2019年9月19日の米インターナショナル・ビジネスタイムズより
WHOの重大感染症リストに記載されている病原体Xとは
先週、アメリカやヨーロッパで、、
「新たな感染症で 36時間以内に 8000万人が死亡する懸念をWHOが発表」
という物騒なタイトルの報道が一斉に掲げられました。
よくわからない話でしたので、「何の話だい?」と、いくつかの報道を読んでみましたが、やはりよくわからないのです。「病原体X (Disease X)」という名称がつけられた次のパンデミックの懸念についてのものらしいのですが、
「何の具体的な現実の出来事も示されていない」
のに、
「恐怖だけが過剰に煽られている」
のです。
たとえば、その中の報道のひとつであります冒頭のインターナショナル・ビジネスタイムズの記事を先にご紹介しておきます。
ここからです。
Disease X Will Kill 80 Million In 36 Hours, WHO Panel Warns
IB Times 2019/09/19
「病原体X」は36時間以内に8000万人を殺すだろうとWHOの専門家機関は警告する
世界保健機関(WHO)と世界銀行が招集した独立監視機関による報告書は、新しいパンデミックが、わずか 36時間で最大 8000万人を一掃する可能性があると警告している。この報告書によると、今日の社会には、「病原体X (Disease X)」が世界中に急速に広まる原因となるさまざまな要因がある。
病原体Xは、将来的に、致命的な感染症の流行やパンデミックを引き起こす可能性のある未知の病原体に指定されたコードネームだ。エボラウイルスとともに、WHOの危険な疾患の優先リストに含まれている。
病原体Xの発生の可能性に備えて、WHO と世界銀行が共同で開催した「世界準備監視委員会(GPMB)」は、最初の年次報告書を発表した。
この報告書では、この新しい致命的な感染症が、世界にどのように影響するかについての評価を提供している。
世界準備監視委員会の報告書に示されているように、今日の悪化している状況は、新しい感染症の広がりと影響を増幅する可能性がある。
報告書は以下のように述べる。
基本的な医療サービスや清潔な水、そして衛生設備へのアクセスが不足している場所での感染症の発生事例は、資源の少ないコミュニティに大きな打撃を与える。このような状況は、感染性病原体の拡大を悪化させるだろう。
また、以下のようにも述べる。
人口増加とその結果として生じる環境への負担、気候変動、人々が密集した都市化の増加、そして、避難民などのような強制的な住居地の移動、あるいは、人々の自発的な海外旅行などによる人口の大きな移動、そして、各国を移動する移民たちの数の指数関数的な増加は、あらゆる場所のすべての人々のリスクを高めている。
世界準備監視委員会によれば、最も致命的なパンデミックの 1つと見なされている病原体は、20世紀初めに世界中に感染が拡大したスペイン風邪と似た病気で、そのような感染症に見舞われた場合、世界では、約 8千万人が 2日以内に死亡する可能性があるという。
委員会は、「感染地域の移動の速度が早く、そして毒性の高い呼吸器系病原体のパンデミックに対して世界はまったく備えていない」と述べ、以下のように続けた。
1918年に大流行した世界的な新型インフルエンザのパンデミック(スペイン風邪)により、世界人口の 3分の 1がこの感染症にかかり、5000万人が死亡した。この死亡率は、当時の総人口の 2.8%にあたる。
同様の感染が今日発生した場合、現在の人口は当時の 4倍であり、また、今では、世界のどこへでも 36時間以内に移動することができ、このような状況では、短時間のうちに、この病原体で、世界で 5000万人から 8000万人が死亡する可能性がある。
このような極めて高い致死率を持つ感染症が広範囲に広がるような大規模なパンデミックが起きた場合、各国の国民たちは、自分たちの政府は自分たちの安全を守ることができないと考えるようになる可能性がある。
それにより、このようなパンデミックは、大規模な社会の不安定化と、経済的破綻につながる可能性があると報告書は述べる。
ここまでです。
ここで言われている感染症は、これまで、いわゆる「パンデミックを起こす新型インフルエンザ」として、ずっと昔から言われている話と同様と考えていいと思うのですが、なぜ今になって、WHO と世界銀行が手を組んで、この危険を過度に言い始めているのかがよく理解できないのですね。
記事で取り上げています「世界準備監視委員会(GPMB)」の報告書はこちらのページにありますが、たとえば、どこかの国や地域で、実際に「新型インフルエンザのような疾患の感染拡大の徴候がある」とか、そういうことがあるならばわかるのですが、そういうことではないですし、そもそも、次に起こるかもしれない新型インフルエンザのパンデミックに対しての大きな懸念は、十数年前くらいから言われていることで新しい懸念ではないです。
さらには、「なぜ世界銀行が?」とも思います。
世界銀行というのは、Wikipedia の説明では、以下のような組織です。
世界銀行は、各国の中央政府または同政府から債務保証を受けた機関に対し融資を行う国際機関である。
国際通貨基金(IMF)と共に第二次世界大戦後の金融秩序制度の中心を担い、貧困削減と持続的成長の実現に向け、途上国政府に対し融資、技術協力、政策助言を提供している。
確かに、ここで想定されているようなパンデミックが起きる可能性はゼロではないでしょうし、その場合、多くの、特にあまり強くない国々は壊滅的な影響を受けることになるかもしれません。世界銀行が「地球の貧困削減と持続的成長の実現」を目指している組織だというのなら、確かにパンデミックへの懸念ということとも関係は出てくるものなのかもしれないですが……。
ただ、この世界準備監視委員会は、上の記事にありますように、声明で、
「パンデミックに対して世界はまったく備えていない」
と述べていますけれど、逆に多くの人々が聞きたいことは、「どのように新型インフルエンザのパンデミックに備えろと?」ということではないでしょうか。
それがないから脅威となっているはずです。
また、やや面白いのが、上の記事には、
病原体Xは、将来的に、致命的な感染症の流行やパンデミックを引き起こす可能性のある未知の病原体に指定されたコードネームだ。エボラウイルスとともに、WHOの危険な疾患の優先リストに含まれている。
とありますが、WHO のページを見ますと、その「危険な疾患の優先リスト」が示されているのですが、「すべて実在する感染症」なんです。その中に「未知の」病原体Xがリストされているのです。
まだ現実には登場していない病原体が、この具体的な感染症リストに載せられているのは奇妙な光景ではあります。
WHO の危険な疾患の優先リストは以下のようになります。
WHOによる重大な感染症リスト
・クリミアコンゴ出血熱
・エボラウイルス病
・マールブルグウイルス病
・ラッサ熱
・中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS)
・重症急性呼吸器症候群(SARS)
・ニパウイルス病
・リフトバレー熱
・ジカ熱
・病原体X
WHOは、この病原体Xは「短時間で 8000万人を殺す可能性を持つ」としているのですけれど、しかし、この表現にある数値は、他の重大な感染症リストから比べると、並外れて高いことがわかります。
たとえば、最近では、アフリカのコンゴ民主共和国でエボラ出血熱が流行し、その流行は現時点でも継続していまして、これは「史上2番目の規模のエボラの大流行」となっています。
それは確かに深刻なものですが、しかし、それでも、この史上2番目に大規模な流行は、どのような状態かといいますと、9月頭の報道では、
11ヵ月間で 3000人が感染し、2000人が死亡した
というもので、およそですが、「 1日に 6人ほどがエボラ熱で亡くなっている」ということになっています。
確かに深刻な流行ではあるのですけれど、WHO の言う
「 36時間で 8000万人が死亡する」
という表現は、やはり過度かなと正直思います。歴史的に、感染症とはそういうものではないです。
仮に、1918年のスペインかぜと同じような壊滅的なインフルエンザ(世界で、推定 5億人から 6億人が感染し、5000万人が死亡)が今後、流行する可能性があるとして、それでも、やはりこの表現は過剰だと思います。
スペインかぜは、過去記事で何度か取りあげたことがありまして、以下の記事などには、わりと詳細な数字を記載しています。
・1918年のパンデミック(スペインかぜの世界的流行)で「日本人の致死率が世界平均と比べて極端に低かった理由」はどこにあったのか
In Deep 2014/11/18
先ほど書きましたように、このスペインかぜの感染者数は、世界で 5億人ほどと考えられていまして、死者数は 5000万人程度と推測されていますが、正確な数字が残っている国は極めて少ないのです。
というのも、スペインかぜの流行時期が第一次世界大戦と重なったために、ヨーロッパなど戦争に参加していた国では、「戦争を含む、すべての死者数は機密」であり、スペインかぜでの死者数も、ほぼ発表していなかったと思われます。
統計そのものがとられていた国が少なく、そのため、スペイン風邪の感染率と致死率に関しての記録がまともに残っているのは、アメリカと日本くらいであり、そして、その中で、最も詳細な記録が残っているのは、実は「おおむね日本だけ」なのです。
これは、現在は、東京都健康安全研究センターにある以下の資料に残されています。
これによりますと、スペインかぜの日本での流行の全期間は「 1918年8月から 1921年7月」までと「 3年間」におよびました。この間に流行のピーク時と、そうではない時期が繰り返されるのですが、全期間のうち、特に 2018年と 2019年の 2度、大流行が起きています。
その主要な流行期間での、日本でのスペインかぜの影響は以下の通りでした。
1918年から1919年の日本でのスペイン風邪の感染と死者数
・総感染者数 2380万 4673人 (当時の日本の人口は約 5000万人)
・総死者数 38万 8727人
・感染者の致死率 1.6%
このように、国民の半数ほどが感染したという驚異的なインフルエンザだったことは事実ですが、しかし、それは 3年間の経過の中で起きているもので、「 36時間」とか、そういう話ではありませんでした。
なお、この日本のスペインかぜの致死率 1.6%は、他の国に比べて
「飛び抜けて低い」
ものでした。世界全体のスペインかぜでの致死率は 8%を超えていたという統計もあり、日本のこの致死率の低さは、「当時の日本の生活」の中の何かに、新型インフルエンザに対しての効用があるものがあったのかもしれません。
いずれにしましても、このように、先ほどのエバラ出血熱も、1918年のスペインかぜも、パンデミックというものは、WHO の想定するような「瞬時に数千万人を殺す」というようなものは、地球上に出現したことはないと思えます。
これは、たとえば、現在拡大が続いている豚類の感染症であるアフリカ豚コレラの拡散の状況を見てもわかりますが、あれだけ強力な感染力のあるものでも、国単位の拡大には1年などがかかっています。
ですので、今回の WHO の警告は、ちょっと「盛りすぎ」感が強いです。
まあ、「何らかの薬やワクチン」とか、そういうものの登場の布石である可能性はあるのかもしれないですが・・・。
あるいは、何らかの理由や取得されている情報によって、「今まで地球上にあらわれたことのないようなスピードで拡散していく感染症」というものの徴候が、何かあるのかもしれませんが、そのあたりは、WHO の資料には明記されていません。
ただまあ、いずれにしましても、パンデミックに関して、このような緊張感のある警告が大々的に報じられたということには、何らかの事態が起きることに対しての下地というような部分もないではないのかもしれません。
新型インフルエンザのパンデミックは確かにいつかは必ず起きるものでしょうが、その時期が少しずつ近づいているということなのでしょうか。