2019年4月6日の米ニューヨーク・タイムズの記事より
・A Mysterious Infection, Spanning the Globe in a Climate of Secrecy
突如この地球に現れた最悪の耐性菌
耐性菌という言葉を、このブログで初めて取り上げたのは、2015年のことで、
・バクテリアが人類に勝利した日:「最終救済薬コリスチン」を含めた「すべての抗生物質が無効」のウルトラ耐性菌が猛スピードで全世界に拡大している
In Deep 2015年12月7日
という記事においてでした。
この記事では、スーパー耐性菌と呼ばれる「 MCR-1 」という突然変異した細菌のことをご紹介したものでした。
この MCR-1 は、あらゆる抗生物質が「効かない」という特性を持っているもので、非常に懸念されたものですけれど、その後、少なくとも主要国などの報道では、この MCR-1 によってパニック的な感染が発生したといようなことを見聞したことはありませんでした。
それで、何となく「耐性菌の脅威というものもそれほどでもないのかな」というような錯覚さえ持ちそうだった最近ですが、昨日 4月6日、アメリカのニューヨーク・タイムズが、「史上最強の耐性菌」の現状を特集しました。
それは、カンジダ・アウリスという名称の真菌ですが、その記事の内容は、なかかなのもので、何しろ以下のような特徴があるのです。
カンジダ・アウリスの特徴
・日本で最初に症例が発見(日本が発現地のひとつである可能性)
・しかし、この真菌の遺伝子を調べると、最初のひとつの発生地が特定できない(同時多発的に複数のゲノム配列のこの真菌が発生している)
・あっという間に世界中に拡大している
・感染した人の約半数が90日以内に死亡
・ほとんどの病院が「対応手段を持たない」現状
こういうようなものなのですけれど、そのために、感染事例が発生した病院もパニックに陥ることなどもあり、感染が発生した各国の病院で、「感染の隠蔽」がおこなわれていたことをニューヨーク・タイムズが報じています。
つまり現状で「感染拡大の実体がわからないまま進行している可能性もある」というようなことが考えられるのです。
まずは、その内容をご紹介します。ニューヨーク・タイムズの記事の要点をまとめていた米ゼロヘッジの記事をご紹介いたします。
Mysterious Drug-Resistant Germ Deemed An "Urgent Threat" Is Quietly Sweeping The Globe
zerohedge.com 2019/04/06
「緊急の脅威」と見なされている不可解な薬剤耐性菌が、静かに世界を席巻し続けている
ニューヨーク・タイムズによると、抗菌薬や抗生物質の過剰投与と、農作物の生産における抗真菌剤の使用の増加により、免疫システムが弱くなった人々をターゲットにする新型の細菌が急速に広まっているという。
アメリカ疾病管理予防センター (CDC)によると、この感染症は、カンジダ・アウリス (Candida auris)として知られる真菌によって起こり、感染した患者のほぼ半数が 90日以内に死に至る。そして、このカンジダ・アウリスは、ほとんどの主要な抗真菌薬に耐性を持つ。
この真菌が最初に報告されたのは、2009年のことで、70歳の日本人女性が外耳道にカンジダ・アウリスの感染が見出されたことが、東京の病院で示された。
その後、この真菌は、アジアとヨーロッパに広がり、2016年には、アメリカでも症例が出現した。ニューヨークタイムズは以下のように述べている。
アメリカ国内で最も早く知られた症例は、2013年5月6日に、ニューヨークの病院に呼吸不全の症状を訴えて訪れた女性から発見された。女性は、アラブ首長国連邦出身の 61歳で、その 1週間後に検査でこの真菌の陽性が示され、その後、死亡した。
当時は、この病院は、それほどこの事例を重大なことだと考えてはいなかったが、その 3年後の 2016年に、アメリカ疾病管理予防センターにこの事例を通知した。
アメリカ疾病管理予防センターの真菌部局の代表であるトム・チラー博士 (Dr. Tom Chiller)は、この真菌カンジダ・アウリスについて以下のように述べる。
「これは、悪魔の沼から出現した生き物のようなものです。そして、それは世界中に拡大し、今では、至る所に存在しているのです」
過去 5年間だけで、カンジダ・アウリスは、スペインの病院に出現し、次にベネズエラの新生児施設を襲い、インドとパキスタン、南アフリカにも拡大していった。
その後、イギリスの医療センターの集中治療室(ICU)が、この真菌のために、2週間閉鎖されたという出来事も発生した。
2016年6月末までに、英ブロンプトン王立病院は、『 50例の進行中のカンジダ・アウリスの症例』というタイトルの科学論文で、そのことを報告し、事態解決への第一歩を踏み出した。
ブロンプトン王立病院は、集中治療室の患者たちを 11日間、別のフロアに移動させたが、これについての発表はなかった。
その数日後、病院側は問題が起きていることを認めた。英デイリーテレグラフ誌によれば、「王立病院の集中治療室は、英国に致命的な新しい超耐性菌(スーパーバグ)が出現した後に閉鎖された」と警告した。その後の研究では、結局、72人の症例があった。 (ニューヨーク・タイムズ)
カンジダ・アウリスが米ニューヨーク州と、ニュージャージー州、およびイリノイ州に到着した後、アメリカ疾病管理予防センターは、カンジダ・アウリスを「緊急の脅威」と考えられる細菌のリストに加えた。
2018年 5月、腹部の外科手術のために、ニューヨークのマウントサイナイ病院に入院した高齢者の男性が、薬剤耐性のカンジダ菌に感染していることが判明した。
この男性は、90日後に病院で死亡した。
その後の調査によると、細菌は男性が入院していた部屋のいたるところから検出された。 それをすべて除去するには、病院側が特別な清掃用具を用意しなければならず、そして、細菌を取り除くために、部屋の天井と床のタイルを取り外して交換しなければならないほどだった。
マウントサイナイ病院の病院長であるスコット・ローリン博士 (Dr. Scott Lorin)は、以下のように述べる。
「病室のすべてのものから陽性の反応が出ました。壁、ドア、ベッド、カーテン、電話、流し台、ホワイトボード、ポンプ。さらには、マットレス、ベッドレール、ウインドウシェード、天井など部屋の中のすべてから真菌が検出されたのです」
なぜこんなことが起きているのか
簡単に言えば、真菌は、現代の抗菌薬に抵抗し、そして生き残るために防御を進化させている。
耐性菌の増加に関する科学論文を執筆した英ロンドンのインペリアル・カレッジ・オブ・ロンドン(ロンドン大学)の真菌疫学教授であるマシュー・フィッシャー(Matthew Fisher)氏は、以下のように述べている。
「これは非常に大きな問題です。なぜなら、私たち医者は、この真菌に感染した患者を治療するための方法として抗菌薬を使うしかないのですから」
ニューヨーク・タイムズは以下のように記している。
アメリカ疾病管理予防センターの真菌の研究者たちは、カンジダ・アウリスの発生はアジアで始まり、そこから世界中に広がったと理論づけた。
ところが、疾病管理予防センターが、インドとパキスタン、ベネズエラ、南アフリカ、そして、日本からのカンジダ・アウリスのサンプルの全ゲノムを比較した時に、「その起源が単一の場所ではなく、単一のカンジダ・アウリス株も存在しない」ことを発見したのだ。
カンジダ・アウリスのゲノム配列からは、この真菌には 4つのそれぞれ独自の種別があることを示していた。
それらの株が何千年も前に分岐し、同時に 4つの異なる場所で無害な環境株から耐性病原体として出現したことを示唆している。
アメリカ疾病管理予防センターの真菌の専門家であるスニッダ・バラバネン博士 (Dr. Snigdha Vallabhaneni)は、以下のように言う。
「どういうわけなのか、これらは、それぞれがほぼ同時に出現し、そして世界中に拡散しているようなのです。本当に私たちを困惑させている薬剤耐性菌です」
カンジダ・アウリスが、突然のように世界中に拡大している理由については様々な主張があるが、オランダの微生物学者ジャケス・メイス博士(Dr. Jacques Meis)は、農作物への殺菌剤の乱用が薬剤耐性菌の増加を促していると考えている。
メイス博士は昨年の夏、疾病管理予防センターを訪問し、そこで共同で研究をし、土壌の中にも見られるカンジダ・アウリスについても同じことが起こっていることを理論化した。
農作物への殺菌剤にはアゾールという化合物が使われる場合があるが、これが耐性菌の進化を促している可能性があるという。
これは健康維持や成長促進のために家禽に抗生物質を過剰に使用しているために耐性菌が増殖しているという懸念と似ている。家禽への抗生物質投与と同様に、アゾールは作物に広く使用されている。
ロンドン大学の感染症の専門家であるジョアンナ・ローデス博士 (Dr. Johanna Rodes)は、以下のように述べる。
「考えつくあらゆる農作物に抗菌剤が使用されています。何でもです。ジャガイモ、豆、小麦、トマト、玉ねぎ、どんな作物にも使われています」
事態を公表しない態度
ローデス博士は、2015年に、カンジダ・アウリスが数ヶ月早く見出されていたロンドンのブロンプトン王立病院の医学研究センターからパニック的な呼び出しを受けていた。ブロンプトン王立病院は、カンジダ・アウリスをどうやって除去するのかわからなかったのだ。
ローデス博士は、以下のように言った。
「これがどこから来たのかもわからないのです。しかも聞いたこともない。まるで山火事のようにただ拡大していくばかりなのです」
ローデス博士の指示の下、王立病院の作業員たちは、特別なエアロゾル装置を使用して、真菌に感染した患者たちを収容している病室の周りに過酸化水素をスプレーした。理論上、その蒸気は部屋全体に浸透する。
エアロゾル装置を使用して、部屋を過酸化水素で飽和させてから一週間後、研究者たちは部屋の真ん中に「プレート」を置き、そのプレートの底にあるゲルから残りの微生物たちが成長できるようにした。
そして、プレートの中で、ひとつのカンジダ・アウリスがふたたび成長を始めたのだ。
病院は、このことを隠そうとした。
ニューヨーク・タイムズは、この時の状況を以下のように述べている。
カンジダ・アウリスは拡大していたが、真実は公表されなかった。
このブロンプトン王立病院は、中東やヨーロッパ各地から裕福な患者を集める肺と心臓に関しての特別な医療センターであり、病院側は、イギリス政府には注意を促し、感染した患者たちにもそのことを告げたが、公的には何も公表しなかった。
病院のスポークスマンであるオリバー・ウィルキンソン(Oliver Wilkinson)氏は、「感染が発生している状況では公表する必要はないと判断しました」と述べている。
このブロンプトン王立病院で発生したパニックは急増しており、世界中の病院で起きている。
個々の機関や国、州、地方自治体は、耐性菌感染症の発生を公表することに消極的であり、患者を怖がらせることには意味がないと主張している。
ブロンプトン王立病院の事件は大々的に報道されたが、スペインのバレンシアではさらに大規模な発生が起きたが、世界的には注目されていない。
スペインのポリテクニク大学病院(Universitari i Politècnic La Fe)は、992床の大病院だが、ここで、372人がカンジダ・アウリスに感染した。しかし、このことは、一般の人々や感染していない患者たちには知らされなかった。
この例では、372人の感染者のうち、85人が血流感染症を発症して、そのうちの 41%が 30日以内に死亡した。
そして、カンジダ菌の他の菌種は、薬物に対する優位な耐性を保持していないが、カンジダ・アウリス菌に感染した人たちの 90%以上は、少なくとも 1つの薬物に対して耐性があり、30%が 2つ以上の薬物に対して耐性を示した。
コネチカット州の疫学者リン・ソーサ博士 (Dr. Lynn Sosa)によると、カンジダ・アウリスは現在、州の住民に起き得る感染症の中で「最大の脅威」となっているという。
ソーサ博士は以下のように言う。
「この真菌に打ち勝つことは非常に難しく、識別も困難です」
ここまでです。
血液の感染症を起こした場合は、ほぼ半数近くが亡くなってしまうというような致死率もかなりのものですが、これを読む限り、
「主要国のほとんどの病院で、このカンジダ・アウリスに対しては《対処の方法がない》」
ということになっているようです。
何より、現在、アメリカの保健当局は、このカンジダ・アウリスへの感染を、あらゆる感染症の中で、
「最大の脅威」
のリストに入れているというあたりにも深刻さが伺えます。
あと、私は今回初めて知ったのですが、この記事中に、
> 農作物への殺菌剤にはアゾールという化合物が使われるが、これが耐性菌の深化を促している可能性があるという。
という部分がありますが、耐性菌を登場させてきたものは、抗生物質が主要なものと考えていましたけれど、ここでは「農薬」が出てくるのですね。
調べてみますと、このアゾールというものを農薬に使うことは 1960年代に始まったようでして、歴史の長いもののようです。
しかし、アゾール系農薬の過剰な使用が、仮にこれらの真菌の増殖と関係しているとしても、あるいは、していないとしても、記事の中の以下の部分は興味深く、また不思議です。
インドとパキスタン、ベネズエラ、南アフリカ、そして日本からのカンジダ・アウリスのサンプルの全ゲノムを比較した時に、「その起源が単一の場所ではなく、単一のカンジダ・アウリス株も存在しない」ことを発見した。
同時多発的に、この殺人的な真菌が「よくわからない理由」で、同じような頃に、この地球に出現している。
こういうものに対して、パンスペルミア説のような話を持ち出すつもりはないですが、いろいろな致命的な細菌やウイルスや真菌が「突如としてあらわれる」光景はこの数年ずっと見続けています。
そして、今回取り上げましたこのカンジダ・アウリスという真菌は、
・圧倒的な致死率をもち
そして、
・病院でも対処のしようがない
という特性を持っているということからも、こういうものがふたたび日本に「戻ってくる」というようなことがあったらどうなるのだろうなとも思います。
今の世の中は、「行きすぎた文明が生み出した禍根への倍返し」というような事象が頻繁に起きますけれど、公衆衛生的な意味では、今回ご紹介した耐性菌は、もし仮に本格的に世界中に広がっていった場合は、かなり終末的なものといえるかもしれません。