地球の最期のときに

厳密な計算式では今のアメリカでは「年収2200万円以下は貧困層」だと知る中で思う、今後のサバイバルと工夫の生活



投稿日:2025年12月3日 更新日:




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「非常識」が必要な時代に

アメリカのメディアの記事で、現在のアメリカの「貧困ライン」というものを計算上で正確に浮かび上がらせた記事がありました。

最初に書けば、

「現在のアメリカの貧困ラインは、日本円で年収 2200万円以下」

ということになるようです。

日本だと、年収 2200万円ですと、どちらかというと高収入ということになるのかもしれないですが、今後、社会が変わり、日本が現在のアメリカのようになっていった場合、わりと同じような状況に陥る可能性はあるのかなと思いまして、ご紹介させていただこうと思いました。

ご紹介する記事は、アメリカの社会システムの問題を中心にして書かれていますが、日本にしても、よく思うのは、

「昔なら必要なかったものが増えすぎている」

ということはありますよね。

本来なら必要ないものが何かというのは具体的には書かないですが(軋轢的な話ともなりうるので)私が東京に出てきて、学生をやめた後、二十代を過ごしていたときには、私などは、年収 80万円(月収ではないですよ)なんてのは普通のことで、しかし、何か不足を感じるとか、まして「自分は貧しい」とかを感じることは一度もありませんでした。

学生の時からしばらく住んでいた 1万5000円のアパートは(窓ガラスは割れていましたけれど)広さ 12畳ほどの、ボロボロだけど日当たりの良い部屋で、窓ガラスの部分は、板などを工作して絵を描いて新たな壁に作り替えて、拾ってきた音響装置に囲まれて快適に過ごしていました。

その後、表現活動を始めたときも、舞台にしても何にしても、いろいろな人に頭を下げたり、情報を収集したりして、ほとんどお金のかからない活動を続けていたので、特に経済的な問題はなかったです (飲み代とかは良くないですけれど)。

物質社会は面倒なものですが、工夫次第では、「いろいろな必要なものが容易に手に入る」時代でもあります。

特に、今後(2026年などから)仮に社会が厳しくなっていくとすれば、「工夫」は今まで以上に重要なことになっていくと思っています。

物質社会で生きていくためには、ある意味では非常識なサバイバル術が必要なのかもしれないと思うこともあります。

まあ、そんなわけで、ご紹介する文章もわりと長いですので、そろそろ本題に入らせていただきます。

著者のマット・スミスという方は、再生農業などを中心としたアメリカ人の起業家の方で、今は南米のウルグアイで牧場をやっています。




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アメリカの豊潤か飢餓かの現実…10万ドルでも貧困に感じる時

America’s Feast-or-Famine Reality… When $100,000 Feels Like Poverty
Matt Smith 2025/12/02

起業家として、私の収入は常に潤ったり貧乏になったりを繰り返してきた。新しい会社を立ち上げた頃は、何年も文字通り収入がなかった。もちろん、従業員に給料を支払わなければならず、事業を前進させなければならなかったのだが、私は一切報酬を受け取っていなかった。

その時は貯金で生き延びることができた。幸運なことに、貯金はあった。長年の潤いの中で貯めたものだ。もしほとんどの人にとって起業家になるのを難しくしているものが一つあるとすれば、それはこの「豊潤か貧乏か」という収入の不安定さだ。

COVID-19 の騒動とその後の展開を目の当たりにした当時の私は、人生を完全に変えようと決意した。最初の 4年間、そしてつい最近まで、私は収入がほとんどない状態にあった。

周囲に励まされ、有料投資ニュースレターなど、いくつかの新しいビジネスを立ち上げた 。状況は改善した。大盛況とは言わないが、3食と温かいお風呂とベッド代を賄うには十分だ。

 

今日のアメリカ人の生活可能な収入とはいくらだろうか?

アメリカに帰るたびに、妻によくこう言っていた。「一体全体こんなものまで買えるのだろうか」と。

食料から住宅、自動車保険、健康保険まで、想像できるほぼあらゆるものの値段が急騰していたのだ。本当に異常だった。以前なら二秒たりとも考えなかったような旅行や新しい買い物まで断るほど異常な高騰だった。

確かに、これらの物価高騰は、生活の妨げというよりは、むしろ不快感を与える存在だ。しかし、私は、周りを見回し、何が起こっているのかを知り、そして今は心配している。

心配なのは自分自身のことではない。社会構造そのものと、そしてこの状況に閉じ込められているすべての人々のことだ。これらの人々の中には、見知らぬ人だけでなく、友人や家族、愛する人々も含まれる。

私の両親は退職しており、健康状態はあまり良くない中で、一生懸命働いてくれた。不安定な経済によってキャリアが危ぶまれ、あらゆる物価の上昇に徐々に飲み込まれつつある兄弟姉妹たちもそうだ。

2年前、アメリカにいた時、私は「年間 10万ドル (約 1500万円)未満の収入の人たちはどうやって生活しているのだろう」と考えていた。

10万ドルは、少なくともかつてのアメリカでは大金だった。それだけの収入力を持つのは、恵まれた立場だった。しかし今では、10万ドルを稼いでも、貧困の瀬戸際にいる可能性がある。

マクロ戦略家のマイケル・グリーン氏は、最近のエッセイ「パート1:私の人生は嘘だった ― 壊れたベンチマークがいかにしてアメリカを静かに破綻させたか」でこの点を明確に述べている。

マイケル氏はアメリカの貧困統計についてもっと知りたがっていた。もしかしたら、私と同じような疑問を彼もずっと自問自答していたのかもしれない。人々はどうやって貧困に陥っているのだろうか? 彼が発見したのは衝撃的で不安を掻き立てるものだったが、まったく信じられるものでもあった。

アメリカ政府によれば、4人家族で年収 3万ドル (約 470万円)の人は貧困ライン以下で暮らしていることになっている。もしそのライン以上なら、理論上はまずまずの生活だろう。素晴らしいとは言えないが、何とか生きていけるはずだ。

しかし、マイケル氏が示すように、これ(年収 3万ドル以上の人が何とか生きていけるということ)はまったく真実ではない。実際、今日のアメリカで貧困から抜け出すには、はるかに多くの収入が必要だ。

一般的なルールとして、統計を見たら、それがどのように計算されているか理解する必要がある。マイケル・グリーン氏はまさにここでそうした。そして、公式の貧困ラインは、社会保障局の経済学者モリー・オーシャンスキー氏(寿命と老化に関する科学的な見解や理論を立てた人口統計学者)が 1963年に開発した計算式に基づいて算出されていることを知った。

政府は、世帯の基本的な食費を推計した。1963年当時、世帯は収入の 3分の1を食費に費やしていた。そこから、その他の生活費を算定するために、その額を 3倍にした。

計算式は次のようになる:

(1963 年の食料費) * 3 + CPI = 貧困ライン。

2024年の場合、その額は 31,200ドル (約 480万円)になる。

マイケル氏はこう言っている。

1963年当時、その下限は妥当な水準だった。住宅費は比較的安価だった。一家は一人の収入でまともなアパートを借りたり、持ち家を購入したりできた。医療保険は雇用主によって提供され、費用も比較的低額だった(ブルークロス / 健康保険の保険料は平均月10ドル)。

保育は市場として存在せず、母親が家にいたり、家族が手伝ったり、近所の人(おそらく家に誰かがいる)が互いの子どもの面倒を見たりしていた。

車は手頃な価格だったが、故障しやすいという欠点があった。当時の車は贅沢な装備は少なかったので、職業訓練校に通う近所の子どもたちが、困ったときにはたいていの問題を解決できた。

大学の学費は夏休みのアルバイトで賄うことができた。退職とは年金収入を意味し、自分で積み立てなければならない 401k(従業員と企業が毎月一定の掛け金を拠出し、加入者が自ら運用を行い、将来受け取る年金額が決まるという仕組み)の資産の山ではなかった。

食費を 3倍にする計算式は粗雑だったが、危機の閾値、つまり「少なすぎる」という尺度としては、おおむね現実と一致していた。収入の 3分の1を食費に充てる家族は、残りの 3分の2をその他のことに使うことになり、その割合は多かれ少なかれ機能していた。その線を下回ると、それが真の危機に陥った時だった。それを乗り越えれば、戦うチャンスはあった。

しかし、1963年から 2024年の間にすべてが変わった。

では、何が変わったのだろうか?

住宅費は今や信じられないほど高くなっている。多くの家庭にとって、医療費は家計の最大の支出となっている。保育料は 700億ドル (約 11兆円)規模の産業に膨れ上がり、子育て世帯にとって大きな負担となっている。

大学はかつては手の届く価格だったが、今では 4年間の学位取得にかかる費用は、平均的なアメリカ人世帯の純資産に匹敵するほどになっている。

しかし、それだけではない。以前と同じ生活水準を維持するために、副収入が必須となった。しかし、副収入は二次的な出費を意味する。つまり、2台の車が必須となり、保険料もさらに高くなる。

そして、両親が共に働いている間、誰が子どもの面倒を見るのだろうか? ここで、年間 700億ドル規模の保育産業複合体が登場し、アメリカの家計の大きな部分を食いつぶしている。

こうした新たなコストは、アメリカ経済への入場料のようなもので、1963年以降、家計支出の構成を根本的に変えてきた。唯一のプラス面は、食費がもはや家計支出の 3分の1を占めなくなったことだ。

ほとんどの家庭では、食費はわずか 5~ 7%だ。住宅費は 35~ 50%、医療費は 20%、育児費は家計の 20~ 40%を占めることもある

そこで、1963年に作られた貧困ラインモデルの問題に直面することになる。マイケル氏は次のように説明している。

オルシャンスキー氏の論理、つまり貧困は食糧予算の割合の逆数で定義できるという彼女の原則を維持しながら、食糧予算の割合を今日の現実を反映して更新すれば、乗数はもはや 3ではなくなる。それは 16になる。

つまり、オルシャンスキー氏が 1963年に測定したのと同じように、今日、所得不足を測定すると、4人家族の基準は 31,200ドルにはならないということだ。

それは 13万ドル (約 2000万円)から 15万ドル (約 2300万円)の間になるだろう。

そして忘れてはならないのは、オーシャンスキー氏が定義しようとしたのは「少なすぎる」ということだけだということだ。

彼女は危機的状況を特定しようとしたのであって、十分性を特定しようとしたのではない。危機的状況の閾値、つまりそれ以下では家族が生活を維持できない水準を、現在の支出パターンに正直に当てはめると、 14万ドルとなる。

私たちが今でも使っている 31,200 ドルというラインについて、これは何を物語っているのだろうか?

これは、私たちが飢餓を測定していることを示している。

4人家族の公式貧困ラインは 31,200ドル (約 480万円)で、平均所得は約 8万ドル (約 1250万円)なので、年間 8万ドルの収入がある家庭はうまくやっている、あるいは少なくとも安定した中流家庭として生き延びていると思われがちだ。

しかし、マイケル氏が上で示しているように、1963年の方法論によれば、年間 8万ドル (約 1250万円)で暮らす 4人家族は実際には極度の貧困状態にあることになる

昨日、年収 16万ドル (約 2500万円)の友人と話した。彼らは経済的にギリギリの生活を送っている。

何か間違った経済的な決断をしたとでもいうのだろうか? そうかもしれない。負うべきでない借金でもしたのだろうか? そうかもしれない。しかし、彼らは贅沢な暮らしをしているわけではないにも関わらず、常に破滅の瀬戸際にいるような感覚に苛まれている

あなたがたご自身に問いかけてみてほしい。今のアメリカでは年間 14万ドルが貧困ラインであり、それ以下の生活は貧困や困窮のリスクにつながる、という個人的な経験に基づくことを納得されるだろうか?

それより上の収入であれば、比較的安定した生活を送ることができる可能性が高そうだが。

マイケル氏の分析は、1963年の方法論を今日の現実に合わせて更新するだけでは終わらなかった。彼はさらにこう続けた。

公式統計を無視して、単純に生活費を計算したらどうなるかを見てみたかった。4人家族(稼ぎ手2人、子ども 2人)の基本的な生活費の予算を立てた。休暇も Netflix も贅沢もなしの生活だ。

2024年に仕事を持ち、子どもを育てるために必要な『参加チケット』だけを貯めた。

控えめな全国平均データを使用すると、

保育料:32,773ドル

住居費:23,267ドル

食費:14,717ドル

交通費:14,828ドル

医療費:10,567ドル

その他の必需品:21,857ドル

必要純収入:118,009ドル (約 1800万円)

連邦税、州税、および FICA 税を合計するとおよそ 18,500 ドルとなり、必要な総所得は 136,500ドル (約 2100万円)になる

これはオルシャンスキー氏の「少なすぎる」基準を正直に更新したものだ。つまりこれが(貧困の)下限だ。

マイケル氏は、アメリカの家族は罠に陥っているという。

世帯収入の中央値である 8万ドルに達するには、ほとんどの家庭で 2人の稼ぎ手が必要だ。しかし、その収入を追い求めて 2人目の稼ぎ手を加えた途端、育児費用が急激に膨らんでしまう。しかも、その育児費用は莫大なもので、年間約 3万2000ドルにも上る。

実際には、2番目の稼ぎ手は、子どもを預かってくれる見知らぬ人に給料を支払い、それによって、月に 1,000ドルから 2,000ドル余分に稼ぐためだけに、魂を打ち砕くような仕事に就いて働いているのだ。

2つの異なるモデルにおいて、1963年の方法論を今日の世帯の食料分配率に合わせて更新すると、貧困ラインは年間 13万ドルから 15万ドルとなる。2つ目のモデルでは、マイケル氏が算出した適正支出項目を適用することで、年間 13万5000ドルとなる。

彼の分析は非常に説得力があり、先週月曜日の危機投資 VIP 電話会議の一部を使って、 その分析をグループで議論した。電話会議に参加していた数十人からの反論を期待していたが、まったくなかった。全員が同意してくれたのだ

アメリカの真の貧困ラインは年間14万ドル (約 2200万円)だ。

マイケル・グリーン氏は記事の中で、総収入必要額の算出に使用した数字の根拠を説明し、その数字を裏付ける十分な裏付けを提供している。どちらかといえば、控えめな数字と言えるだろう。


 

ここまでです。

この後、アメリカの福祉制度が崩壊していることなどにふれますが、かなり長い上に、アメリカ固有の問題ですので割愛します。

ただですね、健康保険の項目に以下の下りが出てくるのですよ。もちろん、アメリカの話です。

> 保険は、世の中で最大の詐欺の一つに違いない。健康保険に月 3,000ドル(約 47万円)も払っているのに、使ったことがない。使ったとしても、自己負担額は少なくとも 10,000ドル(約 150万円)はかかる。

日本はアメリカに比べると、医療費は格段に割安で、そして、国民皆保険制度もあるわけですけれど、私自身はこの、

「健康保険に〇〇円も払っているのに、使ったことがない」

という状態です。

何年も病院に行っていないのに、結構な健康保険料を納めています(自営業は勤め人の方と比べて高いのです)。私一人なら、健康保険などやめたいのですが、家族や子どももいますし、そうはいかないですけれど、子どもが自立したら、健康保険は即やめると思います。数年に一度行くかどうかの病院で、10割負担になったとしても、それでも有り余るほどのこちら側の余剰金が出るはずです。

今の私にとって、病院は、大きな病気になった時に「余命宣言してもらうための死神広場」だと思っていますし、余命宣言されても(病院での)治療などしませんので、やっぱり、数年に一度行くかどうかの稀少な場所となってしまっています。

今や病院は信仰かオカルトの場ですしね。ワクチン騒動以降、まったくそれを強く実感しました。

そんなわけで、日本はアメリカほど余分な費用がかかる国ではないとはいえ、今のアメリカが 2100万円以下だと貧困ラインだというのなら、物価の動向や少子化の拡大の傾向などの次第では、似たような道筋をたどる可能性はありそうです。

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