史上初の完全な人工細胞
米ミネソタ大学の合成生物学者が、
「天然の細胞と同じように栄養を摂取し、成長し、複製する合成細胞を化学物質から作り出すことに成功した」
ことが報じられています。
この人工細胞は SpudCell (スパッドセル)と命名されています。
合成生物学のニュースはたびたびありますけれど、「成長し、細胞分裂をして次世代の細胞を複製する」という人工細胞が化学物質から作られたのは史上初めてのことだそう。
おおむね、以下のような特徴を持っているようです。
・主に化学的に定義された成分から作られている(化学物質の脂質等)
・DNAプラスミドは、研究室で作られたもの
研究の主任者は、ミネソタ大学生物科学部のケイト・アダマラ准教授で以下の方です。
ケイト・アダマラ氏

umn.edu
ただ、この SpudCell は、機能する人工細胞ではあるのですけれど、「増殖が非常に遅い(通常の大腸菌が 30分ごとに分裂するのに比べて、SpudCell は 12時間ごと)」ことや「自らではタンパク質を生成できない」などのことがあり、
「生命とは言えない」
という意見も数多くあるようです。
是非はともかくとして、その報道をまずご紹介させていただきます。サイエンス誌などの科学メディアなどの記事もたくさんあるのですが、やや難解な記事が多いですので、比較的、私にもわかりやすい記事を取りあげます。
なお、SpudCell の Spud は「ジャガイモの俗称」で、つまり、この名前は、「ジャガイモ細胞」ということになります。形がジャガイモと似ているからのようですね。
SpudCellの形状

biotic.org
ここからです。
科学者たちが、摂食と繁殖が可能な完全人工生命体を作り出す
Scientists Build Fully Synthetic Life Form That Can Eat and Reproduce
futurism.com 2026/07/01
「生物を操作することを可能にする技術によって、真のバイオエコノミーの時代の幕を開けることを期待しています」と研究者は述べた。
科学者たちが、史上初めて、非生物的な化学成分から、天然の細胞と同じように栄養を摂取し、成長し、複製する合成細胞を作り出すことに成功したという。
米ミネソタ大学の研究チームは、彼らの開発した「 SpudCell (スパッドセル)」は「完全な細胞周期を持つ初の合成細胞」であり、「成長し、ゲノムを複製し分裂し、複数世代にわたって選択と競争を受けることができる」と述べている。
画期的な研究として高く評価されているこの試みは、ゼロから培養でき、特定の機能を果たすようにプログラム可能な合成生物によって特徴づけられる新たなバイオテクノロジー時代を切り開く可能性を秘めている。これは、がんとの闘いから二酸化炭素の回収まで、人類が抱える様々な問題の解決に向けた取り組みに、多くの可能性を開く未来的なアプローチと言えるだろう。
また、それは私たちが「生命」と考えるものについての先入観に挑戦するものであり、同時に生きた細胞の基本的な機能を探求するものでもある。
研究チームを率いるミネソタ大学の合成生物学者ケイト・アダマラ氏は、この研究に関する声明の中で以下のように述べている。
「私たちは、かつて生物学でしか不可能だったことを化学で再現しました。それは、細胞のあらゆる挙動を再現することです。これは、成長や複製といった生命の最も基本的な機能には、神秘的な魔法のひらめきは必要ないことを証明しています」
しかし、この研究はまだ初期段階にある。SpudCell はまだ原始的で、細菌に最も近い形態をしている。だが、ゼロから構築されているため、天然の細胞に比べていくつかの重要な利点があると研究チームは述べている。
「この細胞の構成成分はすべてが把握されています。どんな化学物質、どんな分子がどの濃度で含まれているかを正確に知っています」とアダマラ氏は CNN に語った。「完全に定義されているので、それを設計できるのです」
「私たちは、人々が生物を操作することを可能にする技術によって、真のバイオエコノミーの時代が幕を開けることを期待しています」
今週出版予定のプレプリント論文で詳述されているように、SpudCell は 150~ 200個の分子から構成されている。約 5世代にわたって栄養を摂取し、成長し、複製することができるが、数十億個の分子を含む天然の細胞と比べると、構造は桁違いに単純といえる。
アダマラ氏は、この構造体を「信じられないほど弱々しい生物で、今のところ基本的に食べることと、時折、娘細胞を作ること以外何もしていません」と評した。
科学者たちは、この細菌を約 12時間ごとに増殖させるために、華氏 86度(摂氏 30℃)に保ちながら外部から栄養を与え続けなければならない。CNN が指摘するように、これは 30分ごとに分裂する大腸菌などの自然界の細菌と比べてはるかに遅い。
また、この生物は自らタンパク質を生成できないため、科学者たちは定期的に餌を与えなければならない。
簡単に言えば、SpudCell は自給自足とは程遠い。
「これはまだ始まりに過ぎません」とアダマラ氏は CNN に語った。
「これは私たちが今後発展させていきたいと考えている基盤であり、それは重要なことです。なぜなら、実際にどのように発展させていくかについて、ある程度の具体的なアイデアが得られたからです」
SpudCell が実際に私たちが「生命」と呼ぶものを構成するのかどうかは依然として激しい議論の的となっており、専門家は、(SpudCell は)製造者の入念な世話なしには自力で進化することはできない(ので、生命とはいえない)と主張している。
「ケイト氏は細胞を構築したとは言えるでしょう」と、アダマラ氏と共に公益団体を設立したスタンフォード大学の生物工学准教授、ドリュー・エンディ氏は CNN に語った。「彼女が生命を創造したとは思いません」
「しかし、これはより多くの人が細胞を製造できるようになる未来を約束するものといえるでしょうか?」と彼は付け加えた。「そうです」
研究者たちが人工生命の創造に向けて大きな一歩を踏み出したという考えに、より前向きな見方をする人もいた。
「ケイト・アダマラ氏のチームは、ボトムアップ型の合成細胞分野でこれまでに作られたものよりも、はるかに『生きている』状態に近い非生物的な合成細胞を設計・構築しました」と、今回の研究には関与していない J・クレイグ・ベンター研究所の合成細胞研究者ジョン・グラス氏はニューヨーク・タイムズ紙に語っている。
ここまでです。
ちなみに、人工生物ではなく、「実際の生物としての細胞のすごさ」というのは、その増殖の度合いにも見られます。
先ほどの本文に「大腸菌」という言葉が出てきましたので、細菌の増殖を例として、その増殖のすさまじさを記したいと思います。
自然の生物のすごさ
これは、今から 16年くらい前に、フレッド・ホイル博士の本などで知ったことを感いたもので、「生き物の偉大さ: 「生」と「生きていないもの」の違い (クレアなひととき 2010/05/11)」という記事にあります。
これは、「一匹の細菌とその子孫に適当な栄養が与えられた場合を考えた場合の増え方」という資料に基づいたものです。
一般的な細菌が好ましい環境下で複製に要する一般的な時間である「2~3時間で一度分裂」というところから計算すると… (大腸菌は 30分ごとなので、もっと増え方が激しいかもしれません)。
細菌の増加のシミュレーション
細胞複製1日目・・・最初の細菌は2~3時間ごとに一匹から二匹へ、二匹から四匹へと増えていく、この最初の1日で約1,000匹の集団を形成する。この数の集団の大きさではまだ人間の肉眼で見えない。
細胞複製2日目・・・細菌の数は100万匹になり、集団の大きさきは、針の頭の直径の約10倍程度と、肉眼でも見える大きさになる。
細胞複製4日目・・・細菌の数は1兆匹になり、重さは約1グラムになる。その数は毎日1000倍ずつ増える。
細胞複製5日目・・・重さが約1キログラムになる。
細胞複製6日目・・・重さ1トン。
細胞複製7日目・・・細菌の集団の重さが1000トンに達する。これは山の重量にも匹敵する重さ。
細胞複製11日目・・・細菌の集団の重さがエベレストと同じ重さに達する。
細胞複製13日目・・・細菌の集団の重さが地球の重量を越える。
細胞複製19日目・・・細菌の集団の重さが天の川銀河の重量と並ぶ。
細胞複製22日目・・・細菌の集団の重さが、私たちが「地球から肉眼で見えるすべての宇宙」の重さと匹敵するまでになる。
これについて、さらに分裂が遅い「1個の細胞が 1日 2倍に増殖する場合」のシミュレーションもあります(ちょうど SpudCell の増殖スピードと同じものです)が、「細胞複製 22日目にどのくらいまで増えるか」というと……えーと、計算できないので、ここは AI に計算してもらいました。たった 22回の複製(分裂)で約 430万倍に達するということで、計算は以下のようになるようです。
1個の細胞が1日2倍に増殖する場合のシミュレーション
・最初の細胞数: 初日はたった1個からスタート。
・対数的な増加: 22日目には \(2^{22}\) 個(約4,194,304個)に倍増します。
・重さの変化: 例えば一般的な大腸菌の重さを 約 \(1 \times 10^{-12}\) g と仮定すると、22日目には約4.2 kgになります。
・宇宙の質量への匹敵: このまま毎日倍増し続けると、約40〜50日程度で人間の想像を絶する観測可能な宇宙の質量に到達すると計算されます。
Gemini
ともかく、
「生物とはこういうすごいもの」
だということなんですね。
ただ、SpudCell は、分裂はするものの、「細胞分裂しても、正しく遺伝情報を次世代に伝えられない」のです。
サイエンス誌の記事には以下のようにあります。
> アダマラ氏は、細胞分裂のプロセスは非常に非効率的だと認めている。複数回の分裂を行うため、研究者たちは小さな穴の開いた膜を通して SpudCells を機械的に分割する必要があった。
>
> これを数回繰り返すと、別の問題が明らかになった。複製されたゲノムは分裂中にきれいに分離しないため、5回の分裂サイクル後も完全なゲノムを保持していた SpudCells はわずか30%だった。 science.org
これはどういうことを意味するかというと、
「10世代くらいまでには完全に劣化してしまう(遺伝が完全に機能しなくなる)」
ので、やはり生命と表現するには難しい部分はあります。
過去十数年、「合成生物学」の発表やニュースは数多くあり、そのたびに、ある程度取りあげていました。以下のようなものが印象的です。
「DNAをゼロから作る」試みが開始されたことで思う「合成生物学で扁桃体のない人間を作り出す」ことで人間をロボットにする世界が可能かも
In Deep 2025年7月1日
AIが「自然界に存在しなかったウイルス」を作成。新しい感染性ウイルスを短期間で好きなだけ作成できる時代に世界は突入した
In Deep 2026年1月28日
中国の科学者が「赤ちゃんを出産するための人工子宮を備えたロボット代理母」を開発中
earthreview.net 2025年8月21日
こういう試みは、今後も拡大していくのかもしれないですし、あるいは、そうでもないのかもしれないですが、
「人工知能と人工生命の完ぺきな組み合わせ」
というものが、いつの日か作られた場合、それは、かつてファンタジーとして描かれた SF 世界の到来ともいえそうで、ただ、それが輝かしい未来なのか、ディストピアなのかはわかりません。
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