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唯物論支配のこの地球で「人類の滅亡あるいは消滅」は数十年以内だと知り、むしろ安堵の中にいる私…。そして、その中で思い出すタラビッチの言葉

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2019年1月25日 ノルウェーで撮影されたピンクと緑のオーロラ


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現在、地球は、巨大なコロナホールによる「黒い太陽」からの影響で磁気嵐の中にいます。

決して強い磁気嵐ではないですが、冒頭のような色彩の強いオーロラが極地に出現し続けています。

先日、以下の記事で取りあげましたように、このようなピンク色のオーロラが出現することはかなり珍しいことでもあります。

「オーロラが人間を狂気に導く」という話から思う「太陽が地球に放ち続けるものとその影響の真実」

そして、事実かどうかはよくわからないですが、上の記事でご紹介したロシアの記事では、

「ピンクのオーロラの下では精神に異常を来す人たちが出る」

というようにされていましたので、この 1月25日あたりのノルウェーでは、たくさんの人たちの気がおかしくなっていたかもしれません(短絡的かよ)。

ところで、この磁気嵐を作りだしている太陽ですけれど、今現在は、下のように、それほど黒いコロナホールは拡大していません。

何だかちょっとこう穏やかな表情となっていたりもします。

2019年1月25日の太陽


NASA

笑顔にも見えなくもないような……。

さて、昨日はブ記事をアップできなかったのですけれど、メルマガを書いた後にちょっと考えることなどがあったりしたということもありました。

 

現世人類の16万年間の歴史の向かう先は


Buddha

昨日のメルマガのタイトルは、「ジャック・アタリ氏がもしかすると実際に見たかもしれない2030年の世界と「人類の最後」というもので、ジャック・アタリという人は、フランスの知識人というかエリート階級の人ですが、Google などで検索して下さってもいろいろと出てきます。

まあ、この人そのものはともかくとして、この方が 2006年に出版した『未来の歴史の概要』というものを取りあげていた海外のサイトを知りまして、その内容が、少なくとも私個人にはとても興味深いもので、その内容をご紹介したものでした。

それは「 2030年から先の世界」の社会の予測を描いたものなのですが、それは「予測とは思えない」という部分があるもので、どうしてそのようなことを書くことができるのかはわからないにしても、それを読んで、私は、私たちの地球と、そして人類の未来像について、何となく納得したのでした。

以下のセクションからなっているもので、前半は陰謀論的な社会観に近いことが描かれます。

《移民》
《性》
《監視》
《アメリカの未来》
《未来の戦争》
《麻薬の合法化》
《超民主主義と女性》
《ブレインチップ》
《この社会は誰のものか》

ところが、後半の未来像は、私個人が「ああ、そんな感じだと思っていた」というような部分と接触する部分が少しあるものだったのです。

メルマガから少し抜粋しますと、たとえば、「超民主主義と女性」という部分は、以下のようになっています。

《超民主主義と女性》

2060年までに、超民主主義(世界がひとつとなった集権主義政府)が
現実のものとなる。

このシステムの先駆者の人々は「トランスヒューマン」と呼ばれる。

トランスヒューマンは、
地域社会の他の人々に奉仕することに喜びを感じる人たちであろう。

その人たちは、利他主義、相互奉仕、公共の自由なサービス
と共に、新しい経済の到来を告げるだろう。

女性は男性よりもトランスヒューマンになりやすくなる。

他者に喜びを与えることで
自分の中に喜びを見つけることは、母性に特有のものといえる。

経済や社会のあらゆる側面における女性の進歩は、
トランスヒューマンの数を大幅に増やすだろう。

 

究極の管理社会化や、「若者の性の放棄」などの社会を過ぎた頃、このような「他者のために生きる人たち」であるトランスヒューマンと呼ばれる女性が社会に出てくる。

ここだけを見ると、「社会は良くなる」ように感じます。

そして、その後、地球のテクノロジーはさらに進み、人間は脳へ直接装着するマイクロチップにより、人と人との直接の「心のコミュニケーション」をとることができるまでになっていく。

 

そして・・・どうなると思われますか?

 

それから・・・人類はこの地球から消えるのです。

 

最終のセクションをメルマガから抜粋します。

 

《この社会は誰のものか》

将来的には、私たち人間は、
次第に技術的進歩により私たち自身を消滅させることになるだろう。

最後には、進化の究極の段階で、
私たちは「生きている超知性」を目の当たりにするかもしれない。

あるいは私たちはすでに目撃しているのかもしれない。

その中で人類は、わずかな要素となっていくだろう。

そして、私たち人類、
つまりホモサピエンスの特異な歴史は、
ここで完成に至ることになるだろう。

これら新しい「生きている超知性」たちは、
代用のシステムを提案しない。

激しく進化し続けたテクノロジーが行き着いた地点では、私たち人類には、「存在の意味がなくなる」ということのようなのです。

現世人類ホモサピエンスが地球に登場したのは、現在の分子生物学では、ミトコンドリア DNA の解析から、およそ 16万年前(前後4万年)だとされています。

その人、あるいは人々は、脳の作りから身体の作りまで完全に今の私たちと同じ人たちです。

しかし、それから「文明」というものにいたるまでには、大ざっっぱにいえば、15万年くらいもかかっています。

最終氷期と呼ばれている最後の長い氷河期が終わった 1万年前になって、初めて人類は(現在にいたる意味での)文明を築き始めました。

ところが、その後の文明の発達のペースは、加速度的ともいえるように、時間と共にどんどんどんどんと文明とテクノロジーは発展していき、この数十年、あるいは 21世紀あたりは、誰がどう見ても、

「これ以上先に進む状態が想像しにくい」

ほどになっているにもかかわらず、それでも、テクノロジーは日々、さらに加速度的に進化している。

そして、そのテクノロジーが地球を完全に支配した時に、私たち人類は、消滅あるいは滅亡を、おそらく一種「自分での選択」として、おこなっていくのかもしれないなあというように思った次第です。

 

私自身は、この「人類の消滅」に関しては、悲劇というようには考えてはいません。

しかし、そのように、現世人類の 16万年間の壮大な歴史が幕を閉じるということに対して、

「なぜそうなったのだろう」

とは考えます。

そして、その理由は実にはっきりしているのです。

私たちのテクノロジーの進化が「物質のテクノロジー」だったからです。

この「物」が最高位である「唯物論」という宗教に牛耳られたこの現代社会については、「それを変えなければならない」ということは多くの人が言っていたことでもありました。

たとえば、ルドルフ・シュタイナーは、活動していたのが、大ざっぱに 100年くらい前で、その頃は、まだそれほど「物にあふれた社会」というほどでもなかったようにも思いますけれど、シュタイナーは「唯物論から脱しないと、人類の未来はない」というようなことも言っていました。

今年 2019年の元旦に書きました記事に、以下のようなシュタイナーの講演内容を抜粋しています。

赤い字は、私によるものです。

1906年のルドルフ・シュタイナーの講演「弥勒の世界の到来」より

20世紀のうちに、そしてこれから2千年後のあいだに、人々はキリストのエーテル形姿を見るにいたるでしょう。人々はエーテル地球を見るようになるでしょう。

人間の善良な内面とは異なった影響を周囲におよぼすということも、人々は認識するでしょう。

このエーテル的な科学を司るのは、およそ3千年後に下生して成仏する弥勒菩薩です。

弥勒という名は、「善良な志操の仏」という意味です。弥勒仏は人間に、善良な志操の意味を明らかにします。

そうして、人間は自分がどの方向に行くべきかを知るべきでしょう。

抽象的な理想の代わりに、前進する進化に相応する具体的な理想が現れるでしょう

そのようなことが達成されなかったら、地球は唯物論のなかに沈没し、人類は大きな災害ののちに、この地上で、あるいは次の惑星ですべてを新たに始めねばならないでしょう。

この講演から 100年以上経っているわけですけれど、人類は「前進する進化に相応する具体的な理想」を持つに至らなかったということになりそうです。

今後もそのままであるなら「地球は唯物論のなかに沈没し、すべてを新たに始めねばならない」というようなことになると。

エックハルト・トールというドイツ人作家の『ニュー・アース』という本にも、おおむね似たようなことが書かれています。

エックハルト・トール『ニュー・アース』 変容の緊急性より

人類はいま、進化するか死滅するかという重大な選択を迫られている。

古い生き方や相互関係、自然との関わりがうまくいかなくなり、根源的な危機が起こって、どうにも解決不可能と見える問題によって生存が脅かされると、個々の生命体 …… あるいは種 …… は死ぬか、絶滅するか、進化の飛躍によって置かれた条件の限界を乗り越える。生存を脅かす根源的な危機に対処する …… これがいま、人類に突きつけられた課題である。

人間の心の構造が変化しなければ、私たちはいつまでも基本的に同じ世界を、同じ悪を、同じ機能不全を繰り返し創造し続けるだろう。

 

いろいろな賢人偉人たちがこのようなことを主張してきたわけですが、しかし最近の私は、誰が何をどう言おうと、今の地球が唯物論に支配されている状態から脱することはできないのではないかと思うようになっています。

今の物質的社会は 2000年くらい前に始まったものですが、その始まりの頃から、たとえばイエス・キリストだとかが、いろいろなことを言い続けていましたけれど、2000年という時間でも、うまくいかなかった。

薔薇十字とかそのような神秘学的あるいは精神科学的な考えでは、

「人間の存在は、宇宙の理想を実現するためにある」

というようなものがあります。

これはどこか荷が重い響きもありますが、その一方でこの考え方は、今の科学的な観念からは「理解さえされない」ことだと思われます。

このような響きの概念を科学が理解できる時代もかつてはあったわけですが、今はまったくないということは、「むしろ後退し続けてきた」という言い方もできなくもないわけです。

いずれにしても、少なくとも私が生きている間に、この世と人類が物質依存的な状態から抜け出すというようには、あまり考えられないです。

そういえば、 6年も前の記事になりますが、19世紀のセルビアの予言者であるミタール・タラビッチ( 1829 - 1899年)という人が「第一次、第二次世界大戦後が終わった後の終末へ向かう世界」を予言したものをご紹介したことがありました。

ミタール・タラビッチ

Mitar Tarabich

今読み直すと、「これは間違いなく今の時代」だということがわかります。

たとえば、以下のような下りがあります。

人間はさまざまなイメージが見える箱のような装置を作る。このイメージの箱は、向こう側の世界にとても近いところにある。それは、髪の毛と頭皮との距離くらいに接近している。

このイメージ装置のおかげで人々は世界中で起こっていることを見ることができるようになる。

これは以前は、テレビかと思っていましたけれど、スマートフォンのほうが近いのかなとも思います。

たまに電車に乗りますと、ほとんどの乗客の人々が、スマートフォンを見ているというのは今では当たり前の光景となりました。

他の多くの国でもおおむね似たようなものだと思われます。

その姿は、批判的な意味で書くわけではないですが、テクノロジーと人間は、どちらが主でどちらが従かということにまで思いを至らせる光景でもあります。

私たちの生活はテクノロジーに支配され、あるいは私たちから隷属している状態がとても増えてきているように思います。

 

そのような感じで、昨日今日はいろいろと考えながらも、むしろ何となく穏やかな気分で過ごすことができています。

最近、横綱の人が引退しましたけれど、あれを見ても、「引き際」というのは大事だなと思います。少しでも引き際を間違えると、やや見苦しくなる。

 

せっかくですので、先ほど少しふれましたセルビアの予言者ミタール・タラビッチのその予言を掲載しておたきいと思います。

これは「この世の終末の頃」を描いたものだと思われますが、現在の私たちの社会そのものであることがおわかりかと思います。

ここからです。


Prophecy from Kremna - Mitar Tarabich

クレムナの予言 ミタール・タラビッチ

父よ、ふたつの大きな戦争の後、世界が平和になり人々が豊かに暮らすようになると、それがすべて幻想であることがはっきりするだろう。

なぜなら、人々は神を忘れ、人間の知性のみを崇拝するようになるからだ。
しかし、神の意志からみると人間の知性などはとるにたらないものだ。
神が海なら、人間の知性など一滴の海水にもならない。

人間はさまざまなイメージが見える箱のような装置を作る。このイメージの箱は、向こう側の世界にとても近いところにある。それは、髪の毛と頭皮との距離くらいに接近している。

このイメージ装置のおかげで人々は世界中で起こっていることを見ることができるようになる。

 

人間は地中深くに井戸を堀り、彼らに光とスピードと動力を与える黄金を掘り出す。

そして、地球は悲しみの涙を流すのだ。

なぜなら、地中ではなく地球の表面にこそ光と黄金が存在するからだ。
地球は、自らに開けられたこの傷口のために苦しむだろう。

 

人々は畑で働くことをやめ、あらゆる場所を掘削する。

だが、本物のエネルギー源は地中ではなく自らの周囲にあるのだ。そのエネルギー源は人間に話しかけてくれるわけではないので、人間がこのエネルギー源の存在を思い出し、地中に多くの穴を開けたことがいかに馬鹿げていたのか後悔するようになるまでには大変な時間がかかる。

そして実はこのエネルギー源は人間の中にも存在しているのだ。

しかし、人間がそれを発見し取り出す術を獲得するには長い歳月がかかる。なので人間は自分自身の本来の姿を知ることなく長い年月を生きることになる。

 

高い教育を受けた人々が現れる。彼らは本を通して多くのことを知り、考え、そして自分たちが何でもできると思い込んでしまう。これらの人間の存在は、人間が自分自身の真の姿に気づくことの大きな障壁になる。

だが、人間が一度この「人間の真の姿への気づき」を得ると、こうした教育ある人々の言葉に聞き入っていた自分自身がいかに大きな錯覚に陥っていたのか自覚するようになる。

この人間の本来の姿の真の知識はあまりにも単純なことで、なぜこんなことをもっと早く発見しなかったのかと後悔するだろう。

それまで、人間は、何も知りもしないのに自分を全能だと思い込み、あらゆる馬鹿げたことをおこなうだろう。

 

東洋に賢者が現れる。

この人物の偉大な教えは海を越え、国境を越えて世界に広がる。しかし、人々はこの真実の教えを虚偽と決めてしまい、長い間信じることはない。

 

人間の魂は悪魔にのっとられるのではない。
もっと悪いものにのっとられるのだ。

その頃の人間の信じているものには真実などいっさいないのに、自分たちの信じる幻想こそが真実だと思い込むのである。

ここ(セルビア)でも世界の他の地域と同様だ。人々はきれいな空気を嫌い、神々しいさわやかさと美しさは、人間が作った上下関係の階層関係の中で見えなくなってしまう。

しかも、これは誰かから強制されてこのようになるわけではないのだ。

人間は自分の自由意思からこうしたことを行うのだ。

 

世界中で奇妙な伝染病が蔓延する。だれもその治療法は分からない。

知識のあると言う者たちが「私には高い知識があるのでこの治療法は分かっている」と言い張るが、実は誰も何も知らない。人々はいくら考えても正しい治療法を見つけることはできない。

だが、治療のカギとなるものは人間自身の中や周辺にあるのである。

 

人間は月や他の星に旅行する。
そこでは生命が存在しない砂漠を発見するだけである。

しかし、おお神よ、許したまえ。
その人間たちは自分たちが神よりも全知全能であると信じているのです。

その星には神が創造した静けさだけがある。

そして、人は神の美と力をそこに見るだろう。

月や星では人々は馬車のようなものを運転する。彼らは生物を探すが、われわれと似た生物が見つかることはない。生命はそこに存在しているが、彼らはそれが生命であることを理解しないし、知ることもない。

他の星に行ったものたちは、その時代の常識的な考えとして神をまったく信じていないが、地球に戻ってきたあと、

「みなさんは神の存在を疑っているだろうが、私の行ってきた星に行ってごらんなさい。誰しもそこに神の意志と力を見ることになる」

と言うだろう。

 

知識が増大するにつれて、この世の人間たちは互いを愛したり心配したりすることはなくなる。

彼ら相互の憎しみはあまりに大きく、彼らは自分の親戚のことよりも、自分たちのもっている所有物や小物のことを気にかける。

人々は、自分の隣人の人間よりも、自分がもっているいろいろな機械や装置のほうを信頼する。

 

北方の国の国民で、愛と慈悲を人々に説いてまわる小男が現れる。
しかし、彼の周囲には多くの偽善者がいる。

こうした偽善者は誰も人間の真の偉大さとはなにかを知ろうとはしない。だが、この北方の小男の書いた文章と話した言葉は残るので、人々は自分たちがいかに自己欺瞞に陥っていたのか気づくようになる。

 

その時代には、多くの数字が書かれた本を読んだり、あるいは書いたりする者たちが、もっともよく物事を知っていると考えられる。これらの教育のある者たちは、自分の人生を計算に基づいて送ろうとし、数値の命ずるままに行動する。

こうした人々の中にも悪人と善人が存在する。

悪人は悪行を平気で行う。たとえば、空気や水、そして河川や土地を汚染し、このため人々はさまざまな病気で死ぬようになる。

善人で賢いものたちは、数字から導かれた努力にはなんの価値もなく、それはただ世界を破壊するだけであることを悟るようになり、数字に答えを見いだすのではなく、瞑想を通して真実を発見しようとする。

人は瞑想すると神の知恵に近付いていく。

 

しかし、時はすでに遅い。悪意をもつものたちが全世界を荒らし回っており、巨大な数の人々が死に始めるからである。

人々は都市から逃げ出し、田舎に避難する。

人々は十字が三つ並んだ山を探す。

その中では人々は生きていくことができる。
その中に逃げ込んだものたちは、自分も家族も救うことができる。

しかし、それも長くは続かない。

なぜなら、次にものすごい飢饉が世界を襲うからだ。

この飢饉は通常の飢饉ではない。
町や村には十分に食べ物がある、だが、それらは汚染されている。
飢えた人々はそれを食べるが、食べると死んでしまう。

 

怒りくるったものたちによる攻撃が始まる。

戦争が始まるのだ。

この戦争を戦う者たちは、科学者に命じて奇妙な大砲の弾を作らせる。それが爆発すると、人を殺すのではなく、まるで人間や動物に呪いをかけるようになる。その呪いで人々は戦うかわりに眠りに眠りこむ。

世界の果てにあり、大海原に囲まれてヨーロッパほどの大きさの国だけが何の問題もなく平和に生き残ることができるだろう。この国では大砲の弾はひとつも爆発しない。

三つの十字のある山に逃げ込んだ者たちだけが避難場所を見つけ、愛と幸福に満たされ、豊かに暮らすことができる。

そして、その後はもう戦争は起こらない。





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