十代の半数が苦痛や怒りや幻覚に苛まれている
国際的なメンタルヘルス調査組織であるサピエン・ラボ (Sapien Labs)が、2024年に、アメリカとインドの 13歳から 17歳の若者 1万475人に対して大規模な調査を行いました。
そして、その結果を成人のデータと比較し、現代のメンタルヘルスの状況についての報告書を発表していました。
その結果は、
「若ければ若いほど精神的苦悩、攻撃性、あるいは怒りを抱えている」
ことがわかったのですが、この調査結果は何というか、社会的問題とかそういうのを越えて、「切なくて仕方なく思える」調査結果でした。
若ければ若いほど苦しんでいて、そして怒りに満ちている。
その報告書から部分的にご紹介させていただこうと思います。冒頭は、以下のように始まります。
このレポートでは、アメリカとインドのインターネット利用が可能な 13~ 17歳の若者の心を深く掘り下げ、米国 CDC とインド国家精神保健統計で報告されている若者の自殺と暴力の増加という憂慮すべき傾向の背景には何があるのかを問う。
データには、心の健康の 47の側面の評価と、多数のライフスタイルと人生経験の要因が含まれており、2024年に 10,475人の若者から収集された。
グラフがいくつか載っているのですが、わかりやすいのは、以下のグラフです。メンタルヘルス指数(MHQ)の年齢別のスコアです。
スコアが高いほどメンタルヘルス指数の状況が良い、つまり苦悩や怒りなどに圧倒されていないことを示します。一方、スコアが低ければ低いほど、メンタルヘルスの状況が「悪い」ことを示します。
メンタルヘルス指数の年齢別のスコア
sapienlabs.org
これを見ますと、13歳〜 17歳の最も若い年齢層が最もメンタルヘルス指数のスコアが「低い」ことを示しています。
一番下にある数字が「苦痛や苦悩を感じる割合」で、
「 13 - 17歳 56%」
となっています。つまり、この世代の半数以上が、何らかの苦痛や苦悩や怒りといったメンタル的な問題を抱えていることになります。
そして、「 75歳以上は 8%」、つまり、高齢者で苦痛や苦悩を感じている人は、10人に 1人もいないということになります。
若者が苦しみ、高齢者は楽しい社会…。
「これ、普通、逆じゃね?」と思います。
最も若い世代が楽しくて、そして、加齢と共に精神的に苦しくなっていくというのが、普通ではないのかなと思いますが、現実は逆です。
このサイエンス・ラボの報告書にも、「数十年前まではこのようなグラフではなかった」とあり、以前は「 U 字型のグラフ」、つまり、最も若い世代と最も高齢の世代のメンタル状態が最もよく、そして、中年世代が最も悪いというグラフを描いていたのだそう。
さらには、最も若い世代でも、「若ければ若いほど苦しんでいる」ことが示されています。
以下は、13歳から 17歳までの以下の項目の比較です。
・怒りとイライラ
・他社への攻撃性
・幻覚
「幻覚かよ…」と思いますが、このグラフを見る限り、13歳では約 20%、つまり 5人に 1人が幻覚を経験している。
そして、13歳の 40%が「怒りとイライラ」を感じており、やはり 40%近くが「他社への攻撃性」の問題を報告しています。
最初に載せました報告書の冒頭にもありますように、この調査をおこなった背景にあることは、
・若者の自殺の増加
・若者の暴力の増加
の原因は何かを探るためだとありました。
若者の自殺は、日本でも、「 2024年の日本の子どもの自殺者数が過去最多に」と報じられていたことがありますが、その前年の 2023年までの年代別の自殺数の推移のグラフを見ますと、
「 10代の自死が圧倒的に増加している」
ことがわかります。
2014年〜2023年の日本の年代別の自殺数の推移
舞田敏彦、e-Stat(表5-15)
若者の暴力については、各国の状況はわからないにしても、例えばスウェーデンでは、「小学校の教師たちが、ほぼ毎日のように児童たちに脅迫や言葉の暴力を受けている」という報道もありました(翻訳記事)。
その報道の冒頭は以下のようなものでした。
> スウェーデンの学校における身体的暴力の件数は、過去 10年間で 183%増加した。
>
>スウェーデン教職員組合の調査によると、小学校教師の 10人中 7人が過去 12カ月間に職場で脅迫や暴力にさらされている。 BDW
これは、スウェーデンが悪い国ということではなく、単にスウェーデンではこういう調査が毎年行われていて、それがきちんと発表されているという話です。
ともかく、今回のサピエン・ラボの調査で、最も若い世代の苦悩、怒り、攻撃性、あるいは幻覚や自殺願望などが増加し続けている。
報告書にはこうあります。
サピエン・ラボの報告書より
現在、若者の大多数が生産的な活動能力を損なうレベルで苦しんでいる一方、相当数の若者が攻撃性、怒り、幻覚を強く抱えており、社会の将来にディストピア的な可能性が生じている。
攻撃性が低く、精神的に回復力のある世代が多数派ではなくなると、全体的な暴力率はどの程度上昇するのだろうか。
制度、インフラ、システムを効果的かつ生産的に維持する私たちの能力にとって、これは何を意味するのだろうか。
さて、ここまであえて報告書の「主要テーマ」について書かなかったのですが、実はこのサピエン・ラボの報告書では、最も若い世代がこのようなことになってしまったのは、
「スマートフォンの影響」
だとしているのです。
そこにふれて締めさせていただきます。
何が原因なのか
報告書にはそれについて非常に長く書かれていますが、結論の部分だけを抜粋します。
サピエン・ラボの報告書より
この報告書の調査結果は、デジタル時代の青少年の精神衛生の現状について厳しい現実を描き出している。
スマートフォンが、私たちが目にする精神衛生の衰退のすべてを説明できるわけではないが、より若い年齢でスマートフォンを手に入れることと、攻撃性や怒りの感情が増すこととの関連性は、今日の若者を守るために緊急の社会的行動を要求しており、青少年の自殺や攻撃性を減らす方法としてスマートフォンの所有を遅らせることを強く主張している。
世界中で、親、学校、政府はすべて、幼少期のスマートフォンへの露出を減らす力を持っている。スマートフォン所有年齢がますます低年齢化するという急速に変化する傾向は、より多くの行動が早急に必要であることを示している。
まあ、私自身も若い人のスマートフォンの使用にはかなり否定的な人間ですが、精神的苦痛や自殺願望や他者への攻撃性の主要な原因がスマートフォンだとは思いません。
先ほどのメンタルヘルス指数のグラフをもう一度載せますが、若ければ若いほど精神的な荒廃が著しく、24歳くらいまでは、半数くらいの人たちが苦悩や怒りを抱えている。
スマートフォンにも一因はあるかもしれないにしても、問題の要因はもっともっと複雑なのだと思います。
では何かときかれても、やはり「よくわかりません」としか言いようがないのですが。
ただ、この調査が行われたのが 2024年ということから、コロナのパンデミックの影響もあるのかとは思います。
13歳から 17歳の世代は、2020年に行われたロックダウンの際には 8歳から 12歳前後だったと思います。本来なら一番楽しく過ごすべき世代です。
以下の記事は、世界中でロックダウンが行われ(スウェーデンを除く)、日本では緊急事態宣言が出されていた 2020年の 7月に書いたものです。
・「今起きていることは通常のメンタルヘルス・カタストロフではない」
In Deep 2020年7月18日 更新日
この記事では、英ケンブリッジ大学出版局から発行された『災害精神医学の教科書』という著作を引用していた米メディアの記事から抜粋しています。以下のように書かれていました。
米アトランティックより
心理的障害の発症は、時期的にずっと後になってから起きる可能性がある。
『災害精神医学の教科書』の内容からは、今後パンデミックが沈静化したとしても、現在すでに見受けられている深刻なメンタルヘルスケアの需要は、さらに急増する可能性があることを警告している。
このパンデミックが、今後、強迫性障害、広場恐怖症、および性恐怖症など広範に重大な拡大を見せることが懸念される。
Atlantic
特に、PTSD (心的外傷後ストレス障害)と呼ばれる精神的問題は、トラウマになるような出来事を経験してから「ずっと後になってから」発症することが多いです。そして、一度発症すると、非常に長期間にわたり症状が続きます。
私も、かつて PTSD からパニック障害へとなっていったのですけれど、PTSD とはいわなくとも、「かなり後になって、精神的問題が出てくる」場合は多いと思います。
たとえば、「米退役軍人にまん延するPTSD」という 2018年の AFP の記事には、
> ベトナム戦争の兵役経験者では、約30%がその生涯でPTSDを患っているという。
とあり、ここに「生涯」とあります。
PTSD の症状を一概に言うことは無理ですが、 AFP の記事から抜粋しますと、以下のようになります。
> PTSD の症状は、不眠から、うつ、パニック発作、フラッシュバック、いら立ち、自傷行為までさまざまだ。
先ほどのグラフにある項目を思い出す部分がありますが、一般的な傾向として、トラウマからこのようなメンタル障害に至る場合は、どちらかというと、若い世代のほうが強く出るようにも思います。
そういう意味では、ロックダウンの時代の異常性と、その後長く続いたマスク時代の異常性は、特に子どもたちや若い世代の精神を蝕んだはずで、その影響は、現在も、そして影響は今後も広がっていくと思われます。
また、PTSD の症状を治療するのは、基本的に「薬剤」です。パニック障害ならベンゾジアゼピン系の抗不安剤や SSRI 、うつなら SSRI などの抗うつ剤などが使われ、あるいは「多剤併用療法」として複数の薬を処方されます (複数の薬剤を処方されることのほうが多いです)。
そのような結果は、たとえば、今のアメリカでは「双極性障害の子どもの割合が 4,000%増加している」ことなどを取り上げた以下の記事でふれています。
・双極性障害の子どもの割合が「4,000%増加」している米国で拡大する小児への過剰な向精神薬の処方。もちろん日本でも
In Deep 2024年10月10日
話がそれてしまいましたが、最も若い世代がこれほどまでに精神的に追い詰められている理由は、実際にはわかりません。単純化できるものではないからです。
それでも、
「社会構造そのものの問題」
も大きいとは思います。具体的には書きづらい部分もあるので、曖昧に書きましたが、子どもが楽しさを感じて生きられる社会ではなくなっている。
今後も若者世代のメンタルの問題は、さらに悪化していくのではないかと懸念します。
高齢者だけが楽しい世の中では、先がないです。
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