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地球最期のニュースと資料

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1967年 アメリカと世界は「核戦争勃発のほんの一歩手前」にまで連れていかれた。そこに連れていったのは・・・太陽

   

1967年5月、巨大な太陽フレアによる磁気嵐がアメリカ軍の弾道ミサイル早期発見レーダーを妨害し、これをソ連軍の軍事行動と見たアメリカ軍司令部は「核攻撃を含む軍事行動」を決断。しかし、攻撃寸前で軍事行動が回避されるまでの経緯がアメリカ地球物理学連合の研究で判明

 

2016年8月9日のアメリカ地球物理学連合 ニュースより

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アメリカ地球物理学連合(AGU)は、地球物理学分野での世界最大の学会ですが、そのアメリカ地球物理学連合が昨日 8月9日、「1967年5月 太陽フレアの影響で、アメリカはソ連に対して核攻撃を行う寸前にまで進んでいた」という最新の研究発表についてのレポートをウェブサイトに公開しました。

今回は、その記事を訳しましたので、ご紹介しますが、簡単にどういうことかまとめますと、

1967年5月に「ギリギリのところ」で米ソ核戦争が回避されるまでの経緯

・1967年5月23日に北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)が管轄する、当時のソ連に対しての、「弾道ミサイル早期警戒システム」のレーダー3つが、すべて電波妨害を受ける

・アメリカ軍司令部は、これを「ソ連の戦争行為」と判断し、核兵器を搭載した警戒飛行隊に「攻撃の起動準備」を命令。全面核戦争一歩手前の状況に

・アメリカ軍は、1950年代から太陽活動についての研究を進めていて、この日の航空宇宙防衛司令部の太陽予報官が、「レーダーの妨害は巨大な太陽フレアで発生した磁気嵐によるものだ」と軍上層部に伝達

・公文書では、ここから当時のジョンソン米大統領を含む政府最高メンバーにまで、太陽活動の影響についての情報が伝えられ、弾道ミサイル早期警戒システムのレーダー妨害は、ソ連によるものではなく、太陽活動によるものと理解

・アメリカ軍による核攻撃を含む軍事行動は中止。米ソ全面核戦争は回避

ということになっていたということが、最近のアメリカ地球物理学連合の科学者たちの調査でわかったということなんですね。

1967年にも「本気でやろう」としていたようなのです。

もし、この 1967年にアメリカ空軍が全面的な核戦争を仕掛けた場合、その被害は、壮絶なものとなっていたとも思います。

スタンリー・キューブリック監督の 1964年の映画『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』は、妄想に取り憑かれたアメリカ空軍の将軍が、法制度の抜け道を利用して、「独断で、ソ連への核攻撃」を部下の飛行隊に命令するところから始まるストーリーの映画ですが、その中に、別のアメリカ軍の将軍の以下の台詞があります。

映画『博士の異常な愛情…』より
dr-strange-love・Dr.Straneg Love …

この「片や 2000万人で済み、片や 1億 5000万人が死ぬ」という台詞の意味は、「アメリカ軍がソ連を先制核攻撃すれば、アメリカの民間人死者は 2000万人と試算されるが、先制攻撃しない場合、1億5000万人の民間人が死亡する」というアメリカ空軍の試算について述べたものですが、正確なところはともかく、おそらくは、このようなものなのだと思います。

そんな致命的な行為に及ぶ「理由」が、この映画では「気のおかしくなった将軍」によるものでしたが、現実の 1967年では、「太陽嵐の知識が司令官たちになかったので、レーダー妨害をソ連の仕業と勘違いした」という

「勘違い」

で、このような全面核戦争になったかもしれないというような話なのですね。

太陽活動そのものについては今回はふれないですが、今は太陽活動についての知識は、少なくとも今のアメリカ軍は持っていますし、多くの主要な国の軍隊は、太陽監視を軍事の中の作業に入れていると思います。

しかし、核兵器を持っているすべての国がそうなのかどうかはよくわかりません。

「勘違い」でカタストロフが訪れてしまうのが核兵器というものの現実ですし、そういう核兵器が 2016年3月現在で、地球に 1万5350発あります。

現代社会はいつもギリギリです。

それでは、アメリカ地球物理学連合の記事をご紹介します。

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1967 SOLAR STORM NEARLY TOOK US TO BRINK OF WAR
AGU 2016/08/09

1967年の太陽嵐は、アメリカを戦争の瀬戸際まで連れて行った

レーダーや無線通信を攪乱する太陽嵐は、冷戦の緊張が最大に高まる中、もし、アメリカ軍が太陽活動の監視を続けている中での努力がなかった場合、悲惨な軍事衝突に繋がっていた可能性があることが新しい研究で示された。

1967年5月23日、アメリカ空軍は戦争開始のための航空機の準備を始めた。その理由は、北極域におけるアメリカ軍のレーダーが何かによって妨害されていたためで、アメリカ軍司令部は、これをソ連によるものだと考えたのだ。

しかし、その時、アメリカ軍の宇宙天気予報官が、太陽が軍のレーダーや無線通信を妨害する可能性があることについての情報を軍に伝え、兵器を搭載した航空機は離陸せずに、地面で待機した。

そして、宇宙天気予報官の情報によって、アメリカとソ連は全面的な核攻撃の応酬を回避することができたと新しい研究は述べる。

この、公的な事案に対して、初めて正式に太陽嵐とその影響を予測・分析したことについての調査がアメリカ地球物理学連合の新しい広報で発表された。

1960年代は、太陽嵐が社会に与える潜在的な影響については、その情報を共有する人々が現れるまでほとんど知られていなかったとコロラド大学の物理学者、デローレス・ニップ(Delores Knipp)博士は語る。

この 1967年5月の太陽嵐に関するストーリーは、アメリカの国家安全保障において、地球科学と宇宙研究が不可欠であることを意味する古典的な例だとニップ博士は述べる。

「アメリカという国が、太陽や地磁気嵐の観測やその予測に早い段階から投資していたという事実がなければ、1967年の太陽嵐の影響は非常に大きなものとなっていたでしょう。そういう意味では、準備することがいかに重要かということを学んだ出来事でもあるのです」

 

太陽を監視し続けて

アメリカ軍は、1950年代の後半に、地球の磁場と上層大気の乱れを中心としての太陽活動と宇宙天気の監視を開始した。

1960年代になると、空軍の空軍気象局(AWS)の新しい支局が、太陽表面の爆発的な放射現象である太陽フレアの日常的な監視を始めた。

太陽フレアは、多くの場合、地球上の電磁波の障害につながるもので、すなわち、無線通信や電力線の伝送を遮断する可能性があり、これは磁気嵐として知られている。

空軍気象局は、アメリカ国内と海外で、太陽の監視者のネットワークを構築し、その情報を、北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)と、北米上空をコントロールするカナダの組織に提供した。

1967年からは、いくつかの観測情報に関して、北アメリカ航空宇宙防衛司令部の太陽予報官に毎日、直接情報が送信されるようになった。

 

1967年5月18日。強烈な磁場を伴う異常に大規模な黒点の活動領域が、太陽表面に出現した。

予報官たちは、5月23日に、いつでも大規模な太陽フレアが発生する可能性があると判断していた。

そして、5月23日に太陽フレアが発生した。

そのフレアは、ニューメキシコ州とコロラド州の天文台では肉眼で見ることができたほど巨大なものだった。

マサチューセッツ州にあるソーラー電波天文台では、太陽が前例のない強いレベルの放射を続けていることが観測していた。

5月23日、コロラド州コロラドスプリングズの北アメリカ航空宇宙防衛司令部・太陽予報センター(NORAD’s Solar Forecast Center)は、世界的な規模の強大な地磁気嵐が 36時間から 48時間以内に起こると予測した。

 

レーダーの「妨害」発生

この 5月23日の巨大な太陽フレアの発生と共に、北半球のアメリカ軍の3つのすべての弾道ミサイル早期警戒システム(BMEWS)ステーションのレーダーの機能が破壊されるという出来事が発生した。

これらのレーダーは、ソ連からのミサイルを検出するために設計されており、そのレーダーが何かによって妨害されているように見えた。

レーダー機能の妨害を含む、これらレーダー・ステーションに対するいかなる攻撃も、それは「戦争行為」と見なされる。

この日、北アメリカ航空宇宙防衛司令部の太陽予報センターで、宇宙天気の予報を担っていたのは、現在は退役しているアーノルド・L・スナイダー大佐(Colonel Arnold L. Snyder)だった。

対流圏の気象予報官が、司令部の最高司令官が、太陽活動があったのかどうかについて尋ねたいと言っていることをスナイダー大佐に伝えた。

スナイダー元大佐は、その時のことについて、こう語る。

「私は興奮と共に、明確にこのように応答しました。”はい、起きました。太陽の半分が吹っ飛んだような巨大なものです” と。そして、その後に、冷静に定量的な説明と事象の詳細についてを伝えました」

太陽予報センターからの情報により、司令部は、弾道ミサイル早期警戒システムレーダーのある場所が、太陽嵐の影響を受ける可能性があるところであることを知った。

レーダーを「妨害」しているのは、ソ連ではなく、太陽だということが、ここに示唆されたのである。

そして、太陽からの放射量が減少していくと共に、レーダーサイトの妨害も消えていったことで、レーダーの妨害が太陽によるものである示唆が、より強くなった。

1960年代のほとんどの間、アメリカ空軍は、核兵器を搭載した警戒飛行隊を多く飛行させていた。

しかし、当時の司令官たちは、太陽嵐に関しての知識がなく、弾道ミサイル早期警戒システムのレーダーを妨害しているのはソ連だと考え続けており、調査によれば、その飛行中の航空機たちに対して、「核兵器を起動する準備」についての命令が出された。

ニップ博士は言う。

「これは深刻な状況です。しかし、物事が恐ろしく間違った方向に進みそうな時に、物語は、称賛に値する方向に変わっていったのです」

その状況にまで進んでいたが、空軍は、それ以上の追加の航空機への飛行命令をなぜか出さなかったのだ。

これは、北アメリカ航空宇宙防衛司令部の司令官たちが、太陽予報センターからの情報により、レーダー妨害は、ソ連によるものではなく、太陽活動によるものだったと伝えられ、それが、司令官たちに軍事行動を停止させることを決断させたのだと研究者たちは確信している。

ぎりぎりで間に合ったのだ。

この時命令されていた攻撃は、核兵器の使用の可能性も含むものだった。

ニップ博士は、公文書を引用し、この時に、太陽嵐が引き起こす可能性についての情報が、アメリカ政府の最高レベルの政治家たちにまで送られ、おそらくはジョンソン大統領にまで伝わったのだと見ている。

太陽フレアの後、地磁気嵐は約 40時間続いた。

新しい研究によると、この時、ほぼ1週間、ほとんどあらゆるアメリカの無線通信が妨害されていた。

また、磁気の影響で、通常は北極圏で見られるオーロラが、はるか南のニューメキシコ州で見られた記録が残っている。

ジョージア工科大学の科学者モリス・コーエン(Morris Cohen)博士は、は以下のように述べている。

「この出来事は、歴史的な観点から非常に強く私の心をとらえるものです。1967年の場合は、悲惨な結末を回避するための十分な時間があったということでしょうが、物事の進み方は、時に壊滅的な事態を起こします。だからこそ、私たちは、そのようなことが二度と起きないように何かしなければならないのです」



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