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地球最期のニュースと資料

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現実とは何か? 英国ケンブリッジ大学の「幻覚」の研究で知る「人間が見たり聞いたりしたもので世界を把握するメカニズム」

      2017/12/06

下の画像は、今回ご紹介する英国ケンブリッジ大學の記事の内容に関係する画像です。
どういうものを表している画像かおわかりでしょうか。

black-white-uk・Cambridge University

 

見るということ

さて、上の画像については後ほどご説明するとして、前回までの2つの記事、

半透明UFOに続き、中国に出現した「空中巨大都市」に驚きつつも、それらもまたホログラムかもしれないという世の中で

インドとマレーシアで1日違いで目撃されたと報じられた「巨大な半透明UFO」を巡るいくつかの考察

ufo-mirage-city

でご紹介したものは、どちらもとても「視覚的なもの」です。

そして、日常の周囲にあるものから、上のようなものを含めて、

 

「見えているから存在している(と認識する)」

「聞こえているから存在している(と認識する)」

 

と、まあ、私たちは普通に思って生きていますが、前回の記事での「ホログラム」というような概念を考えているうちに、何だかそういうことも心許ない感じもしてきたりしている中で、英国の名門ケンブリッジ大学の下のようなタイトルのニュースリリースを見ました。

 

hallucinations-emerge-top

▲ 2015年10月12日の英国ケンブリッジ大学ニュースリリースより

 

内容は何だか難しいのですが、その一部について、ものすごく簡単に書きますと、

 

「人間は、見たり聞いたりするこの世界を、その知覚のままに受け取っているのではなく、事前に自分が持っている知識と情報を脳で構成して、その見たものを認識する」

 

というもので、これでも何だかわかりにくいのですが、今回ご紹介する記事の中に、

たとえば、私たちが自分の部屋に入る時に、ソファの後ろで素早く動く黒い物体が視覚に入ったとして、それがあまりにも早い動きだったとしても、あなたはそれが自分の飼っている猫だと認識するだろう。

というような下りがあります。

私たちは、この世界を「見るもの聞くものに対して、その度にそれを感知して世界を認識している」というように考えがちですが、「そうではない」ということです。

 

上の例の場合ですと、「見る」という知覚は、状況の把握に対して、ほとんど役割を持っていません。「黒いものが動く」のは確かに見たのですが、その視覚からの知覚より、「自分は黒い猫を飼っているから動いたものはその猫だ」という日常的な確信が、「見たものを決定している」わけです。

人は、毎日の生活の中で、ひとつひとつの「見たり聞いたり触れたり」といった感覚を、そのたびに毎度認識して、世界を把握しているのではなく、

「これは廊下だ」

「あれは冷蔵庫だ」

「これは水道の水だ」

と、そのものを見てはいるものの、視覚からそのものを認識しているというよりは、事前の情報と知識で認識している部分がとても多い(つまり、特に見ていないで、見たと思い込んでいる)ことに、ケンブリッジ大学のニュースリリースを読んで気づいたのでした。

たとえば、夕方、部屋からは見えない玄関のドアが開く音がする。

そこから声も姿もない時から、すでに、部屋の中の人は、

「お母さん、お帰り」

と声をかけている。

「この時間に帰ってくるのはお母さんだ」という事前予測で、状況を認識して行動する。

これを、ドアの開く音がしたから、いちいち誰かを確かめにいって、声で家族だと確認した後に、ドアノブを「これは本当にドアノブだろうか」と確認し、ドアの鍵の開け方を復習して確認してから、ドアを開け、そこから相手の顔をよく確認してから、その人かどうかを確かめた後に、

「お母さん、お帰り」

では、むしろこれはとても変なことになってしまいます。

 

ケンブリッジ大学のニュースリリースは、このように、私たちは、見たり聞いたり触れたりした際、「脳の中にある事前の情報を使って、この世界を認識している」ということが書かれてあり、見たり聞いたりした知覚は「脳(あるいは自我などかもしれませんが)を経由しないと、この世界での経験にならない」という、まあ、当たり前のことではあるのかもしれないですが、そのことに改めて気づかされましたので、ご紹介させていただこうと思いました。

この論文の本題は、「幻覚」に関してのもので、脳の事前予測によって幻覚をもたらされるという内容のようなんですが、そちらの方は訳していても、意味がよくわからない部分もありましたが、いずれにしても、わりと長めですので、先にそのニュースリリースをご紹介しておきます。

ところで、冒頭に載せました白黒の写真。

実は、下の写真を白黒にしたものなのでした。

100821_web

 

そして、この写真を見た後に、冒頭の白黒写真を見ると、今度は、さきほどは意味がわからなかったあの白黒写真の「意味」が認識できると思います。

というか、あの白黒写真の中に「光景が浮かび上がる」のではないでしょうか。

これが、「見る」ということのひとつの真実だと感じたのでした。

目で見るだけでわからなかったものが、「脳がその情報を把握してから」は、「見えなかったものが見えてくる」と。

人がモノを目で見ているのは確かでも、むしろ、脳が情報を構成して、初めて「見ているものに意味がつけられる」部分が強いようなのです。

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How hallucinations emerge from trying to make sense of an ambiguous world
 ケンブリッジ大学 ニュースリリース 2015.10.12

曖昧な世界を認識しようとする試みから幻覚が出現する仕組み

この白黒の画像を見てもらいたい。これを見たあなたは、おそらく、これが黒と白と無意味な模様を描いているように見えるのではないだろうか。

しかし、今度はその下のカラーの写真を見ていただいてから、また白黒の写真に戻って見ていただくと、先ほどのモノクロ画像がどんなものなのかおわかりになるのではないだろうか。そして、先ほどの白黒の写真を見ても、それが何を表しているのかが今度はわかるはずだ。

color-mono-001

そして、これが、英国カーディフ大学とケンブリッジ大学の科学者たちが、一部の人々が幻覚を起こしやすい理由を説明できるものだと確信している理由なのだ。

 

いくつかの精神病にかかった場合、その中で、非常に恐ろしい体験や経験を受けることがある — それは、主に「外部の現実との接触が失われる」ことにある。

その結果として、多くの場合は、現実の世界と、現実には存在しない脅威や、その人を脅かす(現実には存在しない)存在とが混合してしまい、現実の把握が困難になる。

いくつかの精神病では、時に、急激な知覚の変化を伴い、視覚だけではなく、香りや触覚も実際には存在しないものを感じることがあるのだ — これを、いわゆる「幻覚」と呼ぶ。

これら幻覚は、他人から見れば、不合理であり、理解ができないものであることも多い。

英国カーディフ大学とケンブリッジ大学の研究チームが、幻覚の原因は、周囲の現実の世界を認識するために、事前知識と予測を利用することにより、私たちの正常な性癖が向上することにある(健常な人でも軽度な幻覚を見る可能性がある)とする論文を米国科学アカデミー紀要( PNAS )に発表した。

私たちは、自分たちの周囲の物理的環境や社会的環境の意味を理解し、それらと相互に作用するためには、周囲についての適切な情報が必要だ。たとえば、対象物の大きさや位置などを把握するなどがそうだ。

しかし、私たちは、この情報(その対象物に対しての物理的に完全に正確な情報)に直接アクセスすることはできないので、私たちは、自分たちの感覚から、潜在的に曖昧で不完全な情報を解釈することを余儀なくされている。

この課題は脳の中の働きによる。たとえば、私たちの視覚における認識は、環境に対しての事前の堅牢な知識を生成し、曖昧な感覚情報を組み合わせることにより、世界を認識する。

たとえば、私たちが自分の部屋に入る時に、ソファの後ろで素早く動く黒い物体が視覚に入ったとして、それがあまりにも早い動きだったとしても、あなたはそれが自分の飼っている猫だと認識するだろう。

実際に、あなたが見ていた時間はほんのわずかであっても、事前の知識(この場合は家で黒い猫を飼っていること)で、環境に対してのすべての独創的な認識を成し得るのだ。

カーディフ大学心理学校のクリストフ・トゥーフェル博士( Dr Christoph Teufel )は以下のように言う。

「視覚は建設的なプロセスといえます。言い換えれば、私たちの脳は、私たちが《見ている世界》を構築しているのです」

「そのプロセスは、自分の中にある世界の空白を埋め、適合しないものを無視し、私たちが期待する世界のイメージに合うように編集され、提示されるのです」

「このように、予測脳を持つことは非常に便利なことです。実際には、曖昧で複雑な世界を、予測脳により、筋の通ったイメージとして私たちに提示するのです」

「しかし、この能力はまた、私たちが実際には存在しないものを知覚することとも無関係ではないと私たちは考えています。これは幻覚の定義です」

「実際、近年では、私たちはそのような「変容した知覚経験」があることを認識するようになりました。これは、精神疾患を持つ人に限定されません。全人口の中でも比較的ポピュラーなものだと思っています」

「私たちの多くは、存在しないものを見たり聞いたりするのです」

そのような予測のプロセスは、精神病の出現と関係するかどうかという問題に対処するために、研究者たちは NHS ケンブリッジシャー病院( NHS Cambridgeshire )と、ピーターバラ・シティ病院( Peterborough Foundation Trust )の精神保健サービスを受ける 18人の臨床グループの研究を進めた。

これらの個人だけでなく、16人の健康なボランティアのグループが、曖昧な世界の意味を理解するために、どのように予測を使用したかを調査した。調査には、先ほど示した白黒写真のようなイメージの使用が含まれる。

ボランティアの人たちには、人の姿が含まれている一連の白黒の画像を見てもらい、そこに人が写っているかどうかを言ってもらうということをしてもらった。画像が曖昧な性質を持つために、この仕事は最初は非常に困難だった。

参加者たちには、一連の白黒の画像の後に、そのフルカラーのオリジナル画像が示された。この情報は、曖昧な画像の意味を理解する脳の能力を向上させるために使用される。

研究者たちは、世界に自分の予測を重ね合わせる傾向が強いほど、幻覚が生じやすいと推論していた。

研究者たちは、健常な人たちのグループと比較して、精神病の非常に初期の兆候を持つ人々で予測性能(視覚に対しての事前予測能力)の大きな向上を発見した。

これは、臨床グループの人々が、それらがあいまいな絵の意味を理解するために与えられた実際の情報に、より強く頼っていたことを示した。

研究者たちは、次に 40人の健常な人たちのグループに同じ仕事を提示すると、仕事の能力に連続性を見出した。そして、この健常者たちのグループは、精神病への傾向のテストで、臨床グループの参加者の点数と似たスコアが示された。

これは、言い換えれば、感覚を知覚する時に、自分に入った感覚への事前予測を好む情報処理の変化は、初期の精神病の発症前でも検出することができるということになる。

ケンブリッジ大学精神局のナレス・サブラマニアム氏( Naresh Subramaniam )は、「この知見は重要です。なぜなら、精神疾患の主要な症状の出現を、正常な脳機能から変更された脳のバランスの観点から理解することができるためです」と述べる。

「重要なことは、これら精神病の症状や体験は、”脳が壊れた”というようなことを反映しているのではなく、むしろ、脳は、非常に自然な方法で、曖昧な感覚のデータの意味を理解しようと努力していることを示します」


 

ここまでです。

中盤以降は、自分でもわからない部分もあって申し訳ないのですが、要するに、

見たり聞いたりした感覚に対して「脳で事前予測をする傾向が大きい人」ほど幻覚を見やすい

ということなんでしょうかね。

もしそうだとすると、

「見たり聞いたりするものに対して、その情報を素直に感じるほうがいい」

ということにもなりそうです。

 

「見ること」に関しては、

自己「切断プログラム」発動のために:松果体ではなく「目」で見えないものを見ること
 2015年06月15日

という記事の中に、シュタイナーの

いかにして高次の世界を認識するか

から、シュタイナーが、

> 目に見えないものに感情と思考を向けなさい

ということを述べている部分を抜粋したことがあります。

シュタイナー『いかにして高次の世界を認識するか』より
「植物の種の中には、将来、種から成長してくるものが、すでに隠された形で存在している。人工的に本物そっくりに作られた種のなかには、この力は存在していない」

「しかし『私の目には』本物の種も、人工の種も、同じように見える。つまり本物の種には、それをまねて作られた人工の種のなかには存在していない何かが、『目に見えない形で』含まれているのである」

では、このような目に見えないものに感情と思考を向けてみて下さい、そして次のように考えて下さい。

「このような目に見えないものは、将来目に見える植物に変化する。そのとき私は目の前に、その形と色を見ることになるだろう」

そして、次のような思考の中に没頭して下さい。

「『目に見えないものが目に見えるものになる』。もし私が『思考する』ことができないならば、将来、目に見えるようになるものが、このように予感となって現れることはないだろう」

 

とあり、「植物の種」と「そっくり真似て作られた人工の種」の違いを示した後、植物の種は「将来、植物になる」わけですが、

> その種に、(今は見えない)将来の植物の姿を見なさい

と言っているわけです。

そして、さらに難解な言い回しですが、シュタイナーは、

「もし私が『思考する』ことができないならば、将来、目に見えるようになるものが、このように予感となって現れることはないだろう」

と述べています。

このシュタイナーの言う、「見る」ことと「考える」が同じことである、というような響き

そして、ケンブリッジ大学のニュースリリースの「感覚と認識の真実」などを考えますと、私たちがこの世界を認識している仕組みというのは、実際には、かなり「個人的」なものだということもわかります。

みんな同じ世界を見ているわけではない・・・のではないか・・・という以前に、みんな同じ世界にいることすらも疑わしい・・・という、やはりやや難解な思いにとらわれたりするわけですが、そこまで考えなくとも、自分自身が、日頃見て聞いて触れて「認識していると思い込んでいる」中には「たくさんの幻覚が含まれている」かもしれないとか。

あるいは、自称プレアデスの人が言うように、この世の多くが幻覚「的」なものかもしれないとか。

『プレアデス+かく語りき』より

ホログラフィーの挿絵は、三次元の世界とまったく同じように見えます。それは作られた出来事であり、それをあなた方の現実に、現実のつづきであるかのように挿入します。それは見ている者の頭脳に影響をおよぼす目的で使われ、見分けるのはとても困難です。

 

私たちは毎日の生活で実際は何を見ていて、どのように世界を把握しているのか。

このあたりを正しく考えることができるのならば、今後いろいろなことが目の前で起きた時にも、わりと平気でいられたりするのでしょうかね。



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