ここにもエリス
少し前に、メルマガの読者様から『古代ギリシャのリアル』という本を教えていただいたことがあります。藤村シシンさんという女性の古代ギリシャ研究家の方による著作です。
そこに以下のような下りがありまして、興味を持ちました。
「古代ギリシャのリアル」より
哲学者アリストテレスは、人間が人間でいるためには、労働ではなく「schole (ヒマ)」こそが重要だ、と言っています。そして彼らはその中で政治的行為、学問、哲学をしていました。
哲学は古代ギリシャで花開きましたが、やはり「『美しい』とは何だろう」「人間とは何だろう」というような考え方は、ある程度ヒマがないと浮かんでこない問題かもしれません。
…古代ギリシャ人にとっては、すべての人間的で文明的な生活は、「ヒマな時間」から産まれるものでした。
ヒマがあってこそ初めて人間は学び、考えることができる……だからこそ、この古代ギリシャ語で「ヒマ」をあらわす「schole」が、英語の「学校(school)」の語源になっているのです。
私は、この「ヒマ」に関しては、チャンピオン的な人生で、まずは生まれた途端から病弱で、そのような幼少時代を過ごし、幼稚園はほぼまったく行けず、つまりヒマ。
これは小児ぜんそくが治った小学生まで続きましたが、、中学に入ると、時代は校内暴力的な要素が全国に広がった頃で、出欠なども次第に曖昧になっていた頃で、その後、十代が終わり、なんだかんだと二十代になっても三十代になっても、その後も「ヒマ」な状況は続きました。
まあ、それはどうでもいいんですが、この古代ギリシャ人のヒマという概念に興味を持ち、この本を読んでいましたら、ヘシオドスという人の『仕事と日』という著作から文章が引用されていたのです。
ヘシオドスとは以下のような人物です。
ヘーシオドスは、古代ギリシアの叙事詩人。紀元前 700年頃に活動したと推定される。『神統記』や『仕事と日』の作者として知られる。
こんな顔の人だったようですが。
ヘシオドス
npr.org
著作「古代ギリシャのリアル」には、この『仕事と日』から、以下の部分が引用されていました。
「今の時代は、鉄の種族の時代だ。この種族は神々によって苛酷な心労の種を与えられている」
ここに「鉄の種族」と出てきますが、ヘシオドスによれば、あるいは、古代ギリシャの伝によれば、地球にはこれまで五種類の種族(五種類の人類)がいた歴史があり、現在、つまり古代ギリシャから今の私たちの時代に至るまでの時代は、鉄の種族の時代なのだそうです。
その前の種族は、
・黄金の種族
・銀の種族
・青銅の種族
・英雄の種族
だったのだそう。
そして、現在の「鉄の種族」つまり私たちは、これらの中で「最も劣った種族」であり、そして、古代ギリシャで伝えられるところでは、鉄の種族が「どのように滅亡していくか」も描かれています。
ちなみに、こういう「地球の大きな歴史を五つの時代区分で語る」というのは、他にも古代のさまざまな概念にあり、アステカの神話でも、「今を五番目の太陽の時代」として、それ以前に 4つの太陽の時代があったとされていました。
第1の太陽 アトル(トナティウ) 水の太陽
第2の太陽 オセロトル(トナティウ) ジャガーの太陽
第3の太陽 キアウトル(トナティウ) 雨の太陽
第4の太陽 エヘカトル(トナティウ) 風の太陽
第5(現在)の太陽 オリン(トナティウ) 地震の太陽
これは、以下の 13年前くらいの記事で、海外の資料を翻訳したことがあります。
・アステカ神話の過去4つの世界と太陽。そして、現在の太陽トナティウの時代の終わりは
In Deep 2011年12月18日
話が少し逸れてしまいましたが、ヘシオドスのいう「五種類の種族」の違いを知りたいなあと思いまして、この『仕事と日』という本を購入したのです。
今日届いたのですが、表紙カバーもないボロボロの古本で、「いかにも古代ギリシャの本」という実感もあり(そういうことじゃないだろ)、パラパラと読んでいたのですが、
「冒頭、女神エリスの話から始まる」
のですね。
争いと戦争を誘う苛酷な神として知られている女神です。
女神エリスは、昨年知って、ずいぶん惚れ込んだ女神です。以下のような記事にあります。
・殺戮の中で地球に笑顔と自由が定着する日までの道程を、秩序と無秩序の同居を主張する「不和と争いの女神」エリスの言葉から知る
In Deep 2023年12月5日
その後、エリスは諍いと戦争の女神というより「カオスを介して、人々に束縛からの解放と自由と笑いをもたらす女神である」というようなことを個人的に思っていくのですけれど、それはともかく、このヘシオドスの著作が、女神エリスの話から始まったことには、とても印象的な出会いを感じました。
『仕事と日』は序文の後、以下のように始まります。なぜ、エリスから始まるのかの説明はないです。
ヘシオドス『仕事と日』より
二種のエリス
そもそも、エリスはひとりにあらず、この世には、二種のエリスがおいでなさった。
一つは、その本性を知る者は、誰しも善しとするであろうが、他の一つは咎むべきもの。二つのエリスはまったく異なる心情を持つ。
すなわち、一つは忌まわしき戦いと抗争をはびこらす残忍なエリスであり、人としてこの神を好む者は一人だにないが、神々の計らいとあれば止むことを得ず、この苛酷なエリスを崇め尊ぶ。
一方のエリスは漆黒のニュクス(原初の神で、夜の女神とされる)が長女として産んだものであり、高天に住まい、高き御座にいますクロノス(農耕の神)御子(ゼウス / 全知全能の主神)が、このエリスをば、大地の根に据え、人間にとっては、遙かに益あるものとされた。
このエリスは、根性なき男をも自覚させて仕事に向かわせる。仕事を怠けるなまけ者も、他人が孜々(しし)として耕し、植え、見事に家をととのえるのを見れば、働く気を起こす。
富を目指して励む人には、その隣人が羨望の思いを懐く。かかるエリスは、人間に益あるエリスだ。
されば陶工は陶工に、大工は大工に敵意を燃やし、また物乞いは物乞いどうし、怜人(うたびと)は怜人どうし互いを妬みあう。
エリスの話はまだまだ続きますが、著はこのように始まります。
しかし、どうでもいいですが、これは普通に読めば「二種のエリス」ではないですね。どちらも「人と人の間に対立やライバル心を生じさせる」という意味では、ほぼ同じかと。
一方では、その対立心が戦争や殺戮に向かわせ、しかし、場合によっては、人々の労働意欲や向上心の切磋琢磨につながると。
ということは、
「エリスは、良い時代ならば良いエリスとして君臨し、悪い時代ならば悪いエリスとして象徴される」
というだけのことなのかもしれません。
しかし、今回はエリスの話ではないですので、これはこのあたりまでとして、五種の種族です。
これを抜粋したい思います。
五種の種族
出てくるのは、
第一の種族 黄金の種族
第二の種族 銀の種族
第三の種族 青銅の種族
第四の種族 英雄の種族
第五の種族 鉄の種族 ※現在の人類
です。
まずは、現在の人類の前の第四の種族までです。
ヘシオドス『仕事と日』 - 「五時代の説話」より
(第一の種族 黄金の種族)
オリュンポスの館に住まう神々は、最初に人間の黄金の種族をお作りなされた。
これはクロノスがまだ天上に君臨しておられたクロノスの時代の人間たちで、心に悩みもなく、労苦も悲嘆も知らず、神々と異なることなく暮らしていた。
惨めな老年も訪れることなく、手足はいつまでも衰えず、あらゆる厄災を免れて、宴楽にひたっていた。
死ぬ時はさながら眠るがごとく、あらゆる善きものに恵まれ、豊沃な耕地はひとりでに溢れるほどの豊かな稔りをもたらし、人は幸せに満ち足りて、心静かに、気の向くにまかせて田畑の世話をしていた。
(第二の種族 銀の種族)
神々は、この種族の絶えた後にも今度は第二の種族、先のものには遙かに劣る銀の種族をお作りなされたが、これは姿も心も、黄金の種族とは似もつかぬものであった。
子供は百年の間、まったくの頑是ない(分別がない)幼子のままで家の内に戯れつつ、優しく気づかう母の膝もとで育てられた。
しかしやがて成長を始めて青年に達するや、おのれの無分別のゆえに、さまざまな禍いをこうむって、短い生涯を終える。
互いに無法な暴力を抑えることができず、不死なる神々を崇めることも、人間はその住む所に従って守るべき掟である、神々の聖なる祭壇に生贄を捧げることもしようとはしなかった。
(第三の種族 青銅の種族)
ついでゼウスは人間の第三の種族、青銅の種族をお作りになったが、これは銀の種族にはまったく似ておらず、トネリコの樹(落葉広葉樹)から生じたもので、恐るべく、かつ力も強く、悲惨なるアレーヌの業(戦いのこと)と暴力をこととする種族であった。
穀物は口にせず、その心は鋼のごとく苛酷で、傍らに近寄ることもできぬ。その力はあくまで強く、強靭な肢体には、無敵の強腕が両肩から生えている。
使う武器は青銅製、その住む家も青銅製で、青銅の農具を用いて田畑を耕す。黒き鉄はまだなかった。
(第四の種族 英雄の種族)
クロノスの御子ゼウスは、またも第四の種族を、豊饒の大地の上にお作りなされた。
これは先代よりも正しく、かつ優れた英雄たちの高貴なる種族で、半神と呼ばれるものであり、広大な地上にあって、われらの世代に先立つ種族であったのだ。
しかし、この種族も忌まわしき戦と恐るべき戦いとによって滅び去った。
ここまでです。
そして、現在の人類種である「鉄の種族」になると、ヘシオドスの説明は、途端に悲観的になります。
ヘシオドス『仕事と日』 - 「五時代の説話」より
(第五の種族 鉄の種族) ※ 現在の人類
かくなれば、私はもう、第五の種族とともに生きたくない。
むしろ、その前に死ぬか、その後に生まれたい。
今の世は、すなわち鉄の種族の代なのだ。
昼も夜も労苦と苦悩に苛まれ、そのやむ時はないであろうし、神々は苛酷な心労の種を与えられるであろう。
さまざまな禍いに混じって、なにがしかの善きこともあるではあろうが。
しかし、ゼウスはこの人間の種族をも、子が生まれながらにして、こめかみに白髪を生ずるに至れば、直ちに滅ぼされるであろう。
ここまでです。
「私はもう、第五の種族とともに生きたくない」とかまで言ってます。
この中の、
> 子が生まれながらにして、こめかみに白髪を生ずるに至れば、直ちに滅ぼされるであろう。
の「子が生まれながらにして、こめかみに白髪を…」は、どういう意味なんでしょうかね。子どもを生むような年齢で人々が白髪になるようになれば、という意味なのでしょうか。
ちょっとわからないですが、ヘシオドスは、古代ギリシャの見識として、私たちの代、つまり鉄の種族が滅亡する際について、以下のように記していました。
『仕事と日』より
父は子と、子は父と心が通わず、客は主人と、友は友と折り合わず、兄弟どうしも昔のように親密な仲とはならぬであろう。
親が年をとれば、たちまちこれを冷遇し、悪罵を放ってそしるようになる。神々を恐れることを知らぬ、けしからぬ振る舞いだ。
…正義は力にあるとする輩で、互いにその国を侵すことになるであろう。誓いを守る者、正義の士、善人を尊ぶ気風はすたれ、むしろ悪事を働く者、暴力をふるう者を重んじるようになる。
正義は腕力の中にあり、羞恥の心は地をはらうであろう。
…悲惨なる人間には誰かれとなく、「嫉妬心」がとりついて離れぬであろう。口汚く、凶事を好み、憎々しい面がまえの「嫉妬心」が。
社会がこのようになると、鉄の種族は滅びますよ、と。
「むしろ悪事を働く者を重んじるようになる」あたりは、もうなっている気はしますが。
私たちが鉄の種族である科学的な理由もある
なお、先日のメルマガでは、まだこの『仕事と日』を手にしていなかったですので、「鉄の種族」というものをいろいろと想像したことを書いたりしていましたが、科学的に、
「現生人類は、確かに鉄」
なのです。
そのことを書いたりしていたのですが、メルマガから抜粋します。
2024年04月19日のメルマガより
この「鉄の種族」の何に感銘したというと、
「その通りだから」
です。
10年以上前のことですが、「なぜ血は赤いのか」ということに興味を持ったことがありました。科学的には、以下の通りに「ヘモグロビンが鉄の要素を持っている」から、血は赤いことを知りました。
2012年11月28日の In Deep より
人間の血液が赤いのは、呼吸色素のヘモグロビンが赤いからです。ヘモグロビンは鉄イオンと錯体を形成しています。赤いのはこの鉄の色です。動脈血は鉄イオンが酸素と結合しているため鮮赤色(鮮やかな赤色)をしていて、静脈血は酸素と結合していないので暗赤色(暗い赤色)をしています。
ここまでです。
さらに面白いのは、「赤血球は人体で DNA を持たない、ほぼ唯一の部分」ということもあります。
2012年11月28日の In Deep より
真核生物の DNA は、細胞核とミトコンドリアと葉緑体に含まれています。ヒトを含め哺乳類の赤血球は、成熟の途中で細胞核とミトコンドリア等の細胞器官を失っているので、正常ではない場合を除くと、 DNA を持っていません。
赤血球には核も DNA もないのです。
人間、あるいは「赤い血を持つ」脊椎動物のほとんどは、全身にその赤い血が走っているわけで、それにより生きています。しかし、その赤い血の「赤の色」は鉄の分子の色であり、さらには、それは DNA を持たない、つまり「遺伝情報を持たない」ものなのです。
もっといえば、このような生物ともいえないような器官(血液は器官ではないですが)が、人間を駆動させているという現実があります。
それだけに、今回のヘシオドスさんの「鉄の種族」という表現には、まったく感じ入った次第です。
もっと言えば、人間の血液が「鉄の要素を持っている」からこそ、人間は「磁気」に反応する。
つまり、太陽に反応する。
嶋中雄二著『太陽活動と景気』より
血液中のヘモグロビンは鉄と色素の複合体であるヘムと蛋白質であるグロビンから成るが、グロビンは「反磁性」とされているから、本質的には鉄の科学的状態が血液の磁気的性質を発生させていると考えられるのである。
前の 4つの時代である、
「黄金の種族、銀の種族、青銅の種族、英雄の種族」
は、英雄の種族というなんだかわかりづらいものを除けば、金も銀も青銅も「磁性はない」はずです。これらは磁石にはつきません。
つまり、黄金の種族、銀の種族、青銅の種族、英雄の種族など、過去の種族は、
「太陽にコントロールされない種族だった」
とも考えられます。
もっとも、それぞれの時代の太陽が、今の太陽と同じような科学的作用を持っていたならば、ですが。
ここまでです。
あと、とてもわかりやすい現実として、「今の文明の根幹が鉄」だということもあります。いろいろと文化が複雑になっていても、今でも、鉄がなければ、建築現場の足場さえ組めません。基本的に、現在の世の文明は鉄です。
あと、話がやや複雑になるかもしれないですが、先ほど、「現生人類と、赤い血を持つ動物はすべて体に磁性を持っているため、太陽にコントロールされる」ということについて書きましたけれど、中世オカルトの世界、つまり薔薇十字とかシュタイナー的な学問もそうなんでしょうけれど、
「もともとは物理的な太陽はなかった」
とするものだったという説が存在します。
以下は、十数年前に、当時のブログの読者様が下さったメールの内容の一部です。やや狂気的な部分も感じられるかもしれないですが、これは、中世の神秘学の真っ当な考え方です。
2010年5月に頂いたメールより
…人間によって認識される物理的な宇宙が誕生したのは、つい最近のことです。
それを観察する科学が人間中心であるのは当然といえば、当然かも知れません。ロジックによって把握する対象として宇宙が存在を開始したのは、ロジックを駆使するようになった人間の大脳の誕生と密接に関わりがあります。
人間はそれ以前に存在していた "見えない" ロジックの宇宙を "見える" ロジックとして観察することが出来るようになりました。
これは物理的な脳が誕生したおかげです。人間のロジックは宇宙のそれの模倣に過ぎませんが、でもこの模倣を可能にする大脳という精密な器官を作り上げるために、宇宙はとてつもない長い時間と労力を費やして来ました。
だからある意味、科学的な認識手法というのはこの宇宙の最大の成果であると言えます。
それ以前の宇宙は、光があっても太陽がないようなものでした。内的な光で認識されただけです。
しかし実際、太陽が出現し、またこれによって眼という器官が形成され、そして脳が作り出されました。
人類がこの能力をどう利用したかは別として、人間における理知的な行為を可能にする完成された脳神経系は、どう見積もっても神の最高傑作であるに違いありません。
そして人間に与えられたこの認識力の限り、ロゴスの象徴である太陽のなかに根源的な神性を知ることこそ、霊的な伝統のいずれの系譜においても追求されてきた共通の課題でした。
こういう観念があるとして、それに加えて「血液という鉄を持つ私たち人類」は、太陽の磁性によって常に物理的に正確に影響を受け続けています。暴力の増加などもその影響のひとつです。
もちろん、脳にも血液という「鉄」は常に循環し続けています。
全身全霊で太陽の磁性にコントロールされているのが現世の人類と脊椎動物であり、そして、植物(被子植物)もまた、物理的な太陽(の光)がないと生きられないほど、強く太陽に影響を受けています。
そういう意味では、現生というのは、文字通り「太陽の時代」ともいえるのかもしれません。
いつか遠い未来に他の種族がこの地球に現れるとした場合、過去のいずれの種族とも共通しないものになったとして、そこには、「鉄からの解放」や「磁性からの解放」というものが含まれるようにも思います。
さらにいえば、「物質からの解放」というものも含まれるのなら、それは魅力的なことではあります。
ともあれ、古代ギリシャを知見を知ることができまして、ヘシオドス爺さんに感謝いたします。
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