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In Deep メルマガを創刊することになりました。その動機と「みずがめ座の時代」への希望と決意

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Daniil Alexeevich Korzhonov

今回はお知らせ記事となりますが、私のブログ In Deep も、気づけば、およそ 10年目に突入しました。

2008年頃にブログを書き始めた時は、こんなに長く続くものになるとも思ってはおらず、「まあ、2日くらいでやめちゃうんだろうな」というような三日坊主にも届かないようなことを想定していましたが、気づけば、2018年になっていました。

ブログを始めてから 10年目となる今年、ブログと平行して「メルマガ」を創刊させていただくことになりました。いわゆる有料メールマガジンです。

日本最大のメールマガジン・ポータルのまぐまぐさんからお誘いいだたいていたということもあるのですけれど、最初は躊躇していました。実は私は「明確な動機がないと何もできない」人でして、最初はその動機が浮かばなかったのです。

しかし、担当者の方と話しているうちに、「意識的にブログで書くことを避けている」ようなことということはずいぶんとあることに気づかされたのです。

メルマガを創刊しても、ブログ In Deep のスタンスは何も変わらないですし、たまに耳にするような「重要な情報はメルマガに」というようなことはまったくありません。

今までと同様、最も重要な情報や智恵、あるいは小粋なダジャレは、ブログでご紹介していくつもりです(ダジャレは不要)。

では、「意識的に書くことを避けている」ということは何なのか

それなども含めて、少し書かせていただこうかと思います。

 

インターネットの「公共性」という概念の裏にあるもの

これは、ブログを始めた 10年前にはきちんと考えたこともなかったのですが、「インターネット上の誰でも閲覧できるブログやウェブサイト」の最大の特徴は何かということです。

その特徴とは、今の言葉そのものに現れているのですが、

「誰でも閲覧することができる」

ということなのです。

私は、このことを自分の子どもが成長していく中で初めて実感しました。

うちの子どもは今、中学1年生です。子どもはスマートフォンは持っていないですが(私が禁止しています)、家には共用のパソコンがあります。

小学校の高学年くらいから、そのパソコンでいろいろと閲覧するようになっているのを見ているにつれて、「ふと」このインターネット上のほとんどのブログやウェブサイトを、

「誰でも閲覧することができる」

ということの意味に気づき、ややギョッとしたことがあるのです。

今のところ、子どもはユーチューバーの何か妙なものを笑いながら見ていたり、ゲームか何かのことを検索しているだけですが、しかし、インターネットのハイパーリンクというのは、偶然訪れたページにある「リンク」を、その文字列が何であろうと、キッカケが何であろうと、クリックするだけで、そのページに「誰でも」行くことができます。

サイトによっては、子どもの精神性に対して「問題のある」ものは、今の時代わりと多くあるのではないかと思います。

犯罪や暴力や武器などに関係したものもそうですし、それ以上に「思想」に関して、親としてありがたく思えない刺激を受ける可能性がやや懸念されるところだと感じるのです。

先月、「ロシアで太陽が3時間のあいだ消えた…」という記事で、中学生くらいの時の私が、山本七平さんの『私の中の日本軍』という本を読み、強烈にその思想に染まっていったことに少しふれたことがあります。

若い時の男性は、いや女性もそうなのかもしれないですが、「これだ」と思い込んだ思想には強烈にのめり込む部分があります。年をとってくると、次第に思想にバランスの観念が入り込み、柔軟になっていく場合が多いですが(柔軟にならないままの人もいますが)、若いうちは、バランスがとれた思考など普通ないですから。

私が中学生の時にはまり込んだ思想が山本七平さんの「すべてのことを合理的に考えること」だったからいいものの、何か「非常に偏った思想」にのめり込んでしまうと、そういう方向にどんどんと進んでいってしまう可能性もあるはずです。

基本的に、今の世界というのは、国家、人種、その他のさまざまな主義同士に、

「対立を《故意に》もたらす」

という図式で長い間進んできたように思います。

憎悪が芽生えやすい対立軸に「憎悪の燃料をばらまく」ことで、その対立は激しく、あるいは長く続き、それにより「利を得る人」がいるというような小さな陰謀論としても語ることができるのかもしれないですが、しかし、人類史の中では、どうやらその歴史は長いものであり、たとえば「聖書」の記述を見ても、

「この今に至る 2000年間の時代は《人々の間に対立を発生させる》ように生まれて進行してきた」

というように思わざるを得ないのです。

旧約聖書『創世記』には、「地球の全員が同じ言語を話していたところを、民族によって言葉を違うものにして《互いの言葉が聞き分けられぬように》してしまう」くだりがあります。

旧約聖書『創世記』11章05-07節

主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、 言われた。

「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。

我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」

そして、何より「神は地球に平和をもたらすために来たわけではない」ということについて、イエス・キリスト自身が明言しています。それは、『マタイによる福音書』にあります。

新約聖書『マタイによる福音書』10章34-36節

「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。

わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、/娘を母に、/嫁をしゅうとめに。 こうして、自分の家族の者が敵となる。

人類の「憎悪と対立」の時代は、はるか昔に、イエス・キリストが、

> わたしは(人々を)敵対させるために来た

としている時代からのものだと考えると、それ以来の 2000年ほどの人類の社会に「憎悪と対立がある」ことは宿命にも似たものなのかもしません。

もっとも、南北アメリカ大陸などの各地の先住民族や、日本の縄文弥生の人々の社会が「憎悪と対立が基本にあった」とはとても思えず、憎悪と対立は「西洋社会からの輸入品」であることは間違いないと思われるのですが、いずれにしても、今や地球全体が西洋社会の価値観の支配下にある以上、この社会の基本軸は「憎悪と対立」なのだと思わざるを得ません。

 

……おお、何だか熱くなってしまい、妙なことを長く書いていますが、つまり、その「憎悪と対立を作り出すツールは時代と共に変化してきている」と思われる中で、今、インターネットが、スマートフォンなどの端末も含めれば、どれだけ多くの人々が日々それにふれているか、ということなのです。

ちょっと書き方がわかりにくいかもしれないですので、言い換えますと、

「この2000年の人類史の中での《人々を対立させるための道具》の最も有効な道具がインターネット」

だと私は確信しているのです。

しかし、当然ですが、インターネットは、その根本的な存在が消えない限り、人々が使用をやめるということはないでしょう。何より、私自身がインターネットでの情報から離れられないのが現状なのですから。

そのことに気づいたのが、わりとこの2、3年くらいの最近のことで、それ以来は、書くことに特に気をつけていることのひとつが、

「今書いていること、あるいはそこに載せている写真は誰でも見られるものだ」ということを忘れない

ということでした。

ですので、以前はかなり偏った主張や思想の海外の記事も翻訳していたりしたのですが、あまりにも偏った主義主張の記事を取りあげるのはやめています。

その頃から「今書いているもののには公共性がある」ということを意識するようになったという感じでしょうか。子どものおかげだと思います。

そして、くどいようですが、インターネットは、特に SNS は、対立を煽り立てるためのには強力に有効なツールになり得ます。……というか、そのために実際に非常にいろいろな局面で使われているはずです。

しかし、この 2000年間のこの世の支配者的思想がどういうものであろうと、私自身は、

「この憎悪と対立の時代から抜け出たい」

と切実に思っています。

最近はあまり言われなくなりましたが、かつて「みずがめ座の時代」というような概念について盛んに言われていました。イエス・キリスト以来の 2000年ほどが「うお座の時代」で、先ほど彼の言葉に言及しましたように、この時代が、物質の時代であり、憎悪と対立の時代です。

そして、その次に来るのが「みずがめ座の時代」と言われていて、最初にこのことを述べたのは、心理学者のカール・ユング(1875-1961年)だったとされています。これは以下の記事でふれたことがあります。

「みずがめ座の時代への精神的移行と人類の変容」を初めて公にしたのは晩年の心理学者カール・ユングだった。……しかし私たちは本当にその移行ができるのだろうか? とも思う今

ユングは以下のように述べていました。

「古代エジプトの歴史から知るように、集団意識の大きな変化は、常にひとつの観念的な月の終わりに、また別の観念的な月の始まりの時に現れます」

「これらは、それぞれの星座が持つ精神的支配の中での《元型》、あるいは、《かつて神々と呼ばれていたもの》の変化といえ、それは集合的な意識の持続的な長期間の変化を引き起こすか、あるいはその時代の中で変化が伴うように思えます」

「私たちは大きな変化に近づいています。それはみずがめ座の時代に入る時に起きると考えられます」

このようにユングは「大きな時間のサイクルで人類の根本的な意識は変化する」と主張しており、そのサイクルの期間を「 2100年」と考えていました。

キリスト以来の 2000年のうお座の時代の最後の時期にある今、ユングの説が正しければ、私たちは確実に「新しい集合意識の時代」に入ろうとしているのです。

まあ、まだ数十年以上あるのですけれど、いずれにしても、理想的な意味で今後の地球がそういうほうに向かっていけるのら、未来の人類も地球も、ほんの少しは「希望」のようなものもあるのかもしれません。

 

……何かまた話が逸れている気がしますけれど、要するに、せめて私のブログを読んで下さっている方々に対しては、「憎悪と対立」の感情を刺激するような記事は書かないようにしたいと、漠然とですけれど考えて書いています。

あまりいないでしょうけれど、In Deep を読まれる方の中には「若い人」が偶然リンクか訪れることがあるかもしれないですし。

若い人であろうと誰であろうと、それぞれの独自の思想を持つことは構わないですが、

「その自身の思想のために、異なる思想を排除する」ようなことはしてほしくはない

とは切実に思います。特に自分の子どもにはそういうことをするようになってほしくないです。

みずがめ座の時代は「許容と寛容の時代」でもあります。今は「不寛容」が極限にまで肥大している世の中ですが、これも、このうお座の時代最後の特徴なのだと思われます。

長くなりましたけれど、では、ブログとメルマガは何がちがうのかといいますと、メルマガの特徴は、

「誰でも見られるわけではない」

というものです。自分の意志で申し込まれた方への媒体となります。

たとえば、私自身の中にも、ある部分では偏った思想や主張があります。でも、ブログではそれは決して書いたことはありません。

そして、ここ2、3年のブログ記事では「合理的な裏付け」をある程度、重要視しています。

かつては「おもしろければ何でもいい」的な部分がありましたが、ある程度の科学的な裏付けや、一般メディアなどで取りあげられていることなど合理性と公共性について、ある程度は重視をするようになりまして、あまりにも突拍子もないものをご紹介するのは避けています。

しかし、連日のように海外の記事を見ていますと、この、

「あまりにも突拍子もないもの」

とか、

「興味深いが合理性がまるでないもの」

とか、あるいは、

「異様なほど思想や考え方が偏っているもの」

というようなものは数多くあり、そういう中に面白いものがたくさんあることも事実なのです。

それらの多くは、智恵や情報としては「何の価値もないかもしれない」というようなものが多いかもしれないですけれど、うお座最後の時代の混沌を示しているという意味では、何らかの意義もある場合もあるのかもしれません。

メルマガでは、そのような「最近のブログ記事で避けてきた」ことについて取りあげられることになるのではないかなとも思っています。

そういう意味では楽しみでもあります。

また最近は、あまり下らない雑談なども、私の日常など興味のない人にはつまらないだけですので控え目にしているのですが、メルマガのほうでは多少は雑談とダジャレも大爆発させていただこうかと……(それはやめとけ)。

雑談とダジャレは冗談ですが、いずれにしましても、8月24日の金曜に In Deep メルマガの第1号がまぐまぐさんから発行されます。

メールマガジンの体裁や記事の組み立ては少しずつ試行錯誤してスタイルを作っていくつもりですので、最初はやや混沌とするかもしれません。

 

そんなわけで、ちょっと告知だけのつもりがとんでもなく長くなってしまいましたが、 In Deep メルマガもよろしくお願いいたします。

まぐまぐさんの登録ページは、

https://www.mag2.com/m/0001684042.html

となります。

あるいは、下の写真をクリックして下さってもまぐまぐさんのページに行きます。

登録月は無料です。

なお、このまぐまぐさんのページには、プロフィールと「サンプル号」がありますが、これはメルマガのサンプルというより、創刊のご挨拶と考えていただくと幸いです。

いろいろ昔のことを思い出していましたら、2008年頃からの 3年間、いつも「夢に出てくる変な老人」からいろいろと教わっていたことが浮かび上がり、そのことやシンクロニシティのことなどを書かせていだたいています。お読みいただけると嬉しいです。

そこにも書きましたが、この In Deep というブログは、

「連綿とつながったシンクロニシティの産物」

だと断言できるようには思っています。

そのシンクロニシティの連続に抵抗せずに流されてきたからこそ、これほど続いたのかもしれません。

それでは、よろしくお願いいたします。


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