点字の本を読む19歳のヘレン・ケラー(1899年)
・Portrait of Helen Keller reading a braille book
このヘレン・ケラーの写真は、今回の本題というか、そういうものとはさほど関係がないのですが、点字に関係する写真ではあるので、何となく冒頭に載せさせていただきました。
今回の本題……という言い方は変かもしれませんが、昨日、下のような投稿を見ました。
これは、つまり「点字はナポレオン時代の戦争での通信手段から発展したもの」ということが書かれてあります。
ほんまかいな、と思いまして、いろいろ見てみましたら、日本語では Wikipedia を含めて、ふれられているものは見当たらなかったのですが、英語版 Wikipedia の「点字の歴史」という項目を見ましたら、そのことにふれられていたのでした。
そして、このことは何となく、この世の中でさまざまに垣間見ることのある「物事の肯定的な導き」ということと結びつく感じもありまして、なんとなくひとり感銘を受けていました。
雑談ではありますが、少しご紹介させていただこうと思います。
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ものごとの行方
点字は、日本語では「点の字」というような形状的な名称がつけられていますが、他の国では広く「ブライユ(Braille)」という言われ方をされているようで、これは、点字を現在の形に発展させたフランス人のルイ・ブライユさんという偉人の名前です。
この方により実用的な点字が誕生するまでの経緯は下のようなものでした。
Braille - Wikipedia(英語版「点字」) その歴史より
点字の発祥は、兵士が夜間に命令が出たときに用いる夜間筆記(ソノグラフィ)と呼ばれる触れることで認識する軍事暗号にある。
ナポレオンの兵士たちが、夜間に光源がなくても、お互いに音を出さずにコミュニケーションをとる手段を求めていることに対応して、フランス軍の軍人であるシャルル・バルビエによって開発された。
この暗号システムは、横 2 × 縦 6の 12点のドットが版に浮き出されており、36個の異なる音をコード化した。
しかし、このバルビエの考案した暗号システムは、触れることでその内容を把握することが大変に難しいことが判明し、ナポレオン軍には採用されなかった。
1821年、バルビエはパリにあるフランス王立盲人協会を訪れた。そこで彼が出会ったのがルイ・ブライユだった。
ブライユは、バルビエの考案した暗号の2つの大きな欠点を特定した。まずは、そのコードは音だけを表現しているために、単語の表記をあらわすことができないという点だった。
2つめは、バルビエの暗号は 12点のドットで構成されているが、人間の指は、移動しないで 12点のドットすべてを読み取ることはできないということだった。
ブライユはこれを解決するために、横 2 × 縦 3の 6点式点字(現在の点字と同じもの)を考案し、アルファベットの各文字に特定のパターンを割り当てた。
最初、点字はフランス語にのみ対応しているものだったが、すぐにさまざまなシステムが開発され、1905年には、グレード2点字(Grade-2 Braille)と呼ばれる点字の英語システムが完成し、点字は急速に世界に広がった。
ここまでです。
ここには「 1905年に英語の点字システムが完成」とありますが、冒頭のヘレン・ケラー(アメリカ人)が点字の本を読んでいる写真は 1899年のものですので、その頃には、英語の点字も普及していたということなのかもしれません。
これを読んで、「それにしても……」と思いました。
それは「戦争から点字が生まれた」という単純なほうの話ではなく、何というか、こう「ものの流れ」ですね。
点字というのは、今の社会で必要な人にとっては大事なものだと思います。
そういう意味では、どこかの時点では、この人たちではなくとも、誰かがいつかは作ったのかもしれないですが、それでも、「見ないことが前提の文字の認識システムを作り出す」には大変な能力と才能が必要だと思います。
誰にでもその発想が出たり、それを現実に作成したりできるものではないと思うのです。
先ほどの話の流れですと、
・フランス軍の軍人シャルル・バルビエという人が、ナポレオン軍のために、兵士たちの夜間の通信手段としてソノグラフィという暗号を開発した
というところから始まるのですけれど、この人が作ったものはあまりデキがよくなく、軍には採用されなかったようです。
そしてその後、このフランス軍の将校でもあったシャルル・バルビエという人は、軍事の専門家に意見を求めるのではなく、
> フランス王立盲人協会に向かった
のですね。
そして、その王立盲人協会には、現在の点字の原型を作った、おそらくは一種の天才だったと思うのですが、ルイ・ブライユという人がいたわけです。西欧圏では、この人の名前「ブライユ」が、点字という意味となっている、そういう人がそこにいた。
そしてルイ・ブライユさんは、軍人シャルル・バルビエの考案した点字が「どうして使い物にならないのか」をすぐに見抜き、そして、すぐに改良版を発明するわけです。
時期的にいえば、軍人シャルル・バルビエと出会ったのが 1821年で、現在と同じ6点式の点字を発明したのが 1824年ですので、わりとすぐに現在に通じる実用的な点字の発明をなしたようです。
ルイ・ブライユ
・Wikipedia
このルイ・ブライユさんが点字を発明しなければ、点字は(その年代の時点では)生まれなかった可能性が高いのですが、しかし、このブライユさんの元に、バルビエ将校が「軍事用の暗号を持ち込まなかったとしたら」やはり点字は生まれていなかったかもしれないと。
フランス軍将校シャルル・バルビエ
・Charles Barbier de La Serre
そういう意味で、「何でも肯定的に進んじゃうもんだなあ」と、つくづく思った次第なのでした。
冒頭にヘレン・ケラーの写真を載せたのも、このヘレン・ケラーという人もまた、「サリバン先生の存在という光」の登場を含めて、「うまくいったものだなあ」と、子どもの頃つくづく感心したことがあったからです。
みんながヘレン・ケラーみたいにはなれないですよ。
でも、ヘレン・ケラーはそうなれた。
作家の埴谷雄高さんが、もう 20年以上前になると思いますが、NHK からインタビューを受けて、それが「5夜連続」で独占放映されたことがあります。私は当時、埴谷雄高という人の名前すら知らなかったのですが、偶然その番組を見たのですが、その中で、埴谷さんが以下のように言っていたことがあります。
埴谷雄高 独白「死霊の世界」(NHK 教育 1995年1月)より
ヘレン・ケラーは頭のいい子だったから人に伝達できた。サリバン先生に対して、自分がサリバン先生に何か伝えるだけの勉強ができたわけだけれど、できていないヘレン・ケラーはどうするんです、暗闇の中でじいっとしているヘレン・ケラーは。
それは神様に対して何かを訴えている。
お母さんのせいじゃなくて、今度は生命ばかりでなしに造物主とか神様とか自然そのものを弾劾しているんです。
弾劾された神がその障害者にどう答えるか。神様が弾劾されて、神様が答えても答えても駄目だという場合があるわけだから、神様は本当に弱った。
神様の答え次第では神などいらない。弾劾されてもしようがないですね。
サリバン先生のいないヘレン・ケラーも考えろ。そのヘレン・ケラーに向かい合う神様も考えろ。どんどん考えなきゃ駄目なんですよ。
私はこの、
「神様の答え次第では神などいらないし、神様が弾劾されても仕方ない」
という言葉にとても心を打たれたことを思い出します。
ちょうど今から1年前に起きた相模原の障害者施設での大量殺傷事件の時にも、この言葉が思い浮かんだ。
サリバン先生と出会えなかったヘレン・ケラーもまた、この世のどこかにいて、あるいは宇宙のどこかには存在するのかもしれないわけで、それでも、私たちはふだんはそんなことを考えない。
大人が考えないから、その次の世代も、障害や障害を持つ人たちに対しての意志や態度が画一的な「人から教えられたようなもの」となってしまう。24時間テレビとかを疑問なく見てしまう子どもたちが増えていく。
結果、「何か」が起きた時には、「誰かを非難しとけばいい」ということになって、その後はすぐに忘れて、やはり考えない……。
そんな世の中に生きているということもあり、「もっと考えて生きなければダメだよなあ」と私自身思うのですけれど、なかなかきちんと考えることもできずに日々は流れていきます。
しかし、現実には、ヘレン・ケラーは、サリバン先生と出会って、光の人生を歩いて行くことができました。そして、おそらくは「こちらのヘレン・ケラーが例外」なのではなく、本来の世の中は「こちらの世界」だったようにも思うのです。
何だかわかりにくい上に、話が変な方向にいきましたが、今回の「点字の発祥」のストーリーに感銘を受けたのは、戦争というフィールドから発祥した軍事ツールが、「どんどんと良いほうに転がっていって、結果的に、たくさんの人々のためになるものへと転じていった」という「この世の肯定的な部分」に対してでした。
この世にはいろいろな人がいて、場合によっては、すべてが健常ではなく生まれる人もいるし、途中から健常ではなくなる人たちもいます。
しかし、最近は気づくこともあり、今回の点字の件でも思うのですが、たとえば、さきほどの埴輪さんの言葉に、
「弾劾された神がどう答えるか」
という部分がありますが、今にしてわかるのは、それは考えなくていいかもしれないということでした。現実に神様は答えないし、場合によっては、神様は人間のこの世に関与すらしていないかもしれないということです。
点字は人間そのものがその運命の中で作り、ヘレン・ケラーに光を与えたのも、サリバン先生という人間でした。つまり、この世は人間と人間によって回っているという単純な事実を忘れていたり。
人間と人間がこの世を回している……。だからこそ、私たち人間はもう少しちゃんとしなければならないとも思うのです。
「ちゃんと」というのは、この世の中への認識をもっと肯定的にするという意味でもあります。
ルドルフ・シュタイナーは 1912年の講演の最後で以下のように述べています。
「神々は、世界は美しく善いものだと見た」と聖書が表現しているとき、人間が輪廻の経過のなかで、最初は善いものだった世界をどのようにしてしまったかを認識しなければなりません。
この世は「最初はよいもの」だったと。