないません。推測のみが存在します。

ある病院のサイトの五十肩のページには以下のようにあります。

通常は原因不明

五十肩の正体はわかったとして、では、その原因は?という疑問が湧くのも当然ですし、患者さんからも多いご質問です。肩関節周囲炎にしろ、癒着性肩関節包炎にしろ、炎症が最初だとして、なぜ炎症が起こるのか?ですよね。

しかし、現状、その原因はわかっていません。

日本整形外科学会のホームページの五十肩の解説によると、「関節を構成する骨、軟骨、靱帯や腱などが老化して肩関節の周囲に組織に炎症が起きることが主な原因と考えられています。」とされていますが、「老化」が原因ならば、ご高齢になればなるほど、五十肩の患者さんが増えそうなモノですが、そうではなく、四十歳〜五十歳代に多いという事実があります。

keisuikai.or.jp

ここにある「高齢者より 40代、50代のほうが肩の炎症が多い」ということについて、私なりに解釈すれば、「高齢者よりその世代のほうが、心の中にドロドロしたものを溜め込みやすいから」だと思われます。

ともかく、原因不明の痛みが出たときには、私は「最近どんなことを考えていただろうなあ」とか、「抑圧された感情などはないだろうか?」などを考えます。

サーノ博士が言うには、一般的には、家族や仕事関係を含む人間関係に起因することが多いですが、他の要因(社会やご時世への何らかの反発心とか)もありそうです。私は最近の世の中の状態をあんまり気に入っていないですからね。でも、そんな不満を周囲に口に出すこともないです(この「内にためる」というのが心にいろいろ溜まっていくメカニズムなんですが)

自分の心を分析したところで、それですっきりと治るということでもないでしょうが、自分に対してプラセボ治療を行うというような試みでしょうか。

こういう痛みのことについても、実際に痛みが出ないと考えないわけですけれど、まあ、少し考えながら過ごしてみます。

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