2019年4月9日のアメリカ医学メディアの記事より
糞便移植後の驚異的な症状の改善
人間の腸内環境について、健康と関係するというような全般的なこと以上に、
「腸内環境は、メンタルや脳の問題に特に関係する」
ということに最近ふれることがよくありました。
以下の記事では、腸内細菌そのものが思考とメンタルを支配している可能性さえあることがわかります。極端にいえば、「脳もまた、腸の支配下にある存在に過ぎない」と。
「腸は第二の脳」……ではない。腸内システムは脳をも支配している「第一の脳」である可能性が高まる。それが意味するところは「人間は細菌に理性までをも支配されている」ということで……
そして、現在の主要国は、どこの国でもさまざまなメンタルの疾患や、脳の関連する問題が歯止めなく増加し続けています。その中でも、自閉症の問題は「増加が止まらない」という意味で、そろそろ各国での大きな問題となりつつあります。
アメリカでは、西暦 2000年には 150人に 1人が自閉症と診断されていたのが、現在は 59人に 1人が自閉症と診断されているのだそうで、たった十数年で 3倍などの率で増えている。
そして、自閉症の「治療法」については、特にその特有な症状についての治療法について、ほとんど存在しないという状態のまま時代は進んできました。
その中で、最近、「腸内細菌環境と、脳」の関係が注目されている中で、健康な人の糞便を移植することにより腸内細菌の構成を変更していくという治療法である「糞便移植」というものがよく研究されています。
糞便移植は、オーストラリアでは 1987年からおこなわれているらしいですが、アメリカで、このたびこの本格的な試験と、2年間の追跡研究がおこなわれたことが、最近の医学記事に記されていました。
それは「自閉症の人に特化した研究」でした。
今回、その記事をご紹介したいと思います。
結果としては、決して「 100パーセント」というような数字は出てこないのですが、これまでに試行された自閉症スペクトル症状に対しての治療の中では、最も大幅に改善した人が多いと考えられるものだと思われます。
思っていたよりも長い記事でしたので、まずは、本文をご紹介させていただきます。
研究は、アメリカのアリゾナ州立大学の 3人の科学者によっておこなわれましたが、記事に最も登場する研究者のひとりは下の方で、ローザ・クラジュマルニク・ブラウン博士という女性です。
ローザ・クラジュマルニク・ブラウン博士
・Biodesign Institut
ここからです。
Autism symptoms reduced nearly 50 percent two years after fecal transplant
Medical Xpress 2019/04/09
糞便移植後2年で50%近くの自閉症の症状が減少した
アメリカ疾病管理予防センター(CDC)によると、アメリカでは 59人に 1人の子どもが自閉症と診断されている。これは 2000年には 150人に 1人の割合であり、上昇が続いている。CDCは、以下のように報告している。
「アメリカで、自閉症スペクトラムの子どもたち約 50万人が今後 10年間で成人になる。これは、国家として準備ができていない大きな問題となるだろう」
自閉症スペクトラム障害(ASD)の明らかな上昇がある中で、その治療法については頑として進行していないが、多くの研究者たちがこの障害の治療を探究し続けている。
現在、ASD の効果的な治療法には、行動療法、言語療法および社会療法、精神医学的治療、ならびに食事療法と栄養療法が含まれる。
しかし、社会的コミュニケーションの困難や、反復的な行動を繰り返すなど自閉症スペクトラム障害の中核症状を治療するための療法で認められているものは存在しない。
自閉症に対しての研究で明らかになりつつある有望な考えの 1つは、腸内微生物叢(腸内細菌環境 / マイクロバイオーム)との関係だ。
腸内微生物叢は、私たちの腸内に存在する微生物群で、私たちの食べ物を消化し、免疫システムの働きを助けたり、有害な細菌の繁殖の防止などの役割を担っている。
最近の研究では、腸内微生物叢は、私たちの脳のコミュニケーションと神経学的健康に影響を与えることをも示唆している。
現在では、腸内微生物叢が変化することにより、広範囲の疾患の引き金を引く原因となり得るという考えに関心が高まっている。
今回の研究を主導したのは、米アリゾナ州立大学のローザ・クラジュマルニク・ブラウン博士 (Rosa Krajmalnik-Brown, Ph.D)、ジェームズ・アダムス博士 (James Adams, Ph.D)、そして、医学論文「自閉症における微生物叢移入療法と腸内細菌叢の長期的なベネフィット」の主筆者デ−ウック・カン博士(Dae-Wook Kang, Ph.D)の 3人だ。
彼らは、特別なタイプの糞便移植である「マイクロバイオータ・トランスファー・セラピー (Microbiota Transfer Therapy / MTT)」として知られる技術を通して、自閉症スペクトラムと診断された子どもたちに対する長期の有益な効果を確かめようとした。
このマイクロバイオータ・トランスファー・セラピーは、オーストラリアの消化器の内科医トーマス・ボロディ博士 (Dr. Thomas Borody)が生み出した革命的な技術だ。
この方法により、腸の健康状態や自閉症の症状の改善は治療後も長く続くことが示されたのだ。
この治療法による治療後 2年の時点で、腸の症状において、治療開始時の初期に改善された部分のほとんどが残っていた。さらに、それぞれの親たちは、治療中および、その後の 2年間で、自閉症スペクトラム症状が緩やかで着実に減少したことを報告している。
専門の医療評価者たちは、マイクロバイオータ・トランスファー・セラピーによる治療が開始される前と比較して、治療後 2年で、自閉症スペクトラムの中核的症状(言語の問題、社会的相互作用、行動の問題)が 45%減少したことを見出した。
環境バイオテクノロジー研究センターの教授でもある、この研究をおこなったクラジュマルニク・ブラウン博士は以下のように述べている。
「治療から 2年経過して、子どもたちの状態はさらに良くなっています。素晴らしいことです」
「自閉症の子どもの多くは消化器系の問題を抱えており、いくつかの研究では、消化器系の問題を抱えている子どもたちが自閉症関連の症状が悪化していたのです」
「多くの場合、これらの消化器系の問題を治療することができれば、彼らの行動もまた改善されることがわかったのです」
自閉症を持つすべての人たちのおよそ 30 - 50%は、慢性的な胃腸の問題、主に、便秘や長年にわたって続く下痢などの問題を持っている。
バンコマイシン(抗生物質)のみを用いた以前の研究では、慢性的胃腸疾患と自閉症の症状に、一時的な大きな改善が見られたが、その後プロバイオティクスを使用し続けたにもかかわらず、治療を中止した数週間後には、自閉症の症状の軽減は消えてしまった。
研究者たちの当面の問題は、腸で何が起こっているのか、そしてそれは自閉症の身体的症状と行動症状の両方にどのように影響しているのか、そして、どのように長期的な治療法を開発できるかということだった。
クラジュマルニク・ブラウン博士たち3人による研究は、特定の腸内細菌が腸内から消えた人たちに健康な微生物叢を移植することによって、より多様な細菌のセットを患者に寄付し、そして、それにより腸内の健康を改善することが可能であることを示した。
オーストラリアでは、糞便微生物叢の移植(FMT)は最初、ボロディ博士によって開発された。
シドニーの消化器病センターで、1987年以来、ボロディ博士は、さまざまな疾患に対して 18,000件以上の糞便移植を監督してきた。
ボロディ博士は、オーストラリアで大腸炎とクロストリジウム - ディフィシル感染症(消化管の治療の難しい感染症)に対する糞便移植の使用を開拓した。
クロストリジウム - ディフィシル感染症の治療は、糞便移植をたった 1回おこなうだけで十分だった。
そのようなボロディ博士にとっても、自閉症の治療は困難だった。
その後、博士は、自閉症の患者を治療するためには、3ヶ月間、毎日、糞便移植する必要があることを見出した。
これは、大変な試行だが、しかし結局は、博士のこの発見は、自閉症の患者たちの慢性の消化器の問題と自閉症スペクトルの症状の両方に対して大きな改善をもたらした。
この経験に基づき、ボロディ博士はこの研究のために米アリゾナ州立大学で使用される臨床治療の設計を導いた。
マイクロバイオータ・トランスファー・セラピーの治療プロセスでは、抗生物質バンコマイシンによる前処理、腸の洗浄、胃酸抑制剤、および 7〜8週間の毎日の糞便微生物叢移入を含む 10週間の治療がおこなわれる。
クラジュマルニク・ブラウン博士らが、2017年に医学誌「マイクロバイオーム (Microbiome)」に発表した最初の非盲検試験では、以下のように記された。
「この革新的な長期治療プロトコルは、消化管のマイクロバイオームを改変し、慢性的な消化器の症状を改善するための有望なアプローチであると思われる。 慢性的な消化器症状、そして、自閉症の症状、そして腸内細菌環境の改善は、すべて治療終了後、少なくとも 8週間持続し、さらに長期的な影響を示唆している」
現在、この糞便移植による、慢性的な消化器症状と自閉症の症状の軽減は、上に書かれてある治療後 8週間から「少なくとも治療後 2年間は持続する」と延長されることを示している。
アリゾナ州立大学の研究チームは、通常の発達をする子どもと比較して、自閉症の子どもたちの腸内細菌環境が異なることも見出している。
この研究の開始時に、自閉症の子どもたちは、腸内微生物の多様性が低く、ビフィズス菌やプレボテラなどの特定の有用菌株が枯渇していた。
クラジュマルニク・ブラウン博士は以下のように述べる。
「自閉症の子どもたちの腸内には、重要な有益バクテリアが欠如しています。そのために、バクテリアが人々の腸に提供する重要な機能が、自閉症の子どもたちは、一般の子どもたちより少ないのです」
糞便移植による腸内細菌叢を変化させるこの治療により、大幅に微生物の多様性と腸内の有用な細菌を増加させた。
そして治療から 2年後、腸内の微生物の多様性はさらに高くなり、有益な微生物の存在は残っていた。
クラジュマルニク・ブラウン博士は次のように言う。
「どの微生物と微生物によって生成された化学物質が、自閉症の子どもたちの行動の変化を引き起こしているのかを理解することが私たちの研究の核心です」
研究チームの新しい論文では、この研究による治療の 2年後に参加者たちが治療前と比較して慢性的な消化器症状において、平均 58%減少していたことを実証したことを報告している。
さらに、ほとんどの参加者の親たちは、「自閉症の中核的な症状について、緩やかではあるが着実に改善している」と報告している。専門家による評価では、自閉症の中核的な症状について、治療前と比較して 45%減少していた。
試験治療の開始時には、参加者のうちの 83%が「重症」の自閉症と評価されていたが、試験の終了時には、「重症」であるのは 17%のみとなっており、「軽度/中等度」が 39%、そして軽度の自閉症スペクトラム症状の人たちについては、44%がさらに症状を軽減させていた。
研究チームのひとりであるジェームズ・アダムス博士は、自ら自閉症の状況を直接知っているために、自閉症の子どもたちを助けるための方法を真剣に追求したいという職業的および個人的な理由を持っている。
アダムス博士の娘は、 3歳の誕生日の直前に自閉症と診断されている。
アリゾナ州立大学の輸送エネルギー工学部の学部長であるアダムス博士は、アリゾナ州で最大の親の支援団体であるグレーター・フェニックス (Greater Phoenix)の自閉症協会の会長もつとめている。
研究に参加した自閉症の人たち全員が、慢性の便秘あるいは慢性の下痢を含む、乳児期からの慢性の消化器症状を示していた。そして、治療の恩恵は彼らの身体的な症状を超えて広がった。
また、アダムス博士によると、この試験に参加者した自閉症の人の多くは、乳児期に共通の体験を持っていた。
それは、「帝王切開出産」、「母乳による育児が少なかった」、「抗生物質の使用の増加」、「母子の繊維摂取量の減少」などで、その特徴を共有していた。
研究チームは現在、効果をさらに向上させ、場合によっては追加投与が必要かどうかを判断するために、移植の量と期間の最適化に取り組んでいる。
ここまでです。
この記事では、アメリカの自閉症の数の現状は、「西暦 2000年に 150人に 1人だったのが、現在は 59人に 1人」というようなことが書かれてありますが、もう少し幅広い年数で見ますと、その増え方は普通ではないのです。
米国での自閉症と診断された子どもの数の推移
40年ほど前までは 5000人に 1人だったのが、今では、およそ 50人に 1人というように「 100倍」というような率となっています。
主要国は、どこでも多少は似たような推移となっていると推測されます。
そして、現状では、増加が止まる気配がありません。
このような現状の中で、
・なぜ自閉症となるのか
・その症状には何が関係しているのか
ということの究明が不可欠となっているわけですけれど、今回のアリゾナ州立大学の試験において、人々の症状の 50パーセント近くが改善しているということからも、
「その一部には、腸内細菌環境が関係している」
ことがわかります。
しかし、試験治療によって全員が改善したわけではないですので、「腸内細菌環境は大きな要因だけれど、すべての理由ではない」とも言えそうです。
以前書きました、米バージニア大学の研究についての記事では、以下のふたつのことが判明しています。
2018年の米バージニア大学の発見
・自閉症的な神経発達障害が、母親の腸内のマイクロバイオームの健康状態によって決定づけられる
・自閉症となる脳障害を起こす原因が、インターロイキン 17a というタンパク質であることがわかった
あと、今回の記事で少し印象的だったのは、後半にある以下の部分です。
この試験に参加者した自閉症の人たちの多くは、帝王切開出産、母乳による育児が少ない、抗生物質の使用の増加、母子の繊維摂取量の減少などの共通の特徴を共有していた。
このそれぞれのすべてが直接的な原因となるというわけではないのでしょうけれど、何となくこう
「妊娠中と出産時は、できるだけ自然(もともとの人間の生活)の状態に近いほうがいいのかもしれない」
とは思います。
最近も、「脳性まひになった赤ちゃんのうち、約3割に陣痛促進剤が使われていた」というようなことが報じられていましたけれど、自然と離れた形だと、うまくいけば問題はないにしても、不可逆的な問題も、やや起こりやすいのかもしれないですね。
いずれにしましても、自閉症の人たちにしても、他の疾患についても、仮に糞便移植のようなもので改善するようなことが確定できるのであれば、そういうものが医療に導入されていくのもいいのかもしれません。ちなみに、日本でも潰瘍性胃腸炎やクローン病などへの試験は行われているようで、医療ニュースの記事などによれば、クローン病 (小腸の難病)を治療できることは確実のようです。
しかし、以下の記事で取りあげたように、子どものときの腸内環境の異変は、成人になってからの精神疾患とも関係があるということが確実になってきています。
「子どもに抗生物質を使ってはいけない」 : デンマークで行われた世界最大規模の調査により、幼少時の抗生物質の使用は若年時の精神疾患と強く関係することが明確に
ということは、「そもそも、胎内で、あるいは子ども時代に腸内環境を損なわないこと」を考えていくということが最も大切なことなのではないかなとも思います。
もちろん治療法の確立は大事なことですが、それと共に、
「どうすれば、腸内環境を破壊しないライフスタイルに基づいた社会を作っていけるのか」
ということがとても大事になってくる気がします。
人間社会を持続的なものにするためにも真剣に考えたほうがいいことかもしれません。
おわかりかと思いますが、自閉症やメンタル疾患などの方が増加することは、社会的にも大きな影響を与えます。
そして、それらの自閉症や精神疾患の原因のかなりの部分が「腸内の細菌環境の異変」によるものだということがはっきりとしてきています。
これははどういうことかといいますと、
私たちの体内の細菌は、人間の社会形成そのものに関わっている
ということです。
腸内の細菌は、人間社会の縮図になっているもといえるのではないかと。
健全な人間の社会を作るためには、そこに生きる人々の腸内の環境が健全であることが何より重要だということに今さらながら気づくのでした。