In Deep

地球最期のニュースと資料

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アメリカ地獄の夏 : 社会も地獄、気温も地獄。お陰で私の頭もちょっとカオスに

   

America Divided: “Summer Of Rage” Accelerates

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今年の2月に、

FBIが「アメリカの影の政府」の存在を発表し、そしてその影の政府メンバーたちが政権から追放されている・・・という事実は「地獄の夏」が近いことを示す?
 2017/02/20

という記事を書かせていただきましたが、最近は「地獄の夏」という概念と、ほぼ同じところによく登場する概念である「アメリカの分裂」という単語が、冒頭の記事のように明言されるようなものをたびたび目にします。

これがどういう記事かをまずご紹介させていただこうと思います。


AMERICA DIVIDED: ‘SUMMER OF RAGE’ ACCELERATES
stockboardasset.com 2017/06/22

アメリカは分裂した : “夏の怒り”が加速

今年の初め、このサイトで「トランプ大統領の支持者を誘拐し、その様子を SNS でライブ中継した4人の十代の少年について」の記事を書いたことがある。

これは Facebook のライブ中継で世界に向けて配信された恐ろしい事件だった。

誘拐された犠牲者は、口をテープで塞がれ、そのライブ中継の間、繰り返し少年たちから蹴られ、殴られ、頭皮を部分的に剥がされた。

映像の中で容疑者の少年たちは「ファック ドナルド・トランプ!」、「ファック 白人!」と叫び続けているのが聞こえる。

この記事、そして出来事は、本当にそうであるかどうかにかかわらず、アメリカは深く分断されており、そしてアメリカ人たちが「怒りの夏」に向かっていると私たちは理解しなければならないと悟らされたものだった。

トランプ政権によって、アメリカの古い政治的秩序と、非常に強力な影の政府(Deep State)の姿が露出してきている。

このオーウェリアン(小説『1984年』のような監視管理社会)の議会における彼らの支配的なシステムは、アメリカ人の中に無意識にある自由性と経済的移動力が体系的に取り去られていくように分裂させ、その意識を敗北させ、そして彼らを支配することを意図している。

ビデオでは、白人男性が凶悪犯のグループによって彼の崩壊した車両から引きずり出され、地面に叩きつけられ、生きたまま激しく打ちのめされる。

被害者の若い男性が、この攻撃の後にどのようになったのかはわからないが、無事でいてくれることを祈っている。

結果として、アメリカ人たちが望んでいるにしても望んでいないにしても、分裂した私たちアメリカ人はアメリカの影の政府の内面的な仕事人となって働いているということになってしまっている。

アメリカは何十年も前に「最強の国家アメリカ(American High)」のピークを過ぎた。

それ以来、アメリカの中産階級の人々は、連邦準備制度と 0.1%の富裕層たちによって富を奪われ続けている。

彼らによるこの巨大な泥棒行為を隠蔽するために、影の政府はアメリカ人を2つに分断した。そしてアメリカは今年に出現すると予測される「怒りの夏」に突き進んでいる。

下のグラフは、「中産階級から奪い取る巨大な泥棒行為」が始まった1987年からのそれぞれの資産の推移を示すものだ。

 

この間はすべての時間でアメリカ人たちは同じ中産階級同士で戦い続けていたが、アメリカの 0.1%の富裕層は静かにアメリカから離れている。


 

ここまでです。

まあ、以前、「「まっぷたつにわかれていく人類」 : 2017年は「社会的な地獄」と「精神的な変容」が同居する年になるかもしれない…」という記事で、「 アメリカ国民の二重性と二項対立」について書いたことがありますが、それが本格化しているのかもしれないというような話かもしれません。

 

 

与えられたフィルターを通して見ている世の中

sfchronicle.com

 

さきほどの記事の中に「オーウェリアン」という言葉が出てきますが、これは、小説『1984年』の作者のジョージ・オーウェルの名前から作られたものです。

1949年に発表されたこの『1984年』の内容は、1984年 – Wikipedia のあらすじをそのまま引用すれば、このような社会を描いたものです。

1950年代に発生した核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国によって分割統治されている。さらに、間にある紛争地域をめぐって絶えず戦争が繰り返されている。

作品の舞台となるオセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョン、さらには町なかに仕掛けられたマイクによって屋内・屋外を問わず、ほぼすべての行動が当局によって監視されている。

 

これは小説の世界ですが、しかしまあ、ここに書かれてあります、

・世界は分割統治されている

・紛争地域をめぐって絶えず戦争が繰り返されている

・思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられている

・市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョンで(略)

・ほぼすべての行動が当局によって監視されている

というのは、もうまさに今の世の中であることに気づきます。

テレビも最近は、「向こうからこっちの情報をとっていく」というのが「スタンダード」になっていて、その防御のための方法なども普通に説明されている時代ですし。下は今年3月の WIRED の記事の冒頭の一文です。

スマートTVに個人情報を収集されないようにする方法

WIRED 2017/03/25

インターネットに繋がったスマートTVは、多かれ少なかれ何らかの個人情報を取得している。そこで、主なメーカーのTVで個人データを盗まれないようにする方法を紹介しよう。

 

ジョージ・オーウェルも予想さえできなかっただろうことは、今は非常に多くの人たちがスマートフォンなどを持っているため、「その人がどこに出かけていても、その人の情報を取得できる」という情報丸取り社会となっていて、このあたりは 1984年の想像力以上だとも思います。

なお、

> 思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられている

というのはも、それぞれの国によって形は違うと思いますが、日本に関していえば、とても進行していると思います。

結婚だって(少なくとも平民は)昔は誰とでも若いうちにできたものでしょうが、今は、例えば「〇〇がなければ結婚できない」というようなものがあります。〇〇に入るのはお金でも仕事でも何でもいいですけれど、「結婚ってお互いに好きだからするんじゃないの?」というのはおとぎ話となっている感じです。

「思想の統制」というのも、これを「価値観の統制」というように考えれば、私はこれとの戦いの人生でもありました。

まあ・・・わかってるんですよ。私は頭がおかしいのですよ。

昔からとても書くことができないような価値観を常に頭の中に持っていて、その本当の本心の部分は書けないから書いたことがないですし、これからも書けないままで死んでいくだろうし、周囲にもほとんど言わないですので、そんなことを知っている人は3人もいるかどうか。

墓場にまでですね、持っていって、その言葉も葬り去られながら成就すると。まさに、ゆりかごから墓場までの箝口令の成就というような一大人生スペクタクルを(もう何書いてんだかわからなくなってるぞ)。

 

ああ・・・まあ変な話に。

 

いずれにしても、「この社会は、言いたいことが言える社会だ」と思えたことは、おそらく幼稚園くらいの時から1度もないです。

幼稚園の時の体験を書くと、また横道に逸れますので書かないですが、「この世は《思っていないこと》を口にしたほうがいい」と、それから 50年近く思ったままですから、ずいぶんなディストピアではあります。ただ、実際そのお陰で私はこのトシまで生きてこられていますので、オススメします。

ちなみにも、この「オススメ」という言葉も「オスメス(雄雌)」のメスの部分を逆にしているという……(そんなことどうでもいいわ)。

まあ、それはともかく、じゃあ、こんな世の中がイヤかというと、かつては楽しくて楽しくてたまらなかったです。1984年とか『未来世紀ブラジル』そのものの中に自分が住んでいるというのが快感でもありました。

 

しかし、もう楽しい時期は過ぎました。

 

特に、今は若い人たちが大変だなあと思います。

本人たちが「統制下にいる」ことを気づかないまま、若い人たち同士がお互いに窮屈な社会を作って、閉塞していき、首を絞め合っている感じがします。 SNS の登場もその悪化を相当促進させているかなと。

先ほどの記事はアメリカのものでしたけれど、日本を含めたアジアもヨーロッパも、ずいぶん長い間「限界の中で人々が生きている」というような状況にあり続けているような感じで、この先はどうなのかというと、

「限界を保つには限界がある」

という変な表現が当てはまるようなクラッシュの世界に導かれても不思議ではない気もします。

何だか変な展開になってしまいました。申し訳ないです。

 

ところで最初にご紹介した記事に「影の政府」という言葉が出てきます。

これについては、陰謀論などの中で、アメリカの「裏の政府」などとも言われるようなものですけれど、この「影の政府」の説明について、最も好きな説明というか、情緒的なものとして、未来予測プロジェクトのウェブボットの主催者クリフ・ハイの8年前のエッセイがあります。

ご紹介します。

2009年12月6日配信のウェブボットのクリフ・ハイの巻末エッセイ

時間は線的なものではない。本来時間とは、一瞬一瞬不断なく形成される現実の生成過程の付属物でしかないのである。あらかじめ流れる方向が線的に決まっている時間などというものは存在しない。

ではだれが時間のそのような線的な時間の概念をわれわれに植え付けたのかといえば、それを行ったのは影の支配勢力なのだ。すなわち、彼らはわれわれの考え方や感じ方を支配する一種のイデオロギーとして線としての時間の概念をわれわれに植え付けたのである。

しかしいま、こうした時間概念から離脱する人間の数がどんどん増えている。

そして離脱する人間が増えれば増えるほど、線的な時間の世界には多くの穴が空き、その世界を維持することが困難になるのである。

管理された線的な時間を離脱する人間が増えれば増えるほど、線的な時間の世界にはヒビが入り、人間はいっせいに向こう側にある本来の時間の世界に躍り出るのであろう。

この「時間」という概念については、古代ギリシャに「クロノスとカイロス」という2つの時間の概念があったことなどがわかりやすいかと思います。

過去記事「カイロスとクロノスの時間の整合性のバランスが崩れてきまして…… (2015/12/21)」などから抜粋しますと、以下のようなものです。

ギリシャにあった偉大な時間の概念

古代ギリシャには「ふたつの時間の観念」がありました。
クロノス時間とカイロス時間というふたつです。

クロノスは、現在でも使われている時計などで表すことのできる「いわゆる時間」の観念で、カイロスは、一般的な時間とはちがう「主体的な時間」を指します。

ということは、実際には「カイロス時間」には物理的な定義がないですので、「時間は存在しない」という意味にもなります。そういう観念を持っていたということは、古代ギリシャの人たちはきわめて精神的な存在でもあったといえます。

古代ギリシャ人たちは、物質的に生活するために必要なクロノス時間と共に、「真理から見た時間(存在しない時間)」という意味のカイロスのふたつの時間を使っていたという、すぐれた人々だったようですが、このカイロス時間というものは、その幅は、

「決められていない点から、決められていない点までの無限」

となっているわけで、つまり、カイロス時間から見れば、始点も終点もないといえるわけで、もっというと、

「始点と終点はひとつである」

という概念になるようにも思います。

 

これは、さらに言えば、「この世は実際には存在しない」(時間の物理的観念は存在しないのだから物理的世界は存在しない)という概念とも結びつきますが、そこまで面倒くさい話にしなくても、たとえば、「楽しい時間はとても早く過ぎる」というのは、普通に体感できることだし、事実の体感だと思います。

・・・ということは・・・

「体験し得る最大限の楽しい時間を過ごすと、その時間はあまりに短くて存在しないような《瞬間》となるのかもしれない」

というようなことも、まあ想像できます。

 

時間は自分の感覚や生きている意義の中でどのようにでも「自分で」長さが調整できるものという部分があるのがカイロス時間です。

 

つまり、ここからはタワシ・・・じゃない、私がそう思っているだけですが、

「本来は、人間は時間を操ることができる存在である」

ということだったはずです。

場合によっては。森羅万象さえ(日の出や日の入りなどを含めて)も人間自らが作る時間に従うのかもしれない。

人間というのはそういう存在だったかもしれないと。

しかし、そこに登場して、

「時間は絶対的で、物理的な今から未来に正しく動いておりますよ」

としたのが古代から現代へと進んできた社会です。

「楽しい時があっという間に過ぎるなんていうのは錯覚でございますよ」

と。

「時計をみれば、ほれ、同じ3時間でございますよ」

と。

大好きな恋人と過ごす3時間と、蟹工船で殴られている時間と(どんな複雑な生活だよ)が同じだと私たちは教えられてきたわけです。

しかし、すべての時間が同じだというのは、

「それは陰謀ですよ」

というのが、クリス・ハイの言うところの「影の支配勢力」の行いだと。

まあ、そういう話はともかくとしても、今の人たちはもう少し「自分中心に世界を眺めてみる」ことは大事かと思います。

何となく「自分中心」という言葉は身勝手なような感じがあるかもしれないですが、実際には多くの人たちは「外から与えられたフィルターを通してしか世界を見ていない」と思われます。

自分「だけ」の感覚で見てみる。

そうすると、たとえば、他の人と比べて何かが自分が劣っているというように考えることも「与えられたフィルターの中の比較から眺めている」ことに気づくのではないでしょうか。

時間も感情も価値観も「自分の中にあるものをちゃんと眺めてみる」ということを今の社会は否定しています。

・・・ああ、なんか雑談だらけになってしまいました。
ちょっと、今回はこのあたりまでとしておきます。

って、ああ、タイトルに「気温も」と書いていながら、アメリカの気温にふれていませんでした。

まだ6月だというのに、アメリカの気温は下のごときですよ。

アメリカ南西部で52.8℃という猛暑 高齢者など4人死亡

Newsweek 2017/06/22

米南西部を襲っている記録的な猛暑により、ホームレス1人とハイカー2人を含む4人が死亡したと、地元メディアが伝えた。

サンノゼ・マーキュリー・ニュース紙によると、3日間続く猛暑のため、カリフォルニア州サンフランシスコ南方のサンタクララ郡で19日、車中で発見されたホームレス1人を含む最初の2人が死亡。2人については、72歳の男性と87歳の女性と公表されている。

猛暑をもたらしているのは、コロラド、ユタ、ニューメキシコ、アリゾナの4州が接するフォーコーナーズ地域に停滞している高気圧。猛暑がピークとなった20日午後には、カリフォルニア州デスバレーで摂氏52.8℃を記録した。

6月で 52℃ ですよ。

実は今、ヨーロッパの多くやロシアでもシベリアなどが異常に「暑い」のです。

その一方で、南米はまだ冬本番前なのに、異常に「寒い」のです。

どっちもムチャクチャな気温となっているのですが、これはまた別の記事としてご紹介させていただこうと思います。

いろいろな面から、本当に「地獄の夏」が近づいているのかもしれないと思わせてくれる今そのものです。



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