
1900年代初頭、研究者が人々に鉤虫を見せている様子。米国テキサス州。rockarch.org
人間と寄生虫の近代史
以下のような投稿を見ました。
フックワーム (Hookworm)の寄生虫は、何世紀にもわたりアメリカ南部の地域を悩ませ、貧血、疲労、認知障害を引き起こし、それは怠惰で鈍い南部人の長年のステレオタイプと驚くほど一致していた。1900年代初頭に「怠惰の病原体」と特定されたこの感染症は、多くの地域で人口の最大 40%に影響を及ぼすことが明らかになった。
ロックフェラーの 1909年衛生委員会は、約 75万人の南部住民を治療し、感染率を大幅に減少させた。
それは学校就学率、識字率、大人の収入を向上させ、南部の経済成長を加速し、「怠惰な南部人」というステレオタイプを、性格ではなく病気によるものとして打ち砕いた。
「フックワーム? 人口の 40%に影響?」と、よくわからないながらも、かつて、
「アメリカ南部の人間は怠惰」
だという評判が定着していたことを知った次第ですが、調べますと、このフックワームというのは「鉤虫」という寄生虫らしいです。
土壌にいる寄生虫らしく、素足で土の上を歩いた場合、その足から人間に感染するようで、感染した場合は、
・慢性的な貧血
・倦怠感
・発育不良
・集中力低下など(特に子供や栄養状態の悪い人で顕著らしい)
などの症状が出るようで、それが「怠惰、あるいは怠慢」という評価につながっていたようです。何しろ、該当地域の人口の大半がこの寄生虫に感染していたようですので。
鉤虫

kahaku.go.jp
資料を探すと、寄生虫駆除の歴史の中で根絶されてきたようなのですが、アメリカでのその歴史を取りあげたいと思いますが、しかし同時に、
「アメリカで流行していたなら日本はどうだったんだ?」
とは思いました。
日本はもともと農業国で、素足やそれに近い感じで畑や土壌の上を歩くことは普通だったはずです。それにより、この寄生虫に感染して、
「怠惰な人間」
というような評価を受けていた人々や地域はあったのか?
それで資料を見てみますと、これは日本では「十二指腸虫」と呼ばれていたようで、さらには、
「埼玉病」
という名称がつけられたこともあったことが、越谷市のデジタルアーカイブに記録が残されています。
ある村の住民を検査したところ、「 74%もの人が鉤虫 (十二指腸虫)に感染していた」という驚くべき記録も残っているようです。
越谷市デジタルアーカイブから抜粋します。
十二指腸虫病の予防
十二指腸虫病は十二指腸虫という長さ五、六分(約一五cm~二〇cm)ぐらいの絹糸のような細い虫が人体の腸の中に寄生しておこる病気で、病気が進行すると浮腫と貧血がおき、次第に体力が衰え、その結果死亡する者もいるなど恐しい病気とされていた。
ことに埼玉県では古くから地方病として患者も多かった。明治以降次第に死亡率も増加し、また体力を消耗し、発育を阻害するなど、延いては生産力に及ぼすところが大で、社会的影響も甚大なものがあった。
とくに南埼玉郡のように肥料の多くを人糞に依存するところでは、三人に二人は同病に罹っているとされ、明治年間から社会問題となっていた。
そこで、南埼玉郡役所では大正二年に、郡内の出羽・鷲宮・潮止の三ヵ村を抽出して、十二指腸虫ならびに腸内寄生虫卵の調査を試験的に施行した。その結果出羽村では二五〇五名を検査し、十二指腸虫一八五九名(七四・二一%)、ヂストマ一七名(〇・六七%)、条虫二七名(一・〇七%)、鞭虫九六〇名(三八・三%)、蟯虫八名(〇・三二%)、蛔虫二〇〇三名(七九・九六%)の有卵者があることがわかり、その駆除の必要が叫ばれるようになった(増林村衛生関係書類―明治四十五~大正七年)。
うーむ…。
ここに出てくる「南埼玉郡」というのは、区分的に正確には私の住むエリアではないですが、ほぼ同じ場所となります。
明治大正時代の話とはいえ、そんなことになっていたのかと。
しかし、十二指腸虫はともかくとしても、
> 蛔虫二〇〇三名(七九・九六%)
もすごいですね。
当時のこの地域では回虫に感染していた人が 80%近くいたと。
回虫というと…。
私はどうしても、作家の山本七平さんのご自身のジャングルでの戦争体験を記述されていた著作である『ある異常体験者の偏見』という作品を思い出します。
最初に読んでからは、もう 40年くらい経つと思うのですが、そこに、以下のような記述があります。回虫に関しての記述はさらにたくさんあります。
『ある異常体験者の偏見』 鉄梯子と自動小銃より
…餓死直前となると、この回虫の有無と脚気の有無は、実に大きく作用した。「ガ島は蛾島」にはじまる日本軍の飢えとの戦いは、一面、回虫との戦いであり、それはいわば「黄害」との戦いでもあったわけである。
ジャングルでは、「虫(回虫)がつくとシラミもつかん」といわれた。…虫のいる人間は、シラミも敬遠するほど衰弱がひどかったとはいえたであろう。回虫さえなければ、もっともっと多くの人が、生きてジャングルから出てきたであろう。
…何しろ最低の食糧を同じように分配しても、回虫がいる者はそれが自分の養いにはならず、いわば虫に横取りされてしまう。
そこで同じように食べながら普通人には見られない異常な飢餓感があるため、たえずイライラし、また自分の養いにならぬからぐんぐんと衰弱し、顔がたちまち土気色になり、骨と皮になって、性格まで一変していく。
…口から虫をはき出すようになれば、もうだめだともいわれた。不思議なことに、虫がつく体質とつかない体質があった。同じように生活していても、まったく回虫がつかない人もいるのである。私も幸い、「虫がつかない」体質であった。
こういう状況だったようです。
世界のどこにでも「虫下し」というのはありますし、日本はイベルメクチンのような偉大な駆虫薬を開発した国でもありますが、寄生虫駆除の必要性というのはよくわかります。
ちなみに、
> それはいわば「黄害」との戦いでもあった
とありますが、当時は、農家さんなどで人糞等を肥料にすることも多く、そのことを述べています。その方法では、どうしても寄生虫が周回してしまいやすくなります。
おそらく世界中でそうだったのでしょう。
そして、今回の本題であったはずの鉤虫 (十二指腸虫)も世界中で同じだったのかもしれません。
自然回帰は素晴らしいことですが、少なくとも現代の人類文明は、合成肥料なしには成り立たないということも理解できます。
ここから、アメリカの鉤虫駆除の歴史ですが、非常に長い資料ですので、抜粋してのご紹介として締めさせていただきます。ロックフェラー財団などという名称も出てきますが、気にしません。
公衆衛生:鉤虫症との闘いがシステム構築にどのように役立ったか
Public Health: How the Fight Against Hookworm Helped Build a System
resource.rockarch.org 2020/04/23

1908年、アーカンソー州マリアナ近郊で行われた綿花栽培の様子。
1865年から 1910年の間に、米国南部では人口の約 40%が鉤虫症に罹患していたと推定されている。
この病気は成長を阻害し、他の感染症にかかりやすくし、極度の疲労を引き起こす。鉤虫による倦怠感が南北戦争における南部の敗北の一因だったと主張する人もいる。しかし、何十年もの間、南部の住民のほとんどは鉤虫の存在を知らず、また気にも留めていなかった。鉤虫が直接死に至ることは稀だったため、その影響は多かれ少なかれ日常生活の一部として受け入れられていた。
しかし、北部の二人の重要人物は、鉤虫症を生活の一部として受け入れなかった。慈善家のジョン・D・ロックフェラーと彼の顧問であるフレデリック・T・ゲイツは、鉤虫症撲滅運動を開始し、それはやがて単一の疾病対策の域をはるかに超えるものとなった。
実際、鉤虫症との闘いにおける成果は、米国南部における公衆衛生システムの確立に貢献した。さらに、鉤虫症の研究は、ロックフェラー財団による世界的な公衆衛生キャンペーンの基本的な手順を確立する上で重要な役割を果たした。
このキャンペーンは、はるかに深刻な疾病を相手に、40年近くにわたって展開された。
鉤虫症とは
鉤虫症は、微小な寄生虫が皮膚、通常は裸足の指の間から体内に侵入することから始まる。南部の人々は、この感覚を「地面のかゆみ」と呼んでいた。小さな虫は血流に入り、肺に到達し、そこから気管支へと移動する。
喉に到達すると、飲み込まれて消化管に入る。虫は腸に寄生し、宿主の血液を吸い、数万個の卵を産む。これらの卵は糞便とともに体外に排出される。適切なトイレがない場所では、糞便は土壌に流れ込む。卵が孵化し、サイクルが再び始まる。
北半球の気候は、鉤虫の幼虫が土壌中で生存するために必要な条件を満たしていない。世界的に見ると、北緯 36度から南緯 30度の間の熱帯および亜熱帯地域が鉤虫の本来の生息地だ。これには、アメリカ合衆国南部や、20カ国以上の国々の全部または一部が含まれる。世界の人口の半数以上がこの地域に住んでいる。
この病気の蔓延を防ぐには、3つの方法がある。まず、感染者を治療して、糞便中に虫卵が含まれないようにすることだ。当時、チモールとエプソムソルトが治療薬として用いられ、24時間以内に効果が現れた。
次に、より安全なトイレを建設するよう人々に促すことだ。これにより、そもそも糞便が土壌に漏れるのを防ぐことができる。最後に、一年中靴を履くよう人々に促すことだった。靴は、他の対策では防げなかった寄生虫から足を守る。また、感染の第二波を防ぐ効果もある。
ここまでです。
この後、資料は、対策がロックフェラー財団からアメリカ連邦政府に受け継がれたことなどが書かれていますが、割愛します。
いずれにしても、今では、鉤虫感染症はほとんどなく、そして日本でも、回虫感染はあまりないと思います。
戦後に国民の寿命が延びてきた理由にしても、寄生虫の関係はあったのかもしれません。
しかし、今後、仮に衛生状態が悪くなるような時代が来た場合、また同じようなことが繰り返されるのかもしれないですが。
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