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縄文人と現代の日本人の食生活がほぼ同じであることが科学的に判明 : 東京大学の研究所による縄文人の人骨と日本人の毛髪の放射性同位体の分析は驚くほど似ていた

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青森県観光情報サイト アプティネット




 

現代の日本人は縄文時代の生活を守り続けた

ブログでもメルマガでも、「縄文人と今の日本人」ということについて書かせていただくことが増えました。

そのようなことに関心を持ってから特に感銘を受けたのは、沖縄の久高島という島で 12年に 1度行われていた「イザイホーの儀式」というものを最近知り、それは「女性を神の位置」に導くための儀式ですが、それを知ったときに、翻然と、

「縄文人もそうだったはずだ」

と思いまして、そして、「日本の神は《女性という神性》だった」と、あくまでも私個人としてですが、翻然と悟りました。

これについては、以下で記事にしています。

沖縄の首里城の火災で知ったイザイホーの儀式の意味から「日本の神性の正体」に気づく

それで、以前、こちらの記事で、作家の山本七平さんの著作『日本人とは何か』の一部分を取り上げまして、その中に、「縄文時代と今の日本人が食べているものは基本的に変わらない」ということにふれている部分があります。

これは特に科学的にそのように述べているのではなく、感覚的なものですが、山本さんは以下のように記されていました。

山本七平『日本人とは何か』より

面白いのは、日本料理の中には今も縄文時代の食物の名残が数多くあることである。ある料亭で数人の学者と会合していたが、その一人が縄文時代の食物残渣を発掘した話をした。すると別の一人が、「では、いまわれわれが食べているものとあまり変わりがないのですな」と言った。

そこでみなが改めて食卓を見ると、栗・ぎんなん・貝・川魚・沢ガニ・エビなどがあり、みな思わず笑い出した。料理の仕方は変わっても、この種の日本の天然物を料理することは昔も今も変わっていない。

前述の中国人が指摘したように、料理に関する限り、日本人は縄文的であって中国的ではないらしい。一体なぜこのような、中国とも韓国とも違う食文化が生じ、それが現代まで継続しているのであろうか。

私も感覚的には、現代の日本人は、その日常の食事においては「縄文時代と変わらないかもしれない」とは思っていました。

しかし、「やはり、これは感覚的なものに過ぎないのかな」とも思っていました。

 

ところが。

 

ですね(変な区切りすな)。

この命題である

「現代の日本人は、縄文人と同じものを食べている」

ということは、科学的にも証明されていたことを、つい最近知ったのです。

松井 章さんという方の書かれた『野生から家畜へ (食の文化フォーラム 33)』という著作の中にある内容が紹介されているサイトがあり、これによりますと、縄文人の人骨と、現代の日本人の毛髪などの「同位体の組成の分析」により、縄文人・日本人双方の食事内容の傾向の相似がわかるらしいのです。

東京大学総合研究博物館の科学者である米田 謙さんという方による分析で、論文「同位体分析からみた家畜化と日本人の食」に掲載されているものですが、そこにある図を見て非常に驚いたのです。

学術論文に掲載されている図であることもありまして、わかりやすいとはいえないのですが、ご覧いただきたいと思います。

以下は、縄文時代後期の食生活についての放射性炭素年代測定の結果となります。簡単にいえば、

「この図の分布と似た分布であれば、似た食生活をしている」

ということになります。

縄文時代後期の人骨の同位体組成分析の結果

松井章『野生から家畜へ』

横に小さな文字がありますが、これは人骨の採掘された場所を示していて、北海道から沖縄までが含まれます。

そして、この分析図が示すところは、当時の縄文人の食生活は、環境に応じて非常な多様性を持っていたということです。

次が「現代の日本人」の毛髪の同位体分析の結果です。

現代の日本人の同位体組成分析の結果

研究者によれば、縄文人の同位体組成と、現代の日本人の同位体組成は、驚くほど似ていて、著作には以下のようにさえ書かれています。

『野生から家畜へ』より

現代日本人の食生活は、炭素と窒素の同位体比で見ると驚くほどよく似ており、縄文時代の一つの集落の個人差よりも小さいほどだ。

同位体生態学からみると、現代日本人が生態系から隔絶した、人為環境に適応した生物ということができる。

同位体分析では、縄文人と現在の日本人が食べているものの内容は、

> 縄文時代の一つの集落の個人差よりも小さいほど

だというのです。

ほとんどまったく同じだといっていいのかもしれません。

先ほどの山本七平さんのエピソードに出てきました、

> 「では、いまわれわれが食べているものとあまり変わりがないのですな」と言った。

というのは、分析の結果でもまさにその通りであり、「本当に同じようものを、あるいは同じように食べている」と言えそうなのです。

「同じように」というのは、つまり、野菜やイモや枝豆などを茹でたりとか、そういう単純な調理のおかずが日本では今でも一般的であり、魚なども普通の家庭の食事では「ただ焼いて食べる」のが圧倒的だと思います。

縄文時代も現代の日本人も食べるものについての「地域差」はあり、北海道と沖縄の縄文人では、食べていた食材の主力はそれぞれ違いますが、その地域差の食生活の多様性も今の日本人に引き継がれていることかもしれません。

ちなみに、2018年の東洋経済の記事によれば、現在の日本人の 12%ほどが縄文人の DNA を引き継いでいるのだそうですが、沖縄とアイヌの人たちは、その率がもっと高いのだそうです。

いずれにしましても、現在の日本人は、食生活に関して縄文時代から連綿とその基本を守り続けてきたということを科学的に知ることができたことは幸いです。

せっかくですので、縄文人と関連した 2019年5月24日に発行したメルマガの一部をご紹介したいと思います。タイトルは、『私たち日本人は「永遠の縄文文明」の中で闘いながら生きている』というものです。

この号も、本題と関係ない内容が多いですので、そのあたりを削除して、縄文と関係した部分を抜粋させていただきます。

ここからです。

 


私たち日本人は「永遠の縄文文明」の中で闘いながら生きている

 In Deep メルマガ 第40号

 

《日本人は縄文時代の記憶を引き継いでいる》

 

先日、古本屋さんで本を眺めていましたら、
作家の山本七平さんの

『日本人とは何か』

という本がありました。

山本さんは、ブログでもふれることがありますが、
中学に入って以来まったく本を読まなくなっていた私が、
15歳くらいの時に読んで、
非常にショックを受けた著作『私の中の日本軍』の作者です。

『私の中の日本軍』は、自らが従軍していた戦争の記録と、
そこから考える「その時代の日本に漂う思想のいびつさ」
などを検証しているものですが、細かい内容はともかくとして、
この本を読んで、私は、

「人や周囲の考えからではなく、自分の考えで物事を正確に考慮し、
そして、真実に至ることがどれだけ大事なことか」

ということを初めて知ることになったのです。

この本を読んで、私は、

「扇動されないこと」

「思考や思想は自分の中からだけ出るものを重視すること」

を基本として生きるようになりました。

(中略)

いずれにしましても、そのように

「自分で考えることの重要さ」

について、十代で知り得たことは、ラッキーだったと思います。

そのような山本七平さんなんですけれど、
実は、私は山本さんの戦争関係の本はことごとく読んだのですが、
それ以外はあまり読んでいないのですね。

それで、古本屋さんにあった、この『日本人とは』
という著作を購入させていだきました。

そこには、いくつか興味深い記述がありました。

たとえば、「日本文化の根底は縄文文化にある」
ということを記しているページに、以下のような

「現在の日本料理は、基本的には縄文時代と変わらない」

という記述がありました。

《山本七平『日本人とは何か』より》
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
面白いのは、日本料理の中には今も縄文時代の食物の名残が
数多くあることである。

ある料亭で数人の学者と会合していたが、
その一人が縄文時代の食物残渣を発掘した話をした。

すると別の一人が、「では、いまわれわれが食べているものと
あまり変わりがないのですな」と言った。

そこでみなが改めて食卓を見ると、
栗・ぎんなん・貝・川魚・沢ガニ・エビなどがあり、みな思わず笑い出した。

料理の仕方は変わっても、
この種の日本の天然物を料理することは昔も今も変わっていない。

前述の中国人が指摘したように、料理に関する限り、
日本人は縄文的であって中国的ではないらしい。

一体なぜこのような、中国とも韓国とも違う食文化が生じ、
それが現代まで継続しているのであろうか。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(ここまで)

縄文時代の食生活が非常に豊かであったことは、
遺跡からはっきりとしていまして、
たとえば、栃木県埋蔵文化センターのページには、
当時の食事として、以下のようなものがあったとしています。

(縄文時代に食べられていたもの)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ドングリ類(ナラ、カシ、シイなどの実)、
カヤ、ヤマモモ、サンショウ、ヒシ、
ノビルなどの野菜)

山菜(タラの芽、ウド、ワラビ、ゼンマイ
など)、キノコあるいは根茎類(ヤマイモ、
ユリの根、カタクリの根など)

海に近い地域では、マグロ、カツオ、マダ
イ、クロダイやスズキ、フグ(毒抜き
の方法を知っていた模様)。

内陸部ではフナ、コイ、ニゴイ、ギバチ
などの淡水魚、マス、サケ。

シカ、イノシシ、サル、タヌキなど。

https://bit.ly/2VKYkLQ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(ここまで)

すごいなあと思うのは、

「今でも日本人はここにあるものをほとんど日常的に食べている」

のです。

サルは毎晩食べますしね(やめなさい)。

まあ、滑りやすい冗談はともかく、
現実として、動物以外は、
上にある野菜や山菜は、今でも、そのほとんどがスーパーにあります。

縄文時代というのは、諸説あるとはいえ、
始まったのが、1万6000年前頃とされていて、
その終わりが2300年前だとされます。

つまり、今の私たちは1万年以上前と、
それほど変わらない日常食をとっているのです。

世界の他のどの国にも、

「1万年前の食生活がそのまま残る国」

というのはあまりないと思います。

1万年前の日本人が食べていたものを、
その中の何十種類を日本人は今も食べている。

食べ方も、それほど大きな変化はないように思います。

逆にいえば、1万年前に、
日本人の食生活は(日本人のための食餌として)
完成していたのかもしれません。

おそらく、この「ずっと続いている」という部分は、
日本人の根幹の精神性にふれる部分なのだとも思いますが、
それはどういう精神性かといいますと、

「日本人は、本当は縄文時代から離れたくなかった」

という精神性です。

以前のメルマガで、私は、2011年3月11日の震災の直後に、
いろいろな思想が頭の中で炸裂したことを書きました。

実は、この「食べ物と日本人」ということについても、
その3月11日を境に、いろいろなことを思うようになりました。

当時の震災数日後のブログにも、
頻繁に「日本人と食べ物」のことが出てきます。

少し抜粋しますと、たとえば、

◎歓喜する第8領域の生命たち
In Deep 2011年03月24日

https://bit.ly/2WomC2y

という記事では、途中で以下のように書いています。

(2011年の震災直後のIn Deepより)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

どの記事だったかわからないですが、

「日本人は他の国の人々が食べ物とは認識しないものをコツコツと食べていた」

というようなことを書いたことがあります

また、やはり過去記事の中で、

「死んだ宇宙と死んだ生命の、機械的で自動的な運営を、
もう一度宇宙の中で「再起動」させるために
人類が関わることができるチャンスに巡り会っている可能性」

ということを書いたのですが、海底に一見、無意味げに漂う海藻たちが、
もし、どの人間からも注目の対象にも食べ物としても見られることがなければ、

「海藻たちは宇宙の存在として永遠に死んでいた」

ということになっていたのかもしれないです。

しかし、それを

「おっ、この海のゴミみたいのって食えるじゃん」

と認識して、実際に食べたりすることによって、
海藻たちは「存在の再起動」を果たした。

それどころか、
海藻はいつの間にか日本人の毎日の食事のローテーションに組まれていたりする。

わかめ、こんぶ、もずく、めかぶ、とろろこんぶ、と、
いろんな名称でスーパーに並び、
あるいは、お店でお刺身、あるいは、海藻サラダなんてものを頼むと、
何だか名前のわからない数々の色とりどりの海藻が魚の横に並び、
それは全部食べられる。

そのうち、「海のゴミ」などと呼ばれていたものが、
「海の宝石」とか呼ばれるようになっていく。

その「見向かれない存在を宝としていくこと」が
日常となったのが日本の日常食の風景だと思います。

ここ数十年は様々な食文化が入ってきましたが、
それは「食文化が多彩になった」ことを意味しても、
これまでの食文化の根底が揺らいだという意味ではないはずです。

昔からの日本の食べ物は、
相変わらずスーパーで主力商品として並んでいます。

今では、いろいろな日本料理が世界に紹介されていますが、
実は、日本食文化の根幹ともいえる、
これらの海藻や納豆や梅干しや塩辛や卵かけごはんなどというのは、
今でも基本的には他の国の食文化には馴染まないものです。

それは

「茶碗を持って、ズズズと食べる」

という食事の基本スタイルと相まって、
どうにもならない面はあります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(ここまで)

この記述の後のほうには、

> ノビルにワラビにゼンマイ、タラの芽、フキにセリにジュンサイ・・・

と書いていますが、
これはほぼ全部、縄文人の食べ物でもあります。

さらに、震災1週間目のころの、

◎本来の日本人が尊敬していた「食べ物という存在」
In Deep 2011年03月18日

https://bit.ly/2YNVFTr

という記事では、私たち日本人という存在は、本来は、
古代から現在まで、「食べ物を尊敬していたはず」
だというようなことを書きました。

今読み返してみると、以下のような大げさなことも書いていました。

(震災直後のIn Deep記事より)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

今、私たちは全国規模での食べ物の逼迫という状態を味わっていて、
これはつらいことですが、
しかし、その中で、昔の「日本人と食べ物の関係」のことを思い出して、
今までのことを反省しようと私は思っています。

私はこの数十年はさんざん食べ物を粗末に食い散らかしてきました。

その傾向が突然変わるとも思えないですが、
もう少し食べ物と向かい合って、彼らを意識して摂取したいと思います。

ずっと考えていた「食べることの意味」。

その全容はまだわからないですが、少しずつわかってきたような気もします。

すなわち、食べることとは、

「宇宙の意識と人類をつなぐための作業かもしれない」

と思うのです。

人類はアカシックレコードのようなものから自立しましたが、
他の生き物たちはそちら、つまり宇宙のほうにいるように感じます。

だから、食べるという行為を通じて、
宇宙の意識と人類の存在そのものを繋いでいると考えます。

そう考えると、「食べる」ということは極めて神聖な行為だとも思われます。

そして、その神聖さを保つためには、
私たちは特別なことをせず今までとおりでいいのだと思います。

ただ、今までよりもっともっと食べ物を大事にしながら。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(ここまで)

震災直後には、こんなことさえ考えていたのに、
また年月が経つと共に、気づくと、以前ほどではないにしても、
やや粗末に食べたり、食べ物を残したりしている。

しかしですね。

今、私たちは、日本人らしく戻ることのできるチャンスに、
また恵まれる可能性もあると思うのです。

最近、

「食糧危機が起きる可能性」

について書かせていただくことがあります。

実際に、食糧の問題がどうなるかは今はわかりません。

何か特別な解決策が提示されるかもしれないですし、
今後、他の国々で農業の状況が非常に良くなるかもしれないですし、
そういうことがあれば、回避できるものなのかもしれません。

しかし、現状のままで進みますと、
少なくとも、ある程度の食糧供給の問題はさけられないかもしれません。

そして、価格の高騰や品薄といったようなことが起きてきた時には、むしろ、

「これは食べ物を大切に考えられるための機会ではないか」

というようにも思ったりもするのです。

何かとてつもなく大きな異変が発生していかないと、
今の日本人は、本当に、

「縄文人に戻ることができなくなる」

ような気がするのです。

日本人のDNAの中には、「縄文文化から離れられない何か」
が刻み込まれているはずで、

「存在としての日本人の独自性の不思議さ」

も、

「私たち日本人はいつでも縄文文化の中に生きている」

という概念をもとに考えれば、
とてもわかりやすいのでないかと。

これは、以下のブログ記事で書かせていただいたことがあります。

◎日本人はエイリアン:核DNAの
解析の末「オリジナルの日本人が
周辺アジアのどこにも見つからな
い」ことで日本人の出自が完全に
わからなくなっている今だからこ
言ってみる
In Deep 2016年9月21日

https://bit.ly/2qADHVt

そして、この「突然出現した奇妙な日本人」とは、
どのようなものだったか、
ということが、先ほどの山本七平さんの著作で少しわかったのです。

その部分を抜粋します。

著作の第一章の冒頭部分です。

《山本七平『日本人とは何か』より》
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「日本人」 - 外国人はこの名称を付された民族に、
「何か理解しかねるものがある」という感じを持つことがあるらしい。

その感じから出たらしい質問に接した場合、
私は大体、次のように答える。

「日本人は東アジアの最後進民族です。
先進・後進を何によってきめるか、
どのような尺度を採用するかは相当にむずかしい問題でしょうが、
たとえば数字ですね。
中国人は偉大な民族で、西暦元ゼロ年ごろ、
すでに代数の初歩を解いていたのですが、
当時の日本人ときたら、
やっと水稲栽培の技術が全国的に広がったらしいという段階、
まだ自らの文字も持たず、統一国家も形成しておらず、
どうやら石器時代から脱却した状態です」

「この水稲栽培すなわち農業に不可欠なのが正確な暦ですが、
ヨーロッパ人がメトン法(十九年七閏の法)を発見したのが紀元前四三二年、
一方中国人は紀元前六〇〇年ごろにすでにこれを発見していました。
中国人は当時の超先進民族です。

そのころの日本ですか?
縄文後期でまだ石器時代、もちろん農業も知りません」

「当時の中国と日本とを比較した人がいたとしたら、その文化格差は、
まさに絶望的懸隔と見えたでしょう。
常にそう見られて不思議でない民族なんです。
それが何かの刺戟で恐ろしいばかりの速度で駆け出すというだけです。
いわば、人類史を駆け抜けて来た民族なんです。」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(ここまで)

日本人は、近代の人類史に登場してから、
ここにありますように、

「恐ろしいばかりの速度で駆け出し始めた」

のでした。

紀元前の日本人は、

> まだ自らの文字も持たず

という民族だったのが、その後の有史を壮絶に走り抜けてきた。

文字を持たず、物質的な文明に囚われていなかった縄文文化と、
その文明の中の日本人は、

「きわめて右脳的な、あるいは《精神的な文明の中の民族》だった」

といえると思われます。

しかし、山本七平さんの記述にあります通り、
当時、日本を取り囲む国々は、文字や数字に基づく文明を作り、
その中国やヨーロッパは、つまり、

「物質文明を発展させていった」

わけです。

これは縄文的な文明との整合性があまりない文明です。

できることなら、日本人は、そんな文明とは関わらずにいたかったけれども、
その「試練の時」が、有史あたりから始まったのですね。

そして、近代に及ぶにつれて、

「日本はついに物質文明社会の頂点に走り向かう」

ことになり、その後の日本人の世界文明と文化への発展の寄与は、
どれだけものすごいものだったかは、特に書く必要もないことです。

物質文明の中で、数多くのジャンルでトップを誇った日本人。

中国やヨーロッパが何千年もかけて進んだような道を、
あっという間に大きく超えていく。

やろうと思えば、何でもできる。

サルも食べられる(それはいいから)。

しかし、そんな「物質文明の中を走り続けてきた歴史」の中でも、
私たち日本人は、常に縄文時代と同じものを食べ続けた。

先ほど書いたように、私は、

「食べるということは人間と宇宙をつなぐもの」

だと感じていますので、
今の私たち日本人が、「縄文時代と食べるものが変わっていない」
というのは非常に重要なことだと思うのです。

縄文時代と今の私たちは、
食べ物の点で同じ宇宙とつながっている。

そして、これが、核DNAの調査からは、

「突然、この世に出てきたとしか思えない日本人」

が、この世に出現した理由だと思ったのです。

つまり、日本人が登場したのは、

「物質文明とのガチバトルの試練をくぐり抜けるためだ」

と。

同時にこのようにも思いました。

「もういいじゃない。走らなくても」

と。

先ほど書きましたように、今の私は、

「日本人の精神性の根幹は、縄文時代に戻ること」

だと思っています。

もちろん、縄文自体と同じスタイルの生活をするというようなことではなく、
物質至上主義ではない右脳型の文明という意味で、です。

私たち日本人は、この文明史を激しく駆け抜けてきて、

「もはや壁にぶつかって止まっていい段階」

に来ているのではないかと思うのです。

日本の社会の精神性の病み方を見ますと、もう潮時ではないかと。

他の多くの民族の人たちは、
今後も、物質至上型の文明に依存するしかないでしょうけれど、
日本人は、あるいは多くの先住民族の人たちもそうですが、
われわれは本来的には物質文明の中に居続ける者ではないと思います。

良い悪いの問題ではなく、
日本人はとても違うのだと思います。

いずれにしましても、
もう物質社会の中を走り続けることには無理が生じている気がします。

そして、本当に無理だとという意識が、
あるいは深層意識などでもいいですけれど、
そういうものが多くの日本人の中に生じたり気づいたりすれば、
私たちの中にあるDNAは自然と導いてくれるはずです。

日本人として「戻る場所」へと。

時間はかかっても、
少しでもそのようになっていくのではないかと。





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