英ガーディアンの記事を引用したサウスチャイナ・モーニング・ポストの報道より
史上最大規模の研究で判明した事実
大気汚染が精神的な状態に関係するということについては、以前も取り上げたことがあります。
たとえば、以下の記事では、大気汚染が「認知症」の発症が、かなりダイレクトに関係している研究をご紹介しました。
「PM2.5を含む大気汚染が認知症のトリガーとなる」ことがアメリカの研究でさらに明白に。しかし発症が物質からの影響だけではない事実もある中、私たちはどのように「防御」できるのか
しかし、先日、アメリカとデンマークの研究者たちによって発表された研究は、その規模も結果の衝撃度もレベルがちがうものでした。
まず、その規模。
・アメリカの 1億5100万人分の医療保険データの分析
・デンマークの 140万人分の医療保険データの分析
を、その人々が「生まれてから 10歳になるまで住んでいた地域の大気の状態」と照らし合わせ、18歳までの精神疾患の状態を追跡したものです。
上のうち、特にデンマークでは、住んでいる地域の大気の状態がかなり小さなエリアごとに詳細に分類されていたこともあり、関係性がはっきりしたものとなっているかと思いますが、その「結果」がすごいのです。
地域別に大気汚染のレベルを 7つの度合いに分類し、追跡比較した結果、最も大気の状態が良かった最上位の地域で 10歳まで暮らした人たちと、「最も大気の状態が悪い」地域で 10歳まで暮らした人たちの間では、18歳になるまでに以下のような差が見出されたのです。
大気の最も悪い地域で育った人たちは、良い大気の地域で育った人たちより、
・双極性障害は 29パーセント多かった
・統合失調症は 148パーセント多かった
・うつ病は 51パーセント多かった
・パーソナリティ障害は 162パーセント多かった
という結果となったのです。
デンマーク人 140万人分のデータというの数から考えますと、統合失調症とパーソナリティ障害(かつての人格障害)の数値は驚くべきものです。
記事は比較的長いものですので、まずはご紹介したいと思います。
Air pollution linked to mental health problems in children, new study finds
scmp.com 2019/08/21
大気汚染は子どものメンタルヘルスの問題に関連していることが新しい研究により見出された
米国とデンマークの研究者たちによる研究では、大気汚染と、双極性障害、統合失調症、パーソナリティ障害などのリスクの増加の関連が発見された。近年、大気汚染と喘息、認知症、そして、さまざまな種類のガンの発症との関連性を発見した研究が増えている中で注目されている。
子どもの頃に、高いレベルの大気汚染がある地域で過ごした人は、その後、精神障害を発症する可能性が高くなる可能性があることを新しい研究が示した。
最近は、大気汚染が喘息や認知症あるいは、さまざまな種類のガンの発症と関連することが発見された研究が増えているために、この研究にも関心が集まっている。
今回の研究は、大気汚染がメンタルヘルスに直結した関係を持つことを示したものだが、今年 1月にも、英国の研究で、ロンドンで、より大気汚染の強い地域で育った子どもたちは、空気のきれいな地域で育った子どもたちより、18歳までにうつ病になりやすいことがわかっている。
しかし、今回のアメリカとデンマークの研究者たちによっておこなわれた研究は、大気汚染の影響は、うつ病にとどまらず、双極性障害、統合失調症、パーソナリティ障害などの精神的健康問題のリスクの増加との関連を示唆している。
イギリスでは、人口の 1パーセントから 2パーセントが、一生のうちに双極性障害を患う。統合失調症の発症率も同じだ。さらには、英国では、全体の 5パーセントの人々がパーソナリティ障害を持っている。
今回の研究の共著者である米シカゴ大学のアンドレイ・ルツェッスキー (Andrey Rzhetsky)教授は、双極性障害や、統合失調症、そしてパーソナリティ障害などの発症が、遺伝上の問題では説明できないことを見出した後、今回の研究に着手した。
ルツェッスキー博士と研究チームは、精神障害と大気汚染の関係性の可能性の調査をおこなうために、最初に大胆なほど大規模なアプローチをおこなった。
チームは、2003年から 2013年の間に収集された 1億5100万人分の保険データを使用し、アメリカ全土の郡における特定の精神障害の発生率を調査したのだ。
次に、このデータを各郡の大気汚染の平均レベルとともに分析した。
チームは、年齢、性別、郡の貧困レベル、平均収入などの要因を考慮し後、大気の質が良かった上位の 7郡と、大気の状態が悪かった下位の 7郡を比較した。その結果、大気の質が悪かった 7郡は、上位の 7郡より双極性障害の割合が 27パーセント高いことを発見した。
ただし、このアメリカを対象とした分析は、非常に広い地域の平均大気汚染レベルに基づいており、さらに、精神疾患の割合は、保険に加入する可能性が低い低所得者の状況を反映していない可能性があった。
その後、チームは、デンマークの大気汚染データを調べた。デンマークのデータは、1平方キロメートルの規模で詳細な大気汚染の情報が収集された。
チームは、1979年から 2002年末までにデンマークのそれぞれの地域で生まれ、そこに 10年以上住んでいた 140万人の人たちの、生まれてから 10歳になるまでの大気汚染への暴露状況を調べた。
この分析では、それらの年にわたる全体的な大気汚染曝露の尺度を提供するために大気中の 14種類の汚染物質レベルが考慮された。
その後、その 140万人のうちのどのくらいが、 2016年末までに双極性障害、統合失調症、パーソナリティ障害、うつ病と診断されたかを調査した。
年齢、性別、社会的地位、経済的状況などの要因を考慮した後、チームは、幼少期に全体的に大気汚染にさらされた人たちはで、双極性障害、統合失調症、パーソナリティ障害、うつ病の 4つの精神障害すべての割合が高いことを発見した。
被験者は 10歳までに曝された大気の状態に基づいて、7つの同人数のグループに分けられた。
そして、 7つのグループの中で、最も大気の状態が悪い地区の中で幼少時代を過ごした 7番目のグルーブでは、もっとも空気がきれいな地区で幼少時代を過ごした最上位のグループの人たちより、双極性障害は 29パーセント多く、統合失調症は 148パーセント、うつ病は 51パーセント、パーソナリティ障害は 162パーセント高かったという結果を見出したのだ。
チームは、これらのメンタルヘルスの状態が、どのように大気汚染によって影響されるのかについて、多くの説明を提案している。 1つは、大気汚染が気道の炎症を引き起こし、脳を含む全身の炎症を引き起こす可能性があることを提案した過去の動物研究を指摘した。
他の提案としては、大気汚染物質が鼻から脳に移動し、そこで蓄積され、炎症と損傷を引き起こすということだった。
大気汚染が、メンタルヘルス障害に直結した関係を持つというこの研究が、さらに確認された場合は、衝撃的な話とはなるが、しかし、ここには希望の部分もある。つまり、精神障害は、遺伝的要因より、環境に左右される要素が強いということになる。これについて、ルツェッスキー教授は以下のように述べる。
「遺伝は変えられないですが、環境は私たちが変えることができるものです」
しかし、この研究にも限界がある。この調査結果は、大気汚染がこれらのメンタルヘルスの状態の進行を促進することを証明していない。また、この分析では、精神医学的問題や、問題のある家族歴など、メンタルヘルスに影響することがすでに知られている多くの要因の影響を考慮していない。
それでも、今回のこの結果は、今後の精神医学に影響を与えるかもしれない。
英キングス・カレッジ・ロンドンの生物統計学の専門家イオアニス・バコリス博士(Dr Ioannis Bakolis)は、この研究は、大気汚染とメンタルヘルス障害との関連性についての証拠として追加されることになるだろうと述べている。
「この研究は大気の質の改善により精神障害による罹患率を実質的に低くすることができる可能性を示唆しています」
バコリス博士は、大気汚染は、その他にも健康の多くを損なう可能性があるという証拠が、すでに十分にあると付け加え、都市の自動車禁止区域などの対策に注意を払う必要があると述べている。
ここまでです。
この記事にもあります通り、メンタルヘルスの問題には、社会的環境や、対人関係、あるいは家族環境などが大きく関係してくることは確かですが、それらの影響の上に、「この大気汚染の影響が上乗せされる」というように考えてもいいのではないかと思います。
まあ・・・どなたにもできることではないこととはいえ、理想的には、「せめて子ども時代は空気のきれいな場所で過ごさせる」ということが、結果的には、その子どもの将来にとって、とても有益なことにつながる可能性がありそうです。
あるいは、大敵汚染が認知症の増加と関係していることも、データ的にはほぼ事実ですので、出来れば、誰でも空気の状態のいいところで暮らしたいものではありますけれど、現実的にはなかなか難しいところはありそうです。
たとえば、以下の記事で取り上げましたように、今では、世界のほとんどが、大気汚染の状態なのです。
皮肉な話ですが、景気が良くなり、工場の稼働が上がるほどに大気汚染は増大していきますので、
それでも、大気の状態が少しでも良いような場所に暮らすことを検討するというのも、今の時代では、サバイバルの手段のひとつなのかもしれません。