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嘆きの壁から「救世主の登場を象徴する」水が流れた翌日、イスラエル建国以来初めて「神殿の丘で人の血が流れた」

   

7月12日のイスラエルの報道より

breakingisraelnews.com

 

その2日後の7月14日の米ロサンゼルスタイムズの報道より

Jerusalem holy site shuttered after deadly Temple Mount attack

今回は、イスラエルの神殿の丘の壁から水が流れた、という出来事と、イスラエル建国史上初めて「その神殿の丘で血が流れた」という出来事が立て続けに起きたことをご紹介します。

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なぜ「神殿の丘の壁から水が流れる」ことがユダヤ教徒たちの心をとらえるのか

冒頭の報道のうちの、最初の「神殿の丘から水が流れ始める」については、私たちにはよく意味がわからない部分があります。私もこの記事を読みまして、やっとわかったので、まずはその記事をご紹介いたします。

ここからです。

 


Water Flowing From Temple Mount: A Messianic Precursor?
breakingisraelnews.com 2017/07/12

神殿の丘から水が流れ始める:これは救世主が現れる前兆?

きの壁(Kotel)についてよく知っているエルサレムの住人たちは、神殿の丘の石から水が流れ出ている様子に驚いた。それは、明らかに救世主(メシア)が現れる以前の様式だったからだ。

水源は珍しいものではなかったが、聖書エゼキエル書に記述されている救世主が登場する際に先行して起きる徴候がどのようなものかを想起させた。

オリーブ山に住んでいるヨシュ・ワンダー(Josh Wander)氏は、嘆きの壁で頻繁に祈る。氏が好きな場所は、嘆きの壁の屋外広場の北にある室内のエリアだ。

ワンダー氏は、7月11日にもこの神聖な場所に祈りに赴いていたが、その際、石の間から水が流れているのを見て驚いた。氏は、「以前、冷たい石からの結露によって、水がわずかに滴り落ちるのを見たことがありましたが、今回のものはそれよりもはっきりしていたのです」と言う。

ワンダー氏が撮影した嘆きの壁から流れる水

この 7月11日は、ユダヤ暦タムズの月(Tammuz)の 17日にあたり、かつて、ローマ軍がエルサレムの壁を突破した日で、それはユダヤ教の寺院が破壊された日でもある。

「嘆きの壁は、寺院の破壊のことを泣き叫んだのだ」とワンダー氏は感じたという。

神殿の丘から流れ出る水は、預言者ヨエルによって記述された救世主登場の前兆の事象のひとつでもある。

旧約聖書 ヨエル書 04章18節には、

泉が主の神殿から湧き出て/シティムの川を潤す

とあり、また、聖書には、預言者エゼキエルの言葉が以下のように記されている。

エゼキエル書 47章 01節

彼はわたしを神殿の入り口に連れ戻した。すると見よ、水が神殿の敷居の下から湧き上がって、東の方へ流れていた。神殿の正面は東に向いていた。水は祭壇の南側から出て神殿の南壁の下を流れていた。

ワンダー氏は今回の嘆きの壁から流れ出した水の水源を突き止めることはできなかったが、その源は神と関係するようなものではないと考えられる。

この現象はおそらく、嘆きの壁の屋内エリアの上にある土地アラブ・クォーターにある住宅から漏れた配管によるものだと考えられた。

これが正しいとすれば、パイプからの水の漏洩が救世主の登場の誤った情報につながったのは今回が初めてではない。2015年にも、パイプの破裂によって嘆きの壁のウィルソン・アーチの壁から水が流れたことがある。

この際も、聖書にある前兆から今回と同じような救世主登場の思惑が広がった。

 


 

ここまでです。

神殿の丘は、エルサレムの旧市街にあるユダヤ教とイスラム教の聖地ですが、ユダヤ教徒にとっては、神殿の丘の壁から水が流れ出すということは、

「救世主の登場の前兆である」

というような概念が、その解釈の中にあるということになりそうです。

そういうこともあり、この記事にありますように、嘆きの壁などから水が流れるたびに、「救世主の徴候なのでは」というようなことを考える人々が出てくるということのようです。

神殿の丘

神殿の丘

 

しかし、「神殿の丘から水が流れた」後に実際に起きたことは何だったか。

 

それが冒頭の2つめの報道ですが、日本語でも報じられています。下は CNN の報道からの抜粋です。

エルサレム旧市街で銃撃、警官2人死亡 実行犯3人を射殺

CNN 2017/07/14

イスラエル警察は14日、エルサレムの旧市街で銃撃が発生し警察官2人が死亡したと明らかにした。実行犯3人は射殺された。

警察は実行犯をテロリストと断定。現場にいた警官隊を標的にしたとみている。銃撃で重体となっていた警察官2人は病院で死亡した。

現場はイスラム教で「高貴なる聖域」、ユダヤ教で「神殿の丘」と呼ばれるエルサレム旧市街の聖地付近。ユダヤ教徒が祈りを捧げる「嘆きの壁」や、イスラム教の預言者ムハンマドが昇天した場所とされる「岩のドーム」もこの区域に位置する。

というようなものです。

この事実以外は、私もよくしらなかったのですが、実はイスラエルに住んでらっしゃる人からメールがありまして、そこには、

「イスラエル建国以来初めて、神殿の丘で銃撃戦が発生しました」

とありました。

これはそういう出来事だったようです。

イスラエルで流血や衝突そのものは最近多々あったとはいえ、「神殿の丘を舞台とした流血はこれが初めて」だと。

 

いずれにしましても、

救世主の登場の前兆といわれる神殿の丘から水が流れる

という事象と、

イスラエル建国以来、初めてとなる神殿の丘での流血

ということが、ほとんど連日でつながったということになります。

 

だからどうしたといえば、そこまでですが、イスラエルの熱心な宗教信奉者の人たちは、単に「壁から水が出てきた」というだけで「救世主だ、救世主だ」とザワつくわけですから、その翌日に起きたことが、

「初めての流血」

という結果だったということに、何となく「何らかの始まり」を感じたりした次第でもあります。

ちなみに、この舞台となっている神殿の丘という場所は、「第3神殿」というものとも関係すると言われている場所です。

聖書的な解釈では、

 

「終末の直前に第3神殿が建設される」

というように「アルマゲドンの前兆」として言われることがある場所でもあります。

そして、常にこの「第3神殿を建てよう」という運動は起きまして、最近では、2013年に下のような報道がありました。

「神殿の丘」に第3神殿を イスラエル閣僚

クリスチャン・トゥディ 2013/07/17

エルサレムの「神殿の丘」に第3神殿を建設しようとイスラエル政府のウリ・アリエル住宅建設相が7月4日声を上げた。

「神殿の丘」には紀元前10世紀頃、ソロモン王により第1神殿が建てられたが、紀元前587年、バビロニアにより破壊された。紀元前515年に建設された第2神殿は、紀元70年にローマ帝国により再び破壊された。城壁の一部が残され「嘆きの壁」と呼ばれている。

現在、『神殿の丘』はイスラエル領だが、『アル=アクサー・モスク』や『岩のドーム』などイスラム教の聖地でもあり、管理はイスラム教指導者が行っている。ユダヤ人とキリスト者は神殿の丘で宗教的な儀式を行う事を禁止されている。

 

そういう場所をめぐって今回のことは起きたのですが、先ほどの記事にもありましたように、今回「神殿の丘から水が流れた日」は、上のニュースにありますように、かつて第3神殿が、

> 紀元70年にローマ帝国により再び破壊された。

という日でもあったのです。

その「嘆きの日」に神殿の丘の壁から涙のように水が流れ、その次の日には「血が流れた」と。

出来すぎの感じもありますが、宗教の世界は示唆と前兆が支配する世界でもありますし、次の重要な祭事などまでの流れを気にしてみたいと思ったりした次第です。

なお、この「神殿の丘(しんでんのおか)」という響きには個人的に懐かしいものもありまして、若い頃にメンタルの状態がひどく、部屋に引き込もって誰とも会わない期間が長引いている時、たまに友人などが電話などくれまして、

「死んでんの? オカ?」

とよく言われたものでした。

というわけで、今回はこのあたりまでとさせていただきます。

こんな締めでいいのかとも思いますが、まあ事実ですし、いいのでしょう。



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