60万人の死者と3人の死者
さて、ここのところ、少なくとも海外ベースの報道ではハンタウイルスの話題がわりと多く、日々いろいろなことが起きているとはいえ、それでも「死者数は 3人」というところで止まったままです。
ちなみに、現在の状況はどうなっているのかというと、以下のようになっているようです(5月12日時点)。
このハンタウイルス騒動に関しては、独立系メディアは批判的な主張が多く、米ゼロヘッジは「メディアは失脚したWHOを救うため、ハンタウイルスに関するヒステリーを拡散している」という記事を投稿していまして、あるいは、米ブラウンストーン研究所のウェブサイトは、クレイトン・J・ベイカー氏という 30年のキャリアを持つ医師の「このハンタウイルスは生物兵器なのか?」 という記事を掲載していました。
まあ、いろいろな主張や考え方があるのでしょうが、「そういえばそうだよなあ」と思ったのが、独立系メディアのデイリー・スケプティックに掲載されていた、デイビッド・ベル博士という医師の寄稿文でした。
わりと長い記事ですが、その前半をご紹介したいと思います。
なぜWHOはハンタウイルスのパニックを煽っているのか?
Why is the WHO Driving a Hantavirus Panic?
Dr David Bell 2026/05/11
昨日だけで、主に幼い子どもたちを含む、おおむね 2,000人程度が、効果的で比較的安価な治療を迅速に受けられなかったためにマラリアで亡くなっている。
また、約 4,000人が結核で亡くなり、その中には孤児となった多くの若者も含まれている。このようなことは毎日起こっている。これらの死者数を減らすための進展は停滞しており、その一因は、COVID-19 への対応による経済的打撃が続いていることにある。
過去 2週間で、アフリカ大陸西海岸沖を航行中のクルーズ船 MV ホンディウス号の乗客乗員約150名のうち、残念ながら観光客3名が亡くなった。
この地域では、マラリアや結核による死亡例が多数発生している。ホンディウス号ではハンタウイルスの集団感染が発生し、感染者は 10名未満と推定されているが、少なくとも 2名の死亡者もこのウイルスに感染していた。
世界保健機関(WHO)は、ハンタウイルス感染症の症例が毎年 1万~ 10万件発生しており、南北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアに広がっていると推定している。
したがって、現在のメディア報道や WHO の記者会見は、今年予想される症例数の約 1000分の1に過ぎない。ヨーロッパでは平均して 2000~ 5000件程度だが、それらはニュースになるほどの規模ではない。
ハンタウイルスは、ネズミの糞便、尿、唾液、または咬傷を介して感染する。クルーズ船で発生したアンデス型は、感染者から人へ感染することもある。しかし、船内での感染者数が少ないことからもわかるように、人から人への感染リスクは高くはない。
とはいえ、ハンタウイルスは厄介なウイルスであり、死亡率は約 15%と報告されており、場合によってはそれよりもはるかに高くなることもある。
世界では毎日平均 17万人が(さまざまな理由で)亡くなっており、WHO が従来優先的に対策を講じてきた疾患による死者も数千人に上る中で、なぜハンタウイルスにこれほど注目が集まっているのだろうか。
普段は気づかないような防護服を着た緊急対応チームや必死の接触者追跡の映像がなぜこれほど多く流れるのだろうか? 貧困による疾病が増加し、栄養支援などの基本的な資金が減少している中で、なぜ WHO 事務局長がこれほど多くの時間を費やしているのだろうか?実に興味深い疑問だ。
WHO は米国とアルゼンチンが再加盟することを望んでおり、WHO 事務局長のテドロス・ゲブレイェソス氏はハンタウイルスに関するブリーフィングでこの点を取り上げている。
グローバルヘルスにおける多国間協力は、過去にマラリアや結核への対処に明らかに役立ってきたが、 COVID-19 に関して WHO の孤立した均一な勧告に頼った結果、非常に悪い結果となった。WHO は MV ホンディウス号がパンデミックの前兆ではないと賢明にも主張しているが、それでも疫学的に無関係なこの出来事をめぐって生み出された恐怖からできる限りの利益を得ようとしている。
ここまでです。
この後、パンデミック条約のことなど、いろいろと話が展開されるのですが、文章の締めはこうなっています。
WHO のような組織が、人類を食い物にするのではなく、人類に貢献する倫理的かつ適切な行動をとる道は存在する。ハンタウイルスに関するロードショーは変化のきっかけとなり得るが、それを推進する者たちをさらに富ませ、権力を増大させるものであってはならない。
市民として、また公衆衛生コミュニティの一員として、WHO のような機関がより良い行動をとるよう、あるいはより良い組織に置き換えるよう強く求める必要がある。
WHO の問題はさて置いておいて、この文章の冒頭ですね。
> 昨日だけで、主に幼い子どもたちを含む、およそ 2,000人が、効果的で比較的安価な治療を迅速に受けられなかったためにマラリアで亡くなっている。
「1日で?」と驚き、調べてみますと、1年間のマラリアの死亡者数は、62万人に達しているそうです(2021年)。
厚生労働省 検疫所のウェブサイトによると、
・2021年、全世界のマラリア患者数は 2億4,700万人と推定
・2021年のマラリアによる推定死亡者数は 619,000人
・世界のマラリアの犠牲者の大部分がアフリカが占める
・アフリカ地域のマラリアによる死亡は 96%を占め、5歳未満の小児は同地域のマラリアによる死亡の約 80%を占める。
とのこと。
このあたりの数字から「昨日 1日だけで 2000人の子どもがマラリアで死亡している」という数字が出てきたのでしょうけれど(実際に計算すると 1400人くらいですが、細かいことはいいです)。
それにしても、
「マラリアでの死者の 95%以上がアフリカ地域」
というのは、いくら何でも集中し過ぎているのではないかと思いました。もちろん、高温多湿な気候がマラリアを媒介する「蚊」の温床となりやすいことや、アフリカに蔓延する貧困や医療制度の問題などがあるとは思いますけれど、95%はすごい。
それで、その理由を調べていたのですが、何だかゴチャゴチャになってきましたので、久しぶりに AI に聞いてみました。
その結果、アフリカと他の地域の差がある最も大きな理由は、
・マラリア原虫の違い
・媒介する蚊の違い
が大きいようです。
アフリカのマラリア原虫は、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)というもので、これは致死率が大変高いものらしく、アフリカ以外の地域の原虫は、三日熱マラリア原虫 (Plasmodium vivax)というものが主流だそうで、これはアフリカの熱帯熱マラリア原虫と比較すると、毒性が低いようです。
マラリアでの死者がアフリカに集中している要因のもうひとつは「アフリカと他の地域では蚊の種類が異なる」ようです。
アフリカの蚊は、ガンビエハマダラカ (Anopheles gambiae)という蚊で、これが先ほどの危険なマラリア原虫を含んでいるということもあるのですが、この蚊は、以下のような性質を持ちます。
・強い人嗜好性:人間の血を好んで吸う(動物より人間を優先する)。
・屋内活動:家の中で刺し、休むため、人間との接触機会が多い。
・寿命が長い:寄生虫(特に熱帯熱マラリア原虫)が蚊体内で成熟するのに十分な時間がある。
・高い媒介能力
この蚊は「人間を優先的に刺し、そして、人の家の中で暮らす」という性質があり、そして、先ほどの危険な熱帯熱マラリア原虫を寄生虫として持っている。
これがアフリカでマラリアによる死亡が多い根本的な理由とはいえるのだと思います。
しかし。
先ほどの厚生労働省 検疫所のウェブサイトにあった、
> 5歳未満の小児は同地域のマラリアによる死亡の約80%を占めている
という部分ですね。
これはなぜなのか?
子どもの死者数が圧倒している理由
これは単純な話としては、アフリカのマラリアが蔓延している地域では、大人になるまでに何度も感染する可能性があるでしょうから、つまり、子ども時代から繰り返し感染して生き残った人々は、「獲得免疫」を得ることで、大人は重症化しにくいということはあるかもしれません。
その獲得免疫を別として、「赤ちゃんから子どもの免疫って、どういう発達の仕方だっけ?」ということを思い出していました。確かコロナの頃に調べたことがあるのですが、忘れてしまいました。
それで見てみますと、以下のような感じのようです。
生まれてから10歳までの子どもの免疫の発達

RARE LiNK PROJECT
それぞれ、以下のようなものです。
・IgM(免疫グロブリンM)は、体内にウイルスや細菌が侵入した際、免疫系が最初に産生する抗体。初期感染の防御に重要な役割。
・IgA(免疫グロブリンA)は、鼻、喉、腸管などの粘膜表面でウイルスや細菌の侵入を防ぐ「粘膜免疫」の要となる抗体。
・IgG(免疫グロブリンG)抗体は、血液中に最も多く存在する抗体であり、病原体や毒素を中和し、長期的な免疫を担う抗体。
上のグラフを見ますと、初期感染の防御に重要な免疫グロブリンM (オレンジのライン)は、1歳を過ぎると、ほとんど 100%に近いレベルに上昇しています。
免疫グロブリン(青いライン)は 5歳くらいまではあまり発達しないようです。免疫グロブリンG (緑のライン)は 1歳くらいでもずいぶん上昇しています。
ともかく、こういう免疫のメカニズムが小さな子どものマラリアでの死亡率を高くしているとは思うのですが、どうしても思うのが、貧困…というより、
「栄養の不足」
です。
これが蔓延していることがマラリアでの子どもの死者を増やしているのではないかと考えます。
栄養と子どもの免疫
コロナの時代に、子どもの免疫に重要な「胸腺の発達」ということについて、何度か記事でふれたことがあります。
以下のグラフは、「…小さな子どもたちの胸腺の成長が阻害されると」という記事に掲載したもので、「スキャモンの発達・発育曲線」というものです。
このうち免疫系の発達を示しているのは、「リンパ系」という曲線(ピンクで示されている線です)で、胸腺や扁桃、リンパ節など免疫の発達を示します。
このグラフを見ますと、子どもの免疫は、おおむね 7歳くらいで完成する(100%になる)ようですが、5歳の時点でも 70%くらいは完成しています。
これが子どもの免疫と関係してくるわけですが、たとえば、この「胸腺」という器官が、うまく成長しない、あるいは「胸腺の萎縮」というようなことがあれば、その子どもは免疫的に弱くなるわけです。
胸腺の成長を阻害する、あるいは胸腺が萎縮する主要な原因は、以下だとされています。
胸腺が萎縮する原因
・極度のストレス(虐待など)/ 医学記事
・細菌やウイルスの感染 / 論文
・極端な栄養不足(特にタンパク質不足) / 論文
そして、「一度萎縮した胸腺を元に戻すことは困難」だということも知られています。
胸腺の萎縮によって免疫力が弱くなると、その状態が持続してしまうのです。
ともかく、アフリカという環境で、子どもの病気が悪化しやすいことについて特に思うのは「極端な栄養不足」の比重がかなりあるのではないかということです。
なお、これは「アフリカの人たちを思って」書いているのではありません。
これからの日本の状況を案じているのです。
日本が極端な食糧危機になった場合
「日本が食糧危機に陥る可能性」については、ホルムズ海峡の閉鎖直後から何度か記事にしています。
以下のようなものが代表でしょうか。
・世界で最初に飢える国「日本」のこれからの段階
In Deep 2026年4月20日
・大量飢餓の別の要因:エルニーニョが「スーパー」を超えて「メガ」になりつつある。同様の現象が起きた1877年には飢餓により全世界で5000万人以上が死亡した
In Deep 2026年5月13日
前回はメガ・エルニーニョのことについて書いたりしていたのですが、そういう外部的な要因とは別に、日本が飢餓に陥りやすい根本的な理由は、自給率の極端な低さです(実質自給率は 10%以下)。
その上、ホルムズ海峡閉鎖(から、まだ 2カ月しか経っていないのに)肥料価格の高騰や不足、農業資材(ナフサ絡み)の問題、燃料そのものの問題が農家を圧迫しようとしています。
そのあたりは以前書いていますので、長くは書かないですが、今年はともかく(今年も後半からは何ともいえないですが)、来年あたりから食糧的にも厳しい状況になっていく可能性が高く、栄養不良の問題が大きくなってくる可能性があります。
先ほどの胸腺と免疫の下りでもおわかりのように、子どもの場合、
「飢餓の状態というのは、飢餓そのもので亡くなることと共に、免疫が弱体化して、病気で亡くなる率が劇的に上がる」
のです。
今回マラリアの話を書いたのは、マラリアそのものではなく、(それがどこの国であっても)「子どもが病気に対して脆弱になる」という社会になるという可能性の話です。
そうはなってほしくないですが、合理的に考えていけば、日本がそういう社会になり得るという想定を排除することとは難しいです。
それを書きたくて、こんなに長く書いてしまいました。
小さなお子様がいらっしゃる場合や、あるいは周囲にいる場合、対策は常に考えておいたほうがいいようには思います。対策の要はマスクやワクチンではなく、適切な栄養です。
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