2019年1月25日のロシアの報道より
少し前の記事で、フランス人のジャック・アタリという人の 2006年の著作について、少しふれたことがありました。
その著作のセクションの中に《未来の戦争》というものがあり、以下のようなことが書かれている部分があります。
ジャック・アタリ「未来の歴史の概要」の「未来の戦争」より
未来の戦争は、「化学兵器、生物兵器、細菌兵器、電子兵器、そしてナノテクノロジー的な兵器」が使われるだろう。
生物兵器でパンデミックを起こしたり、あるいは、遺伝子兵器により特定の民族をターゲットにすることが可能となる。
ここにある
> 遺伝子兵器により特定の民族をターゲットにする
という響きが気になっていました。
そもそも「遺伝子兵器ってどういうものなん?」というようにも思っていたのですけれど、数日前、ロシアの報道メディアに冒頭のような見出しの記事を見つけたのです。
そこには「遺伝子兵器」というような文字が出ています。
「なんだろう、この記事は?」と、何とか訳してみますと、これは、アメリカの大学で、
「初めて哺乳類に《遺伝子ドライブ》の試験を成功させた」
ということを報じている記事なのでした。
当然、遺伝子ドライブというような言葉は知りませんので、それを調べてみましたら、以下のようなものでした。
遺伝子ドライブ - Wikipedia
遺伝子ドライブとは、特定の遺伝子が偏って遺伝する現象である。この現象が発生すると、その個体群において特定の遺伝子の保有率が増大する。
人為的に遺伝子ドライブを発生させることにより、遺伝子を追加、破壊、または改変し、個体群、または生物種全体を改変することができると考えられている。
具体的な応用例として、病原体を運搬する昆虫(特にマラリア、デング熱、ジカ熱を媒介する蚊)の拡散防止、外来種の制御、除草剤や農薬抵抗性の除去がある。しかし、改変された生物を自然環境に放つ行為は、生命倫理上の懸念がある。
なるほど、この遺伝子ドライブという概念を知って、やっと「遺伝子兵器により特定の民族をターゲットにする」という意味が少しわかってきました。
この遺伝子ドライブというテクノロジーは、
「特定の種を絶滅させられる」
ということにつながるもののようなのです。
今回のロシアの報道は、内容に関してはタイトルのように挑発的なものではなく、この実験の意味と成果をきちんと伝えてくれています。いろいろと勉強になる部分もありますので、ご紹介させていただこうと思います。
もちろん、このことは、本国アメリカの各科学メディアでも大きく報じられています。
2019年1月28日の米サイエンティフィック・アメリカンより
・Gene Drives Shown to Work in Female Mice
しかし、アメリカの報道は、科学的成果を主体として主張している感じもあり、冒頭のロシアの記事をご紹介しようと思います。
私たちは、結構危険な「テクノロジーの領域」に踏み込んでいる感じはありますね。個体ではなく、「その生物種全体の存続を操作できる」という領域は、一部の科学者の人たちには悪魔的な魅力に満ちたものである可能性もあります。
では、ここからです。
ちなみに、記事の後半は専門用語が並んでいまして、私にもよくわからず、何となく単なる直訳の羅列となっていますが、どう用語を省略していいのかもわからなく、そのままにしてあります。
わかりにくい部分もありますけれど、よろしくお願いいたします。
救いなし : アメリカの科学者たちが、動物や人間に対しての遺伝子兵器を作った。それはどれほど危険なものなのか?
lenta.ru 2019/01/25
米国カリフォルニア大学サンディエゴ校の分子生物学者が、史上初めて哺乳動物 - マウスにおける遺伝子ドライブのテストに成功した。動物集団において変異遺伝子を増殖させるように設計されたこの遺伝子ドライブという方法は、昆虫に対してのみ試験されてきたもので、哺乳類に対しておこなわれたのは、これが初めてだ。
遺伝子ドライブによって特定の種の数を制御したり、あるいは、ある種を完全に消滅できるようになることが期待されている。
しかし、我々は、この技術がどのようなものであるのか、そして、なぜそれが必要なのか、さらに、この技術が人々にとってどれほど危険なものなのかを述べたいと考えている。
遺伝子のオーバークロック
遺伝子ドライブの本質は、子孫が特定の遺伝子を受け継ぐことができる確率を変えることだ。
本来、遺伝子の大部分は、50%の確率で遺伝する対立遺伝子が対となって染色体上に存在している。哺乳類の体細胞には、母親と父親から受け継がれている二組の染色体がある(そのような染色体のペアは相同染色体と呼ばれる)。
精子から変異遺伝子が体内に入ることがあっても、それが子孫に引き継がれる可能性は 2つのうち 1つだけだ。
自然淘汰は、突然変異が多数の集団となっていくことを助長させる可能性があるが、しかし、このようなことが起こるためには、それが生存の可能性を高めたり、体に有益な変異でなければならない。さらにそれには非常に長い時間がかかる。
しかし、遺伝子ドライブは、通常は引き継がれない突然変異を遺伝させていく可能性を最大 100パーセント高めることができるのだ。
改変された遺伝子がある染色体から別の染色体へと単純にコピーされ、その結果、さらに多くの生殖細胞が子孫に突然変異を受け継ぐ準備が整う。
時間が経つにつれて、ほぼすべてが変更された DNA を運ぶことができる個体となり、その結果、種の 100パーセントが突然変異体となる可能性があるのだ。
このテクノロジーが成功するかどうかは、汎血統の程度(個体が互いに交差しているかぎり)や遺伝子変換の頻度など、さまざまな要因に左右されるが、それでも、約 90パーセントはそうなるはずだ。
遺伝子ドライブは、有害な突然変異でさえ、その突然変異が受け継がれていくことを促進する可能性がある(通常は、有害な突然変異は遺伝していかない)。
これまで、遺伝子ドライブ技術は、昆虫に対しての試験で成功している。
特に蚊の駆除に適用されようとしており、マラリアの蔓延との闘いに使われているとされる。これは、蚊にマラリア原虫を運ぶ能力を奪う遺伝子を注入し、その蚊が自由に彼らの同属種の蚊と交配できるよう、改変された蚊は環境中に放出されることになるだろう。
科学者たちは、野生の蚊の人口の 1パーセントが遺伝子ドライブに暴露されたならば、マラリア感染は 1年以内に打破できると予想している。
誰との戦いなのか
これまでのところ、蚊などの昆虫では遺伝子ドライブが試験されているが、哺乳類で遺伝子ドライブが試されたことはこれまでなかった。
哺乳類の外来侵略生物の被害は世界各地である。最も深刻な被害を受けている国には、他の大陸の哺乳動物の被害が多いオーストラリアとニュージーランドがある。ラット、マウス、オコジョ、ウサギ、そしてポッサムなどの被害が相次ぐ。
彼らは繁殖し、地元の有袋類を追い払い、その食糧供給を弱体化させている。またそれらの動物たちは、植生を破壊し、土壌の侵食と破壊を増やす。
オーストラリアとニュージーランドでは、ウサギの数を減らすための多くの手段を講じてきた。射撃、巣穴の破壊、毒と罠の使用、さらにはフェンス。しかし、これらはすべて失敗した。
そしてここに、遺伝子ドライブという真の生物兵器が登場する。
粘液腫症(ウサギの感染症)を引き起こす粘液腫ウイルスと、ウサギの出血性疾患の原因物質であるカルシウイルスというのがある。この粘液腫は、感染したほとんどすべてのウサギの死亡につながったため、粘液腫の流行は、ウサギの個体数の大幅な減少につながった。
しかし、ウサギがウイルスの免疫を獲得するに従い、感染の流行は終息し、また個体数は増えた。
このウイルスには、ウサギの数を減らすには欠陥があったのだ。このウイルスは、極度に暑い条件でウサギをよく殺したが、穏やかな気候の条件下では病気の症状があまり出なかった。つまり、穏やかな気候は、ウサギに対しての「ワクチン」のような効果となっていた。
ここで遺伝子ドライブが助けとなる。
遺伝子ドライブを使って、ウイルスや農薬へのウサギの感受性を広げ、様々な病気への耐性をウサギから奪い去り、ウサギを死にやすくする。それにより、ウサギの数が無制限に増えていくことを阻止するというわけだ。
システムは複雑
しかしながら、哺乳動物における遺伝子ドライブは、昆虫における試みよりも実施するのが困難であることが証明されている。
今回のカリフォルニア大学の新しい研究では、研究者たちは CRISPR / Cas9 システムというものを使用した。
これは DNA を正確な場所で切断することを可能とし、細胞自体がゲノムの必要な部分を切断してコピーし、損傷を受けた鎖を修復する。ゲノムのこの領域は失われたものと相同であるべきであり、研究者は、同じ遺伝子の 2つのコピーを得ることができる。
科学者たちは、チロシナーゼ(酵素の一種)をコードする CopyCat と呼ばれる DNA 要素を Tyr 遺伝子に挿入することにより遺伝子組み換えマウスを作成した。
結果として、Tyr はメラニンの合成に関与するチロシナーゼの正しいアミノ酸配列をコードすることをやめ、そしてマウスはアルビノ(白化した個体)になった。
さらに、CopyCat は、同種染色体上に位置する無傷の Tyr 遺伝子に対する Cas 酵素を示すガイド RNA を含み、そしてその切断に寄与する。
しかし、CopyCat のコピーで切断された Tyr 遺伝子を「修復」する代わりに、細胞は DNA の末端をさらに切り取って「縫い付ける」ことができるようになり、「個体にとって望ましくない遺伝子の変異」を引き起こす。
どのようなメカニズムが実装されているのかを知るために、科学者たちは、さらに試行をおこなった。
彼らはコピーした Tyr 遺伝子を持つ黒いマウスと CopyCat を交配させ、さらに白化を引き起こすもう 1つの二重突然変異を持つマウスと交配した。
この場合、3つのタイプの子孫ができるはずだ。つまり、アルビノの遺伝子を持つマウスと、無傷の Tyr 遺伝子を持つ黒いマウス、そしてアルビノの遺伝子とトリミングされた Tyr 遺伝子を持つ白いマウス、およびアルビノと CopyCat の遺伝子を持つ白いマウス……が生まれるはずだ。
しかし、科学者たちは胚における Cas9 の活性化時間を変えると、症例の 86%で CopyCat をコピーすることは、メスの胎児の特定の発達段階でのみ可能であることがわかった。
この研究の結果は、外来哺乳類と戦うために遺伝子ドライブを使用することについて話すにはまだ時期尚早であると科学者たちは述べている。
この方法は、昆虫ほど容易には機能せず、厳しい条件への準拠が必要だ。したがって、少なくともある望ましい効果を達成するためには、実験を継続し、そして方法を改良することが必要だ。それは長い時間がかかるであろう。
そして、科学者たちはこれまで、「遺伝子ドライブは遺伝子兵器になる」可能性が高いことを強調し続けてきた。
そのため、開発におけるすべてのリスクを考慮に入れ、環境や人間への影響として考えられる事象を防ぐ必要がある。
ここまでです。
この記事に「蚊」の遺伝子の改変のことが出てきますが、このことは、以前の In Deep で何度か取りあげたことがあります。
たとえば、下のような記事です。
WHOは「ジカ熱対策のために遺伝子操作した蚊をおおいに活用しなさい」というけれど……。感染症医学の中心に立ちはだかるパスツールの亡霊たち
投稿日:2016年3月20日
アメリカ政府は、この 2017年に「蚊の絶滅」のために遺伝子を改変した蚊の放出をすでに許可しています。
このときには「遺伝子ドライブ」という言葉とは出会わなかったですので、このときの蚊に対しておこなった方法と、今回のマウスに対しておこなった方法が、同じ概念のものかどうかはわからないですが、感じとしては同じようなものなのだろうとは思います。
先ほどの記事でいえば、
遺伝子ドライブは、有害な突然変異でさえ、その突然変異が受け継がれていくことを促進する可能性がある(通常は、有害な突然変異は遺伝していかない)。
というような、「突然変異の良くない状態の遺伝子を遺伝させ、その遺伝子を持つ個体が次々と生まれ、結果的に、その種は存続できなくなっていく」ということを発生させるわけなのでしょうね。
ちなみに、この遺伝子ドライブを世界で最も強く押し進めているのは、これもまた例のビル・ゲイツさんなんですね。
マサチューセッツ工科大学 MIT レビューの昨年の記事に「ゲイツが推進する遺伝子ドライブ、環境団体が国連で「禁止」」というタイトルのものがあり、その出だしは以下のようなものでした。
マラリアの根絶を願う億万長者のビル・ゲイツは、マラリアを媒介する蚊を絶滅できる可能性がある遺伝子ドライブ技術に「精力的に」取り組んでいる。
ゲイツは遺伝子ドライブを「飛躍的な進歩」と呼んでいるが、遺伝子ドライブはリスクが大き過ぎて絶対に使用すべきではないと訴える環境団体もある。
いま、両者の対決は山場を迎えている。
いずれにしましても、遺伝子ドライブというものは、現在検討されている用途については、
「ある生物種を抹消すること」
ということではあるようです。
このような、ある生物種全体を「人為的に抹消する」という概念をどう考えるのかは、いろいろな価値観があるとは思いますけれど、大義名分は何であれ、「してはいけないこと」だと私ははっきりと思います。
その応用が奇妙な方向に進めば、兵器として成立することも確かにあるのかもしれないなと思いました。
交配の中で遺伝子異常が広がっていくわけですので、時代の進行と共に、ある地域の人々だけがどんどん病気や先天性異常で消滅していくというようなタイプの戦略的兵器のような感じとなるのですかね。
アルマゲドンの世界であります。
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