2016年11月10日の英国テレグラフより
少子化時代に若年層をこの世から奪う可能性を持つ悪魔的ウイルスの登場のサイクルは?
インフルエンザの流行に関して、近代人類史で最も甚大な被害を残したものに 1918年の鳥インフルエンザのパンデミック(スペインかぜ)があります。
スペインかぜは、推定感染者数 5億人(当時の世界人口は約 18億人)で、推定死者数が最大で 1億人超という本当に甚大な災害だったのですが、このスペインかぜには通常のインフルエンザと違った「奇妙な特徴」がありました。
それは、
「若くて元気な人ほど感染して亡くなっていく」
ということでした。
普通、インフルエンザは、幼児や高齢者などの死者数が多く、体力的に弱い人たちが犠牲になっていくものですが、スペインかぜの時のインフルエンザは、「若くて元気な人たちから殺していく」という点が絶望的な側面を持つ感染症でもありました。
国立感染症情報センターの「インフルエンザ・パンデミックに関するQ&A」というページには、以下の記述があります。
国立感染症情報センター インフルエンザ・パンデミックに関するQ&Aより
1918年の晩秋から始まった第二波は10倍の致死率となり、しかも15~35歳の健康な若年者層においてもっとも多くの死がみられ、死亡例の99%が65歳以下の若い年齢層に発生したという、過去にも、またそれ以降にも例のみられない現象が確認されています。
このスペインかぜは日本でも甚大な被害となり、過去記事の、
・21世紀のパンデミック: ウイルスが人を選ぶのか? 人がウイルスを選ぶのか?
2013/04/08
の中で、当時の日本政府が記録した「日本でのスペイン風邪の分析」についての資料をご紹介したことがあります。
詳細なところはその記事をお読みいだたくと幸いですが、1918年から 1920年までの日本の鳥インフルエンザのパンデミックでは、
「 2100万人が感染して 22万人が死亡」(当時の日本の人口は約 5,000万人)
という大惨事になったのでした。
これを今の日本の人口にあてはめますと、
・総患者数 5,000万人
・死亡者数 70万人
という、自然災害では見たことも聞いたこともない大災害ということになります。
1918年10月25日の読売新聞より
[書かれている内容]学校を襲い、寄宿舎を襲い工場を襲い、家庭を襲い、今や東京市中を始め各府県にわたりて大猖獗を極めつつある悪性感冒は単に日本のみならず、実に世界的に蔓延しつつある大々的流行病にして、その病勢の猛烈なる実にいまだかつて見ざるところなり試みに、外務省海軍省内務省等集まれる海外の状況を見るにその惨禍は想いはからずに過ぐるものあり。
しかし、スペイン風邪は、世界全体を見れば、「 5億人が感染して 1億人が死亡」というような推定から考えても、致死率が 10%だとか 20%だとか、とても高いのですが、日本では全体を通しての致死率は 1%程度で、理由はわからないですが、
「日本人はスペインかぜでは死ににくかった」
と言えるかと思います。
感染者そのものは他の国や地域と変わらず、「日本全体で2人に1人が感染した」わけですので、感染力の強さは同じでも、なぜか日本では致死率に海外と大きな差があったようです。
これに関して、
・1918年のパンデミック(スペインかぜ)で「日本人の致死率が世界平均と比べて極端に低かった理由」はどこにあったのか
2014/11/18
というタイトルの記事も書いたことがありますが、結局よくわかりませんでした。
そして、スペインかぜが世界全体で「若い人たちを殺していった」ということの理由も、いろいろと言われてはいましたが、それもわかってはいません。
そんな中で、冒頭にありますように、最近のアメリカの研究で、
「 H5N1 の鳥インフルエンザのパンデミックが起こった場合、1968年以前に生まれた人は、強い免疫を持っている可能性が高いため、死ににくい」
という可能性を強く示唆する結果が科学誌サイエンスに発表されました。
まずは、とにかく、そのことについての記事をご紹介します。
英国テレグラフの記事です。
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Why being born before 1968 could save you from a bird flu pandemic
Telegraph 2016/11/10
1968年より以前に生まれた人たちは、鳥インフルエンザのパンデミックから守られる可能性がある
西暦 1968年以前に生まれた人たちは、危険性の高い鳥インフルエンザでの感染から守られ、死亡率が大幅に低い可能性があることを最近の研究は示している。
これまで、それぞれの個人の過去のインフルエンザウイルスへの感染(暴露)は、動物からヒトに感染するタイプの新型インフルエンザに対しては、免疫がほとんどないか、あるいはまったくないと考えられていた。
新型インフルエンザは、動物から人間に感染するウイルスで、たとえば、アジアなどで多くの人々に感染した H5N1 などがあるが、これまでは、そのような新型に対して通常のインフルエンザ感染では免疫力が獲得されることはないとされていた。
しかし、米国アリゾナ大学とカリフォルニア大学の最近の研究は、子ども時代に H1 型や H2 型のインフルエンザ(いわゆる通常のインフルエンザ)に暴露した人たちは、 H5N1 (新型の鳥インフルエンザ)に対しての耐性を持ち、保護される可能性が大きいことを示した。
1968年に インフルエンザの H3 株が大流行するまで、インフルエンザは H1 と H2 が一般的で、1968年以前の人たちはこの株に対しての免疫を持っている。その一方で、1968年以降に生まれた人たちは、中国で死者を出した H7N9 インフルエンザに対しての免疫を持っている可能性が高い。
研究者たちは、この研究結果は、しばしばパンデミックで特定の年齢層がよりそのインフルエンザに対して脆弱である理由を説明していると述べている。
アリゾナ大学生態学進化生物学部長のマイケル・ウォロビー博士(Dr Michael Worobey)は、以下のように述べる。
「新型のインフルエンザに対して、私たちは何もわかっていないというわけではありません。たとえば、H5 や H7 に一度も感染したことのない人たちでも、私たち人間は、ウイルスに何らかの保護機能を持っていることがわかったのです」
今回の研究において科学者たちは、 H5N1 および H7N9 に起因する新型インフルエンザの重症疾患あるいは死亡例のすべての既知の症例のデータを分析した。
その結果、人間は最初に感染したウイルスの型によって、その後の免疫力のタイプが決定されることがわかった。この保護機能は「免疫刷り込み(immunological imprinting)」と呼ばれるプロセスの中で機能する。
個人がインフルエンザウイルスに初めて曝されると、その際に、免疫システムによって抗体が作られる。インフルエンザウイルスの表面には、棒キャンディーのように飛び出しているタンパク質があり、抗体はこれを探し出してウイルスを体内から排除し、病気から守る免疫力となる。
研究者たちは、このメカニズムによって、重体となることを免れる確率は 75%で、死亡を免れる確率は 80%にのぼることを突き止めた。
ウォロビー博士は、1918年のインフルエンザのパンデミック(スペイン風邪)の際に見られた「高齢者より若年層の死亡率のほうが非常に高かったという異常な死亡状況」を説明することができるかもしれないと述べている。
博士は以下のように言う。
「 H1 型インフルエンザウイルスで死亡した若い成人たちの血液を数十年後に分析したところ、彼らが子どもの頃に感染していたのは H3 型だった可能性が高いことがわかりました。そのため、彼らには H1 型への耐性がなかったと思われます」
現在の H5N1 や H7N9 の場合にも同じ傾向が見られることから、今後、世界に大流行をもたらすかもしれないインフルエンザウイルスも 1918年に歴史的大流行を起こしたスペイン風邪のウイルスと基本的には同様の進行過程をたどるのではないかとウォロビー博士は考えている。
このため、「鳥からヒトへ感染するインフルエンザウイルスが出現しても、今の私たちには、それにより最も深刻な被害を受けそうな年齢層を予測できる可能性があるのです」と博士は語った。
ここまでです。
この記事でのウォロビー博士は、
「今後起こるかもしれない新型インフルエンザのパンデミックで最も深刻な被害を受けそうな年齢層を予測できる」
という意味のことを述べていますが、その「年齢」というのが、それが H5N1 だった場合は「 1968年以降に生まれた人たちは、深刻な被害を受ける可能性が高い」ということが、今回のアメリカの大学での研究での結果です。
具体的にいえば、「 48歳より若い人たち」は、 H5N1 のパンデミックだった場合は、感染しやすく、また重症化するリスクが高いという可能性があるということになりそうです。
少子化の世界からさらに若年層が消えてしまったら
先ほどの記事に出てくるインフルエンザには、H5N1 と H7N9 などが書かれていますが、 H7N9 は、中国で発見され、中国で死亡者が出ているものですが、患者数等は拡大してはいません。
やはり、この数年ずっと懸念されている新型インフルエンザの流行は H5N1 ということになりそうです。
H5N1 鳥インフルエンザ
感染動物:鳥
世界での発生状況(2016年10月まで):インドネシア 発症199人(うち167人死亡)
カンボジア 発症56人(うち37人死亡)など世界 16カ国で 856人が発症(うち 452人が死亡)。
ということになっていまして、この場合は、感染者数そのものより「感染者と死亡者の比率」に注目されていただきたいと思います。
インドネシアなどは、死亡率が 80%を超えていて、世界全体としても 致死率 50%以上という、感染しやすい病気という意味では、ちょっと他に比較できる感染症が想定しにくいほどの毒性を持つものです。
そして、仮に、この H5N1 の「パンデミック」が発生した場合、
「 48歳以下の若い人たちがやられてしまう」
という可能性が今回の研究結果によりかなり強くなっているのです。
これはですね、「自分は 48歳以上だから安心」とか、そういう話ではないです。
日本はただでさえ超少子傾向が継続中であり、すでに、若年層と老人層の人口の比率がとんでもないことになろうとしています。
このあたりに関しましては、過去記事の、
・日本の未来 : 子どもに関しての、そして、高齢者に関しての統計データから受けた衝撃
2015/01/28
という記事や、
・2016年からは正念場を迎えるかもしれない日本(15年後に国の借金は3500兆円)について思ういくつかのこと
2015/12/30
という記事などをはじめ、何度か記したことがあるのですが、高齢者が増えるのがどうのこうのとか、少子化そのものがどうのこうの、ということ以前に、現状で、
「若年層と高齢者の人口の比率のアンバランスさが危険域を超えている」
ということになっていまして、あと 10年もたたないうちに、いわゆる「人口年齢比のカオス」の状況になるのは避けられないと思われます。
私自身は、もう解決策などあろうはずもないと思ってしまう部分もないではないですが、ともかく、そういう状況下で、「もし」若年層をターゲットとして殺していくようなパンデミックが起きたらどうなっちゃうのかと。
殺人インフルエンザウイルスが猛威をふるった後の焼け野原に残るのは、見渡す限りの「インフルエンザから助かった高齢者ばかり」・・・という世界がそこに残されて・・・。
そしてですね、すでにここ2年くらいでは、「スペインかぜの時のような徴候」は現れているのです。
下は、2014年2月のアメリカ CNN の記事からです。
今年の米国のインフルエンザは「若い世代」を直撃
CNN 2014.02.24
米疾病対策センター(CDC)がこのほどまとめた統計で、今シーズンのインフルエンザは前年に比べて65歳未満の患者が大幅に増えていることが分かった。
それによると、今シーズンにインフルエンザ関連の症状で入院した患者は、18~64歳の層が61%を占め、前年の約35%を大幅に上回った。
65歳未満の死者も例年以上に多く、死者の半数強は25~64歳だった。昨年の死者に占めるこの世代の割合は25%未満だった。
というようになっていまして、ここに、
> 前年に比べて65歳未満の患者が大幅に増えている
とありますが、これが、もし通常のインフルエンザではなく、毒性の極めて高い鳥インフルエンザだった場合などだと、スペインかぜの時の再現のようなことになってしまいかねないとも思ったものでした。
今はまだパンデミックの徴候はないでしょうが、「いつかは起きる」と考えたほうが妥当なものでもあります。
まして、通常のインフルエンザへの対処でも疑問符がつく部分もないではない予防(ワクチン)や治療法(タミフルやリレンザなど)は、パンデミックには、ほぼ完全に効果がないはずで、そういう状況で、今は、「ただ、それが起きる時を待っている」ということになっているのだと思います。
もちろん、何十年も何百年も起きないかもしれないですけれど、今年か来年に起きるかもしれない。
それはわからないです。
そういえば、スペインかぜの歳の治療法のことについて、5年くらい前ですが、
・1918年の「死のインフルエンザ」へのケロッグ博士の対処法
2011/11/22
という記事を書いたことがありましたが、そこに、自然療法の医学博士の言葉として、
「1918年のスペインかぜの流行の際に、薬での治療に頼った病院では、患者の 33パーセントが治療に失敗しましたが、投薬に頼らない非医療機関としての診療所の治療率はとても高かったのです」
という言葉があります。これがいつも適用される概念かどうかはともかく、当時は、投薬での成果は乏しく(3人に1人が死亡)、ケロッグ博士など民間医療的な方法が 100%の治癒を達成したという記録はあります。
いずれにしても、今後、H5N1 の新型インフルエンザでのパンデミックが発生した場合、「若い人たちが危ない」ということになり、世界はどうしようもない混沌に陥る可能性もあります。
これは、起きるか起きないかということではなく、「いつ起きるか」ということになっていることでもあり、そして、今の世界を見ていると、
「起きそうではある」
と思わざるを得ない自分がいます。