社会的つながりの生体反応的な意味
「ひとりで自粛してろ!」という合理性に乏しい政策が世界各国でとられ始めてから、すでに 10ヶ月近くが経過しようとしています。
単純な意味としても「孤立というものが、人間を徐々に死に追いやる」ということは、過去のさまざまな医学的見地や、あるいは今回のパンデミックでの社会的距離と孤立政策が始まって以来の「現実の過剰死の数値」が的確に示しています。
そのあたりについては、春の段階から、医学誌ランセットが社会的距離政策に懸念を示していたことを以下の記事でご紹介したことがあります。
これから何億人が「コロナウイルス以外で」亡くなるのだろう… : 多数の医学的研究は「隔離と孤独」は人に多大な悪影響を与え、結果として社会全体の死亡率が大幅に上昇することを示す。隔離とはそういう政策
投稿日:2020年4月11日
あるいは、欧州心臓病学会は、2018年に「孤独は、心臓病による死亡リスクを 2倍にする」という研究を発表していたこともあったりと、いろいろと良くない部分が際立って多いです。
まあしかし、人とのふれあいを強制的に断たれたとすれば、人は精神的にも厳しくなるでしょうし、心の状態と密接に関係している身体の状態も悪くなっていくであろうことは、特別な医学研究を読まなくとも容易に想像できることではあります。
しかし今回、ドイツのマックス・プランク研究所の研究で判明した「科学的事実」は、
「生物というものは、他者との社会的関わりの中でこそ健全にいられる」
ことを端的に示した非常に興味深いものでした。
今回は科学誌ネイチャーに掲載されたその内容を報じた記事をご紹介します。
このマックス・プランク研究所というのは、世界でもトップクラス…というより、トップの学術研究機関といえるもので、これまで 33人のノーベル賞受賞者を輩出しています。
私自身は、もともとはこんな機関は知らなかったわけですけれど、In Deep の記事を書く中で、「これはおもしろい」と思った研究を辿ると、マックス・プランク研究所に行き着くことが多く、過去 10年ほどの間に何度もマックス・プランクの研究をご紹介していました。
過去記事でのマックス・プランクでの研究の記事は、後でリンクさせていただこうと思いますが、まずは、12月2日に科学誌ネイチャーに発表された論文の内容を紹介していた医学メディアの記事をご紹介します。
生物は「孤独に陥ると、神経ホルモンにどのような機械的変化を起こすか」が調べられたものです。
社会的距離は脳に何をするか
What social distancing does to a brain
medicalxpress.com 2020/12/02
※ イラストの中の「ph2」とは「副甲状腺ホルモン」のひとつで、これは、ゼブラフィッシュの脳における神経ペプチドPth2の発現レベルをイメージしたものです。
社会的距離や自主的な隔離が、私たちの「脳」にどのように影響しているのかを考えたことがあるだろうか。
マックスプランク脳研究所のエリン・シューマン(Erin Schuman)氏が率いる国際的な研究チームは、動物が「環境に他者が存在する」ことを見出すための「検知器」として機能する脳分子を発見した。
ゼブラフィッシュは、機械感覚と水の動きを介して他者の存在を「感じ」ている。そして、これにより脳ホルモンの機能のスイッチがオンになることがわかった。
今回の研究の内容からわかることは、社会的条件の変化は、動物の行動に長期的な変化を引き起こす可能性があることだ。
たとえば、社会的孤立や隔離は、人間やゼブラフィッシュを含む他の動物に壊滅的な影響を与える可能性がある。しかし、今のところ、社会環境を感知する脳のシステムはよく理解されてはいない。
神経遺伝子が社会環境の劇的な変化に反応するかどうかを調べるため、シューマン氏のチームの研究者たちは、ゼブラフィッシュを、さまざまな期間において、
・単独で飼育する
・または複数の同類と一緒に飼育する
ことをおこなった。
その中で、科学者たちは RNA シーケンスを使用し、何千もの神経遺伝子の発現レベルを測定した。
社会密度の追跡
研究者のひとりは以下のように述べた。
「社会的孤立の中で育てられた魚には、少数の遺伝子の発現に一貫した変化が見られました。そのうちの 1つは、脳内の比較的未知のペプチドをコードする副甲状腺ホルモン2(pth2)でした」
「驚くべきことに、ゼブラフィッシュが分離されて孤立になると副甲状腺ホルモンは脳内で消失しましたが、他の魚がタンクに追加されて孤立が解消されると、まるで検知器で読み取っているように、副甲状腺ホルモン2の発現レベルが急速に上昇したのです」
この発見に興奮し、科学者たちは、以前に隔離された魚を社会的な環境に置くことによって隔離の効果を逆転させることができるかどうかをテストした。そうすると、孤立から社会的環境(複数の同類が一緒にいる環境)に戻された時に、あっという間に副甲状腺ホルモン2の発現レベルが元に戻ることを見出したのだ。
「それまで隔離されて飼育されていた魚は、同類と一緒に泳いだわずか 30分後に、副甲状腺ホルモン2レベルが大幅に回復したのです。同類と一緒にして 12時間後には、副甲状腺ホルモン2のレベルは、社会的に飼育された生体(複数で飼育されていた生体)に見られるものと見分けがつかないほど回復していました」
「この強力で迅速な調節は予想外であり、遺伝子発現と環境の間の非常に緊密な関連を示しました」
生体が他者を検出し、遺伝子発現の変化を促進するためには、どのような感覚モダリティ(いわゆる五感のこと)を使用しているのだろうか。
「副甲状腺ホルモン2の発現をコントロールする感覚モダリティは、視覚、味覚、嗅覚ではなく、機械感覚(機械受容 / 振動や接触などの外部からの物理的力を感知する主に細胞の感知機能)であることが判明しました。実際には、泳いでいる隣接する魚の物理的な動きを「感じ」ていました」とシューマン氏は説明する。
水の動きを感知する
魚たちは側線と呼ばれる感覚器官を介して、すぐ近くの動き(メカノセンス)を知覚する。副甲状腺ホルモン2発現の促進における機械感覚の役割をテストするために、チームは魚の側線内の機械感受性細胞を切除した。
隔離されて孤立化して飼育されていた魚の側線細胞を切除すると、他の魚の存在によって通常誘発された神経ホルモンのレベルの上昇は起きなかった。
私たち人間が触覚に敏感であるように、ゼブラフィッシュは他の魚の泳ぐ動きに特別に調整されているように見える。科学者たちは、水槽内の同類によって引き起こされる水の動きによって、副甲状腺ホルモン2レベルの変化が引き起こされることを観察した。
「ゼブラフィッシュの幼生は短い発作により泳ぎます。モーターをプログラムし、人工的にそのような魚の動きを作り出し、この水刺激を模倣しました。興味深いことに、以前に隔離された魚では、人工的な動きが実際に生体の魚が隣接するのと同じように副甲状腺ホルモン2レベルを上昇させました」と研究者は言う。
シューマン氏は、以下のように結論付けている。
「私たちの研究データは、比較的未知の神経ペプチドである副甲状腺ホルモン2の驚くべき役割を示しています。これは、生体の社会環境の人口密度を追跡して応答します。他者の存在が、生体という存在資源へのアクセスと、そして最終的な生存に劇的な結果をもたらす可能性があることは明らかです。 したがって、この神経ホルモンは社会的な脳と行動ネットワークを調節する可能性が高いと思われます」
ここまでです。
ちなみに、ネイチャーの論文は、以下にあります。
・神経ペプチドPth2は、機械感覚を介して他者を動的に感知する
The neuropeptide Pth2 dynamically senses others via mechanosensation
当然のことながら、この実験は、現在世界的に展開している「社会的距離政策」に対してのどうのこうのということではなく、ゼブラフィッシュでの研究により「副甲状腺ホルモン2が、他者を感知するメカニズムから影響されることの一部がわかった」という単なる科学的研究です。
しかし、この、極めて単純な脳内でのふたつの働きはとても興味深いです。
すなわち、
「孤立化すると、副甲状腺ホルモン2のレベルが劇的に低下する」
「仲間と一緒にさせると、その副甲状腺ホルモン2のレベルが急激に回復する」
ということなのですね。
副甲状腺ホルモン…ビタミンD…それらと社会的距離の相互関係
この「副甲状腺ホルモン」というものは、たとえば人ではどんなものなのかといいますと、マックスプランクの実験では、副甲状腺ホルモン2とあり、1と2があるようなのですが、そのあたりはともかくとして、以下のようなもののようです。
副甲状腺は、副甲状腺ホルモンを分泌しています。甲状腺ホルモンとは違い、「カルシウムの代謝の仲立ち」をするホルモンです。
カルシウムは骨の材料であるだけでなく、心臓も含め全身の筋肉を収縮させたり、血液を固まらせたりするのにも欠かせません。さらに、脳細胞が働く上でもなくてはならないミネラルです。 (ito-hospital.jp)
それで、この副甲状腺ホルモンの分泌が低下しますと、以下のような疾患にもなる可能性があると。
副甲状腺からは、血液中カルシウム濃度の維持に欠かせない副甲状腺ホルモンが分泌されます。
副甲状腺機能低下症は、この副甲状腺ホルモンの分泌が低下することにより、副甲状腺ホルモンの作用が低下し、血中のカルシウム濃度の低下やリン濃度の上昇などがもたらされる疾患の総称です。 (難病医学研究財団/難病情報センター)
「ふーん、カルシウムねえ」と呟きながら、以前、日本でも多くの学校が長期間の休校となり、ステイホームという「孤立化」が奨励され、その後、以下のようなニュースがあったことを思い出しました。
鬼ごっこで骨折も…コロナ休校、増える子供のけが
新型コロナウイルスの感染拡大による学校の臨時休校以降、子供の体力低下が目立っている。学校では転んだりして骨折する子供が相次ぎ、各地の整形外科医院には、足首や股関節を痛めた子供たちの来院が増えた。
専門医は、体力が低下した子供たちが準備不足で激しい運動をすることも危険だと指摘、「安全を第一に考えてほしい」と警鐘を鳴らしている。 (産経新聞 2020/08/19)
鬼ごっこだけで骨折というのは相当な話であるわけで、当時、このことについて、以下の記事を書いたことがありますが、この時は「太陽光不足(ビタミンDの欠乏)とか低酸素とかがあるのかなあ」などと思っていました。
なぜ子どもたちの骨折が急激に増えているのかを調べてわかった「マスク、太陽光不足、過剰な消毒がすべて骨の脆弱化と関係している」こと
投稿日:2020年8月20日
しかし、今回のネイチャーの論文を読んでいて、仮に、人間の場合でも「強制的な隔離中はずっと副甲状腺ホルモンの分泌が非常に少ないまま」だったとしたなら、いろいろと影響も出るものなのかもしれないですね。
もちろん今回の論文は「サカナ」の話であり、人間にそのまま当てはまるものではありません。
ちなみに、上にリンクしました記事では、
・低酸素は骨を破壊しやすくなる
・日光不足は骨を脆くする
ことについてふれていますので、ご興味のある方はお読み下さればと思います。
それにしても・・・。
この「日光」に関してなんですけれど、前回の以下の記事で、「どれだけ太陽光を浴びたとしても、腸内細菌環境が悪化していると、ビタミンDの実質的な恩恵を受けることができない」ということをはじめて知りまして・・・。
コロナ患者の大多数がビタミンD欠乏症であることがわかっている中、何と「サプリメントの服用や日光だけではビタミンDの健康作用はなく」特定の「腸内細菌の存在」が必要であることが判明
投稿日:2020年12月2日
こう……「過剰殺菌生活」がずいぶん長く続いているじゃないですか。
「手の消毒が腸内にまで影響する?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、消毒剤や殺菌剤は特に小さな子どもの腸内細菌環境に影響を与えることがわかっているのです。
2018年のカナダの研究では乳幼児への影響が大きいことが示されています。その研究を紹介した「家庭用の消毒製品は子どもの腸内微生物叢を変える」というタイトルの記事には以下のようにあります。
カナダ政府の研究プロジェクトで、一般的な家庭用の殺菌剤、消毒剤や洗浄製品が幼児の腸内細菌叢(腸内フローラ)の組成を変えてしまい、それによって、肥満が増加することがわかった。 (Science Daily)
小さな子どもは、とにかく頻繁に手を口にもっていきますから、自然と家庭用の消毒剤なども体内に流入しやすいもののようです。
今の世では、中には、毎日のようにお子さんの手指を頻繁に消毒されている方もいらっしゃるかもしれないですが、これだけの長期間となると……悪影響にもなりかねません。
なんだか、今回の記事で、
「パンデミック下で行われている《あらゆること》が悪影響に収束していっている」
気がしてなりません。
しかも、累積的にすべての要素が相互に関係しながら人体を蝕んでいくというような。
おそらく、これはもはや「思い過ごし」のレベルではなく、いくつかの(それぞれ関連性がない)医学的研究を結びつけると、マスクと過剰消毒、そして社会的隔離による影響、特に子どもたちへの悪い影響は現在確実に進行していると思われます。
関係ない話ですが、今日スーパーに行きましたら、入口で高齢の女性が手を消毒剤で丁寧に消毒したあと、ハンカチを取りだし、買い物かごの中全体を消毒剤で必死に消毒していました。
「そのかごに商品が入った途端に元通りだけど」
と思いながら、その光景を見ていましたが、さりげない日常の狂気があらゆる部分に蔓延しています。
実害のない狂気なら通り過ごすだけですが、こういう光景を見て「小さなお子さんたちのいる家庭にこういう狂気が広がっていなければいいけど」と、つくづくと思います。
マックスプランク研究所のことにもふれようと思いましたが、ちょっと長くなりすぎましたので、マックスプランクの研究にふれた過去記事をいくつかリンクさせていただくにとどめたいと思います。
なお、この研究所の名称は、ドイツのマックス・プランクさんという科学者がその前身を設立したことからきているもので、この人は「量子論の創始者のひとり」なんです。未来への科学の扉のキッカケを作った偉大な人物です。
マックス・プランク研究に関しての In Deep ブログの過去記事
・確認された「永久の生命」:ヒドラは「老化では死なない」ことを米国ポモナ大学とドイツ・マックスプランク研究所が10年に渡る研究により明らかに (2015/12/25)
・物理学会から次々と示される「人間の意識は不滅」あるいは「意識は人間の脳細胞の中に量子情報として存在する」という概念。そして、宇宙という存在は、私たちの知覚に過ぎないこと (2020/03/15)
・「なぜ老いるのか」という理由がわからなくなった科学界 (2013/12/12)
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