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覚悟の時代で…神の時代に : 繰り返されるようになった「1000年に1度」の地球の厄災や、イエローストーンにも現れた「カミサマ的な形」の増加の中で思うこと

      2017/09/02

2017年8月31日 米国イエローストーン国立公園にて

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2017年8月31日のキリスト教メディア「クリスチャン・トゥディ」より

christianitytoday.com

昨年あたりから「何かこう、いわゆるカミサマっぽい系」の形がはいろいろなところに出現します。それらについては、また別の機会に振り返ってみたいと思いますが、こういうような単なる形とは別の話として、真剣な信仰の中にある人々にとって、今のアメリカは「それを考えざるを得ない」出来事が起きやすい傾向にあります。

そんなことから少しいろいろと考えていました。

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「悪い時」に人々は神を真剣に想起する

史上最大の雨量を記録し続けているハリケーン「ハービー」は、現地の報道では「アメリの建国以来、最大のハリケーン」というように報じられ始めています。

8月31日の米国ワシントンポストの記事より

washingtonpost.com

このワシントンポストの記事では、ヒューストンなどを含め、テキサス州の上の図に示されている場所のピンクの部分が「 1000年に 1度もないような大雨」に見舞われての洪水となったことを示しています。

この「 1000年」という基準も曖昧なもので、実際には、記事の中に出てくる科学者の言葉の、

「これは現代のアメリカの観測の中で記録されたことがない数値なのです」

という言葉のほうがしっくりと来ると思われます。

このように、文字通り前例がないもので、通常の場合、このような豪雨がアメリカで降る確率は、計算上では「 99.9%もない」と科学者はこの記事で述べていますが、しかし、確率がどうであれ、

「現実に降った」

ということに重みがあります。

さらに、このワシントンポストには気象専門家の見解として、「今後の数十年で、このような 500年から 1000年に1度クラスの洪水の発生はさらに増えると見込まれる」という意見も記されています。

 

現在はこのような洪水が各地で頻繁に起きるようになっていますが、個人的な感覚の話では地球の洪水の様相が変わったかもしれない」と感じたのは、2012年でした。

その年の7月に、ロシア南部のクバン地方という場所で「一昼夜で6ヶ月分の雨が降った」という事象など、その頃から「黙示録的」という言葉が適合するような洪水被害が「毎週のように世界各地で起きる」ようになったのです。

この「洪水の規模と範囲が毎年拡大していく」という傾向は、それ以来、今年に至るまで続いていると思われます。それは、私たちの日本という国のここ数年を振り返るだけでもご理解いただけるのではないでしょうか。日本も今は、「かつてない洪水」に各地が常に見舞われています。

その 2012年に、下のようなタイトルの記事を書いたことがあります。

私たちが経験している現在の気候変動は次の数万年の人類史への扉かもしれない
2012/07/13

しかし今思えば、現在起きている人類史の変化の期間は「次の数万年」などではないです。今起きていることは、どれだけゆっくりでも「次の数百年」、あるいは、「次の数十年」、あるいはもっと短いスパンでの劇的な変化の序章であリ得ることが、今の世界の洪水の状況を見てもわかります。

テキサス州は、アメリカという大国の一部地域であることから世界中で大きく報道されていますが、この同時期に、パキスタンとインドで発生している洪水や、トルコでの大雨も記録的なものとなっていて、正確なデータをとれば、やはり「何百年に1度」クラスのものとなっている可能性もあります。

そして実はアメリカの大西洋沖には「新たなハリケーン(Irma / アーマ)」が発生していて、またもアメリカを直撃する可能性が出ています。

このハリケーンについては、NOAA (アメリカ海洋大気庁)の予測の一部に、最強の勢力である「カテゴリー5」に発達する可能性を指摘する気候学者もいて、「過去 10年間で最大の風速となる可能性がある」のだそうです。

8月31日の米国ゼロヘッジの記事より

zerohedge.com

アメリカ本土を直撃するかどうかは今のところは不明ですが、直撃するにしてもしないにしても、またしても現在のテキサス州を含むメキシコ湾沿いの多くの地域にかなりの影響を与える可能性がありそうです。

まさに絶え間ない自然災害の渦中に放り込まれた感じのある該当地域ですけれど、この時期に、アメリカの報道の文字に目立ってきているのが、「 God /神」とか、「 Jesus / イエス」などの文字です。

テキサス州が信仰の厚い人々が多いのかどうかはわからないですが、「なぜ神はこのようなハリケーンの上陸を許し、私たちを苦しめるのか」というようなことを感じている人が多いのか、それに答える形でのキリスト教系メディアの記事を数多く目にします。

そこで語られる「理由」は、正直理由になっているのかどうなのかわからないようなものばかりではあるのですけれど、私が今回のことで改めて思ったのは、

「厄災の中で人は神を思い出す」

というフレーズです。

何の苦痛も苦労も困難もない時には、たとえ信仰がある人でもそれほど強くは日常的に「神が頭の中に現れない」もののような気がします。まして、私と同じような無信仰の人たちならなおさらのはずです。

 

しかし、「苦しいとき」に人は状況を変えるのです。

 

信仰など持たない人でも、ふと「神のような概念」を思う。「概念」と書いたのは、別に神じゃなくてもいいからです。「のようなもの」を思い浮かべるということで十分だからです。

受ける苦痛や被害や、信じがたい状況の度合いが強ければ強いほど、人々は「神のような概念」をとても強く自分の中に持つ傾向があります。

ここには宗教の誕生というものの概念の一端とも関係するかもしれないですけれど、そういうこととは別の話として、大事なことは「そういう時には、人はどういう気持ちになっているか」ということを思うのです。

自然災害でなくとも、病気でも何でもいいですが、抗うことのできない苦痛に打ちひしがれて「神のような概念」を頭に思い浮かべる時の人間は、

「傲慢ではなくなっている」

と思うのです。

苦痛や苦労が何もない時の人間は、どんどん傲慢になっていく傾向がある・・・ということは、特に説明をしなくてもいいかと思います。

かつて、

良い時代と悪い時代(1): 500年ほど続いた「穏やかだけれど傲慢な時代」は終わろうとしているのかも
 2012/10/06

という記事の中で、これは天体の衝突についての記事でしたが、私は下のように書いたことがあります。

歴史の中で、人々が「宇宙」に意識を向けた時とは

「良い時代と悪い時代」というのは、宇宙からの隕石や彗星などが多く降り注いだと考えられる時代と、そうではない時代のことを指しています。

もちろん、宇宙からの隕石や彗星などが多く降り注いだ時代は地上でそれによる災害が数多く発生していたわけで、そういう意味では「悪い時」なのですが、しかし、その「悪い時」に、人々は「地球と宇宙が密接である」ことを意識するようになったことが、フレッド・ホイル博士の著作には書かれています。

人類が何をどうしようが、空から彗星や隕石が降り注ぐ時代。

人は自然と「人間は宇宙には勝てない」ということを知るようになります。

一方、「良い時」、つまり、隕石や彗星の地球への衝突による災害がほとんどないような時代に、人は「宇宙に対して傲慢になる」というようなこともあったようです。

ちなみに、最近のその「良い時代」、つまり「人間が宇宙に対して傲慢な時代」とはいつか。

それは今です。

 

というように書きました。

この時は、ホーキング博士の「宇宙の創造に神は必要ない」というような言葉に傲慢さを感じたりしていたこともありますが、こういう「宇宙への傲慢」は、むしろいろいろな面でエスカレートしています。

こういう「傲慢」をシャットアウトさせるには、結局、「悪い時代に戻る」しかないのだろうかと思ってもしまいます。

しかし、現段階では、「人は苦痛に陥れられないと宇宙への傲慢から逃れられない」ものなのだとすれば、人類が環境に対して理想的にいられるためには、「人類は未来永劫ずっと苦痛を与えられ続けなければいけない」という、どうにも変な話にもなってしまいます。

人間はそこまでダメな存在だったのだろうか……と思わざるを得ませんが、しかし、「傲慢でない人間の時代」も過去には確かにあったのですから、苦しみに遭い続けなくとも、人間にできることなのではないかとは思いたいのですが。

しかし、今現在は実際に「苦しみが増えつつある」中にあることも事実で、少しずつ、人々は「傲慢から解放される」機会を得ているのかもしれないとも思います。

こんな激しい気候変動は永遠に続くということでもないでしょうし、運がよければ、数十年後に人類は穏やかな気候の中でゆったり過ごせているかもしれないですけれど、しかし、「良くなったら、また傲慢に逆戻り」なのでは、単なるダメ輪廻の繰り返しということでしかなくて……。

 

まあ、いろいろと難しいですが、地球の歴史で「神の概念」がどんな時に誕生したかということは、今後も続くとみられる「災害の時代」の中では想起しやすいのかもしれないとも思います。

言い換えれば、神が生きた時代をまともに体験できるとも言えそうですし。

これからは、確かに覚悟が必要な時代にはなるのかもしれないですが、それでも、かつてないほど「神に近い時代」ともいえるのかもしれません。

ところで、冒頭の「イエローストーンのイエス的な光景」は、いわゆる間欠泉からの蒸気の噴出の様子なのですが、この 8月29日から 31日にかけて、「クリスチャンにとっては素敵な光景が出た」と、アメリカのキリスト教系の人たちがインスタグラムなどでシェアしたものです。

その3日間の間には下のような感じのものもありました。

2017年8月29-31日 イエローストーン国立公園の素敵な間欠泉の噴出

 

vk.com

 

何もないところから形ができていく……というような概念も想起させるものでもあります。

最近はこういうのは多いですが、状況から考えて、まだまだ増えていくものだと思われます。



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