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ヨベルの年に思う「富とは何か」

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見えるもの、見えないもの

以前、ユダヤ暦で重要な時期である「シュミータ」の期間が 9月の終わり頃までで、現在「ヨベルの年」(である可能性)であることなどを以下の記事で書かせていただいたことがあります。

 

[記事] つい先日までユダヤ暦の「シュミータ」の期間で、そして今、49年サイクルの「ヨベルの年」に入った可能性があることを今にして知る…
 In Deep 2022年10月1日

 

日刊ゲンダイの記事にあった、投資助言会社社長の松島修さんという方の記事を偶然読んだことで、ヨベルの年を思い出したのですけれど、「日本の投資関係の人にも、シュミータとかヨベルの年まで考慮している方がいらっしゃるのだなあ」と、それまで存じない方だったのですけれど、この松島修さんという方の REAL INTELLIGENCE というサイトを見てみました。

投資そのものについては、私は門外漢ですので、投資についてはいいのですが、さまざまな記事の中に「」という定義がよく書かれてあるのです。

この「富」ということについて、最近ボンヤリと考えることがたまにあったこともあり、興味を持ちました。

一般的に「富」というと、まあいわゆる資産的なものをいうことが多いですが、それはそれとしても、日本語として富という概念は、物質にとどまるものではないはずで、それでは、富とはいったい何なのだろうと。

こんなことを考えるのも、今がヨベルの年(かもしれない)ことも関係しているのですけれど、

「今後、さまざまな方面で、とんでもなく激しい局面が来る」

と、私自身はうっすらと考えるようになっています。

たとえば、これはいわゆる資産的な話ですが、アメリカの市場の大混乱は、すでにリーマンショック時に並ぶ様相を呈していて、以下の報道は 10月21日のアメリカの市場に関してですけれど、「なんかこれからムチャクチャになっていく気配がある」のです。

(報道)米国の信用市場が世紀の大混乱。債券ETFがリーマンショック時に並ぶ下落に (2022/10/22)

 

あるいは、アメリカのブルームバーグの推計で「 2023年10月までの景気後退予測の確率が、100パーセントになった」と報じられたりもしています。

市場とか経済だけではなく、さまざまな面で、人生で一度くらいしか経験しないような派手な時代に突入していくのではないかという気がややしています。

あまりにも激しい変化の中で、「資産も何も、なーんにもなくなってしまう」というようなことが起きないとも限らない。

昭和 21年には、日本で預金封鎖がありましたが、あれでほとんどの日本人が、土地家屋を含めて、ほぼすべての資産を失いました

そういうようなことが「かつてはあった」。

これは、『日本銀行職場百年史』という資料に記録されている、この時の大蔵大臣だった澁澤敬三氏の言葉から、この時の預金封鎖の「目的」は以下のようなことだと後に判明するのです。

「預金封鎖の間に、国民の財産(現金、不動産など)に高い税率(税率90%)をかけることにより、徹底的な財産の没収を行って、国の借金に充てること」

であり、預金封鎖の本当の目的は、預金を封鎖するというほうではなく、「国民からの全財産の没収」でした。

財産に対しての税率 90%を支払える人などほぼいないはずで、財産を手放すしかなくなるわけです。

これは、こちらの記事でも少しふれていますし、2004年の『元日銀マンが教える預金封鎖』という著作にも詳しく書かれています。

これは単なる例で、言いたいことは、預金封鎖がどうこうということではなく、そういうような「物質的に何にもなくなる」ようなことが絶対にないとは言えないかもしれない。

 

そのように、本当に「物質的なものが何にもなくなった時」に、

「何が富になるのだろう」

というような考えでしょうか。

 

先ほどの松島修さんのサイトを見ると、この「富」という定義が数多くのページに書かれているのですが、松島さんの定義では、以下のようになるということのようです。実際のページには、詳しく書かれていますが、ここでは項目だけあげます。

 

1. お金や株・金・不動産など、資産

2. 才能

3. 知恵 

4. 愛情(家族や友人、周囲の人間関係)

5. 環境(生まれ育ち、経験)

6. 自分という富(健康・品性・品格)

7. 使命

 

とありました。

そして結局、1から5までの項目は「7. 使命」に向かって進むためにあると。

なら、使命がまずないと、他も成り立たないということになりそうです。

 

「使命かあ…」

と思いましたけれど、実は私にはあるにはあるのです。

それは、

「自分自身を助けること」

でした。

もっといえば、ややオカルトですが、

「自分の魂を助ける」

ということでしょうか。

これについては、もう 8年くらい前の記事ですが、以下で少しふれています。

 

[記事] 自分が「今生」に生まれた理由がやっとわかったのは嬉しいけれども、恐怖と不安からの解放の前に立ちはだかる「西洋科学的思考」
 In Deep 2015年04月17日

 

私には、記憶がある小さな幼児の頃から「正体も原因もわからない根源的な恐怖」が常に内部にあり、この数年前に気づいたことは、私の生きている目的は、

 

「この根源的な恐怖と対峙して、これを消し去ってから死ぬ」

 

ことなのではないかと。

そう思ったのです。

おそらく、訳のわからない記事になると思いますが、少し書いてみたいと思います。

 

 

自分で自分を支配する

この 2015年などの頃は、シュタイナーさんだとか、中村天風さんとかノグッチ(野口晴哉さん)とかの本を読んでいた頃です。

そして、この 10年くらいの間に読んでいた中で、最も「実際的な生活態度として参考になった」のが、ルドルフ・シュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』という著作の中の、「十二弁の蓮華の育成のための六つの条件」という項目でした。

以下になります。

十二弁の蓮華の育成のための六つの条件

(1)自分自身の思考の流れを支配すること
(2)思考の場合とまったく同じような首尾一貫性を行為においても保持する
(3)粘り強さの育成
(4)人間や、ほかの存在や、さまざまな事実に対する寛大な態度(寛容さ)
(5)人生のさまざまな現象に対するとらわれない態度
(6)ある種の人生の均衡状態(平静さ)を捕獲すること

 

私は今でも高次の意味もわからないですし、「十二弁の蓮華」というのも何のことだかわかりません。

しかし、この6項目のつらなりを見た時、

「これだよなあ」

と何となく思ったんですよ。

 

「(1)自分自身の思考の流れを支配すること」は、つまり周囲の事象や感情や「空気」に支配されるのではなく、自分で自分を支配する。「(5)人生のさまざまな現象に対するとらわれない態度」というのも、「自分で考えてみる」という態度に結びついていきました。

変な話ですが、この数年後にコロナワクチンの時代がやってきたのもタイミングとしては悪くはなく、最初に、「まず考えよう」と思えたのもこの影響かもしれません。

(もっといえば、どんなものでも「やってきた」のではなく、自分が招いているという中村天風さんの考えなどもあります。つまり、コロナワクチンは、私自身が引き寄せた)

まあただ、ワクチンに関しては、それ以前に、スパイクタンパク質自体が血管の内皮に損傷を与えることがわかっていましたので、どのみち関わらなかったとは思いますが、それでも、これも、執拗にコロナウイルスというもののことを調べていたからだとは思います。

この「自分自身の思考の流れを支配する」という概念を知らなければ……昔の私だったら、「空気」に流されて、今頃 5回目のブースターを打っていたかもしれません。

 

「(3)粘り強さの育成」も、メルマガなどで執拗に同じダジャレを続けさせていただいているあたりに生かされています(それはみんなすごく迷惑してるから)。

ただデスね((3)粘り強さの育成…)、その「根源的な恐怖と対峙して、これを消し去る」ということができたかというと、

「全然できていない」

のも確かです。

だからまだ基本的には死ねない。

このまま死ねば、また根源的な恐怖を抱えて生まれてきてしまう。

 

それでも、シュタイナーさんの『いかにして高次の世界を認識するか』は、正直とても助かった本でした。理論も思想も全然わからなくとも、実用本といえると思います。

同じころに、フレッド・ホイル博士の著作にあるような「超のつく合理性」を知ったのも時期として、とてもよかったと思います。

 

このあたりから少しずつ知ったことは、

「この世に曖昧なものはない」

ということでした。

 

地上にあるものには、すべてに明確に意味か、あるいは物質そのものが存在し、そこには曖昧なものは一切ないと。

ちょっと前にやや妙な「月と女性のサイクルのリンク」についてのような記事を書きました……以下の記事です。

 

[記事] 「夜空の月と、地上の月」 : ワクチンでの月経異常の拡大から思う「古代からの月のサイクルと女性のサイクルのリンク」の崩壊
 In Deep 2022年10月16日

 

そこに、「エメラルド・タブレット」というものを載せています。

『薔薇十字団の秘密の教え』の最終ページにあるエメラルド・タブレット

Die geheimen Figuren der Rosenkreuzer

 

この内容を示した「文章」は、このイラストが掲載されているページの下にラテン語で書かれているのですが、Wikipeida - エメラルド・タブレットにもありますし、そこに、アイザック・ニュートンによる英訳を日本語に訳したものもあります。

ただ、それもまた「下なるものは上なるもののごとく」というような文語調でして、どうも私は文語調の日本語をよく読めないのですよ。それで、以前、「ですます調」で、訳したことがあるのです。11年くらい前のこちらの記事にあります。

ちょっと長いですが、転載します。最後のほうに出てくる「ルメス・トリスメギストス」というのは、伝説的な錬金術師だそうです。

 


エメラルド・タブレット (ニュートン訳より / 1680年)

これはまったく偽りのない真実です。

唯一となる奇跡の実現のためには、下のものが上のように、あるいは上のものが下のように。

そして、すべてのものはたったひとつの適合によってひとつからやってきます。

なぜかというと、すべての物はこのひとつのものに起因しているからです。

「太陽」がその父で、「月」がその母、「風」はそれを胎内に宿し、「大地」はその乳母です。全世界の、すべての完全性の父がここにいます。

その作用と力は完全です。それが地に転換されれば、偉大なわざによって大地から火をつくり、粗雑なものを精妙なものに変えることができます。

それは地上から天へ昇り、また再び地へと戻り生まれ変わります。
そして、上のものと下のもの両方の力を身につけるのです。

そして、あなたにとって世界の奇跡は自らのものとなります。
あなたからすべての曖昧な概念は消え去るでしょう。

これはどんなものより力強く、どんなフォースよりパワフルです。どんな精妙なものも、どんなに堅くて強いものも貫き通します。

こうして世界は創造されました。

希有な結合、そして多くの驚くべき奇跡によって。

このため、私はヘルメツ・トリツメギストスと呼ばれています。
私は全世界の知恵の三つの部分をマスターしています。

私が錬金術の偉大さについて言いたいこと、すなわち、太陽の作用について私が言わなければならないことはこれで終わりです。


 

ここまでです。

ここに、

> あなたからすべての曖昧な概念は消え去るでしょう。

とかあるのですけれど、私は、ここにありますように「すべての曖昧な概念は消え去れば」、幼少時からあった、「根源的な恐怖は消えるのではないか」と思い、それでエメラルド・タブレットにも興味を持ったのですけれど、まあ未だに、この内容はもちろん全然わからないです。

しかしデスね((3)粘り強さの育成…)、とにかく、それが何であれ、「現実と合理を見て生きていくしかない」とは思ったのですよね。

自分の感覚や、曖昧な観念をできるだけ排除したいというのが、この 10年間くらいの、まあ……使命というと大仰ですが、それに近い感じだったと思います。

今思えば異常に執拗なコロナワクチンへの態度もそうでしたけれど、理解できないことがあるうちは「こんなもんでいいだろ」となってはいけないと。

自分の知識と能力が足りない部分がたくさんあるのが現実ですが、どんなことに対しても、持っているだけの知識と能力で、限界まで曖昧さを排除して合理的に考えてみようと。

この世のすべてに対してそういうように対峙していれば、いつかは「何かがわかるかもしれない」というような。そうすれば、私の一種の使命である「根源的な恐怖からの解放」が成しうることがあるのかもしれないと。

 

そうやって周囲を眺め始めますとと、「私はなんと思い込みだけで生きていた部分が多いのか」と気づきます。

たとえば、地上から見れば、

「月と太陽は同じ大きさ」

であることも、それまで気づいていなかったのです。

こちらの 2012年4月の記事に、そのことに気づいた時のことを書いています。

ぼんやり夜と朝、同じような場所にあった月と太陽を見て、「へえ」と

 

実際の(あるいは私たちが思い込んでいる)このふたつの天体の大きさの差は、以下のように約 400倍あります。

太陽と月の直径の差

In Deep

 

地球からの距離もまた 400倍だからこそ、日食も起こるし、空に浮かぶこのふたつは同じ大きさとなっています。

それ以前の私なら「そんなの当たり前じゃん」と思ったでしょうけれど、すでに「当たり前」という観念を持つことがあまりなくなっていました。

 

それに伴って、この世のすべてが「奇跡で構築されている」ことを認識するようになり、この世の見方が俄然楽しくなりました。

コロナワクチン後の世界でも、「人間の免疫システムの奇跡」や、「内在ウイルスの奇跡」のような挙動を知ることができたのも、ファイザー社のワクチンのお陰だと思っています。

同時に、「医学知識というのは、こういう悪意としてこんなふうにも使えるのだなあ」とファイザー社ワクチンを調べる中で知りました。

 

なお、「悪魔的存在」というものもまた「合理だけ」で考えます

しかし、人間と違うのは、

「悪魔はそこに奇跡を見ない、あるいは見ることができない

のです。

私たち人間はそれができる。

こんな難しい話は別としても、きれいな花を見て「きれいだなあ」と思うのはこの世で人間だけです。

「富」と聞いて「トミーとマツ」と即座に浮かぶのも人間だけです(いや、それは一部だし)。

つまり、きれいだなあとか、おもしろいなあ、とか、いっけん曖昧な感情に思えるかもしれないですが、

「その曖昧な感情は、完全な合理性からしか生まれない」

のです。

そのきれいな花の遺伝子配列が少しでも違えば、その「きれいだなあ」に至る外観は持たない。トミーとマツ……の話はまあいいか

 

ああ……もう話の展開がわからなくなっている。

 

まあしかし、最初のほうに書きました「富とは何か」はわからなくとも、それは、基本的に「使命に向かうためにある」というのなら、それはそれで理解できるような気もしました。

一番良い状態は、「資産などなくても富を感じる」という状態でしょうけれど、現時点の世の中では、それができる方々はごく少数だと思います。私もできないです。

しかし、仮に現在、良い人間関係をお持ちならば、それは間違いなく富です。

現在、没頭できる趣味や生き方があるのなら、それも間違いなく富です。

心から打ち込める仕事があるのなら、それも間違いなく富です。

たとえ何の取り柄がなくても、自分自身に自信を持たれているなら、それも間違いなく富です。

素晴らしい過去の経験を持たれているなら、それも間違いなく富です。

人生に良い思い出を持たれているなら、それも間違いなく富です。

いいダジャレが連発できるのなら、それもまた……(いや、それは富じゃない)。

イケメンじゃないのにイケメンだと主張し続けるのもまた……(いや、それも富じゃない)。

 

……ヨベルの年にはお客が呼べるよ……(・・・)。

 

さあ、苦しくなってきました。

ちなみに、単純に資産の話としても、海外のいくつかの記事を見ていますと、相当緊張した状態が近づいている感じがあります。

どうなるかは私にわからないですが、しかし、ちょっと見たことがないような変動の時期が近づいていそうです (近づいていないかもしれません)。

それと共に、戦争のことや、そして、日本のワクチン展開後そろそろ1年半が経過しようとしているという「時期の問題」や、いろいろと究極的な時期が近づいているかもしれません(もちろん近づいていないかもしれません)。

 

訳のわからない記事で申し訳ありませんでした。

 

昨日、アメリカの大統領がまたも形而上的なことをたくさん言っていたので、触発されたのかもしれません。

大統領は、記者に向かって、

 

「私はすでにいなくなり、そこには、もっとたくさんの草がある…。…私は行くつもりだ」

 

述べました。

感動的に文学的でした。

ともかく、皆さんも、ヨベルの年を乗り切りましょう。

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