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地球最期のニュースと資料

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唯物論的な統計観点から出された「人類がこの1年以内に滅びる可能性は500分の1」という思想に苦笑しすると同時に、もはや「人類の進化はほぼ阻害された」ことも悟るやや寂しい夕暮れ

   

2016年11月19日の英国インディペンデントより

human-extinctionINDEPENDENT

 

今日は、冒頭の記事を翻訳したあたりで、かなり時間がなくなっていまして・・・・・まあ、相変わらず1日の時間の配分がうまくできなくて、目覚めたと思ったら、もう夕暮れでございます(認知症を含む恐れあり)。

それで、この冒頭のインディペンデントの記事の内容をご紹介しようと思いますが、実際には、この記事の、科学者が、確率と統計に基づいて算出した結果が、「人類がこの1年間以内に絶滅する可能性は500分の1」だという方のことはどうでもいいのです

むしろ、この記事を読みますと、「唯物論の世界の科学では、こんなこと程度で、この世が終わってしまうと考えてしまうものか」という、現在の人間の文明と思想のもろさと儚さを感じさる部分もあります。

唯物論というか、国語的な「唯物論」という意味はともかく、今の世の中の、

・この世は有限だと考えている

・この宇宙に無限のものは存在しないと考えている

という現代の文明社会を広く覆う思考のことで、つまり人間というものはその肉体を含めた物質だけのもので(意識さえも脳の中にあるとかいうような話)、そこに常に共にある物質ではない永遠の存在の概念というものを否定される、という考え方で、つまり今の社会の一般的な考えです。

これだけでも、今の時代が実にファックなことこの上ない世の中であることが明白だというようには思うのですが、まあしかし、そういう時代に生きているのですから、「物質が終焉して終わるなら、終わらせてみればいいじゃねえかよ」という気にもなりますが、まあ、何だかわからない論法はともかく、今の世の中の・・・永遠という概念をひたすら無視して走ってきた科学のひとつの結論は寂しいものとなるというようなことを表しているとは思いました。

しかし、そういうヘンな話はともかくとして、このインディペンデントの記事には、「私が若い時からずっと知りたかったこと」が、書かれていたのです。

それは、

「これまでこの地球で何人の人類が死亡したか」

ということです。

それは、バルセロナ大学の数学者の統計的な結論として、「 1000億人」ということなるのだそうです。

その期間は、現世の現代人類の登場期間からの計算だと思われるのですが、そのあたりは明記されていないので曖昧です。しかし、仮にそうだとすると、現世人類は大体、十数万年前にこの地球に出現しましたので、その期間のあいだに、人類は、1000億人の死を積み重ねてきているということになります。

当然ですが、1000億人の死の前には、

「 1000億人の人類の誕生」

があったわけです。

これだけでも大した数のようにも感じますが、地球は、それをこれまで何度も(あるいは5回くらい)繰り返していたかもしれないとすれば、無数という表現に近い人類たちの「生」と「死」があったといえます。

それはあくまで肉体の生や死だったわけですけれど、その根幹には複数の「自我」だとか「意志」のようなものが、転生し続けているとするならば、この世の作りはめまぐるしく遠大なものだなあと思ったりもするのでした。

あるいは別の言い方では「めまぐるしく淡々としている」だけなのかもしれないですが。

私が死ぬ時には、それは現世の地球での 1000億番台の死ということにもなり、そうなると、そこに特殊性があるわけでもないことにも気づきます。

 

では、ここからインディペンデントの記事です。私たちは、現代の統計科学的には、1年間に 0.2%の絶滅の確率を抱えているそうですので、今後、新たな 1000億番台の死が量産される時代も、それは来るのかもしれないです。

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One in 500 chance humans will be extinct in a year, mathematician claims
Indepensent 2016/11/21

人類が1年間以内に絶滅する可能性は500分の1だと数学者は主張する

バルセロナ大学のひとりの数学者が、人類が 21世紀の終わりを見ることができない確率を 13%と推定した

来年 2017年、人類は絶滅の危機に非常に高く直面していると数学者は主張する。スペイン・バルセロナ大学 宇宙科学研究所(Cosmos Sciences Institute)の数学者フェルグス・シンプソン博士(Dr Fergus Simpson)は、21世紀において、どの年でも「世界的な大破局(global catastrophe)」が発生する確率は 0.2%であると述べている。

この計算は、これまでに生まれた人間の総数の見積もりを考慮し、人類種の将来の構成人口の数を予測することが可能な終末論に関する議論に基づいている。

シンプソン博士は、「アポカリプス・ナウ 蘇る終末論争( Apocalypse Now? Reviving the Doomsday Argument )」と呼ばれる学術論文において「世界的な大破局の年次リスクは現在 0.2%を超えている」と主張している。

シンプソン博士の論文
apocalypse-now

 

この論文は、米国コーネル大学のオンライン・ライブラリーからアクセスすることができる。

シンプソン博士の計算によれば、これまで、地球上では約 1000億人の人類が誕生しており、これから、人類がこの世から消えるまでのあいだも、同じように人類が誕生するだろうと見ている。

博士は、人類が 21世紀の終わりを見ることができない確率を 13%と推定している。

とはいえ、英国の天文学者マーティン・リース卿(Sir Martin Rees)の 2003年の著作『私たちの最期のとき(Our Final Hour)』には、2100年までに人類が絶滅する確率が 50%だと示唆した研究が示されていることなどと比べると、シンプソン博士の研究は楽観的な結論だともいえる。

シンプソン博士は以下のように述べる。

「前述したような統計的な推論は別にしても、世界的な大破局の年次リスクがほとんどないと信じることは非常に難しいことだと思われます」

「現在少なくとも8つの主権国が核兵器を保有しており、このような、現実をこころみないアプローチは危険であり、無責任でもあります」

「世界的な様々なリスクの緩和に向けた今回の調査が示すのは、これは緊急を要するべきものだということなのです。不可避なものを完全に回避することはできないかもしれないですが、私たちが個人の平均余命を伸ばそうと努力するのと同様に、人類の破局を先に延ばす力が私たちの中にあるはずだと思うのです」

シンプソン博士の仮説は、気候変動の黙示的な影響を警告するいくつかの研究に続くものだ。

科学誌サイエンス・アドバンス(Science Advances)に掲載された新しい研究では、人類が大量の化石燃料を使用し続けた場合、地球は最終的に摂氏 7℃以上の温暖化に至る過程をたどる可能性があり、それは地球人口に致命的な影響を及ぼす。

気候が温室効果ガスに非常に敏感である可能性がそれまでに考えられていたよりも高く、それは終末的な状況に結びつく可能性があると研究者たちは考えていると、ペンシルバニア州立大学の気候学者マイケル・マン教授(Professor Michael Mann)は述べている。

哺乳類、鳥類、魚類、爬虫類、およびその他の脊椎動物の種は、わずか 50年の間に 3分の2以上減少しており、この現在の絶滅の率は通常より 100倍速いのだ。

シンプソン博士は、こうも語った。

「しかし、私は宇宙論の背景を持っており、宇宙はあと 50億年の運命にあることを知っています。つまり、私は存在が有限であることをはっきりと認識しているのです」


 

ここまでです。

記事の中に、現在の時代は野生の動物種が、

> わずか 50年の間に 3分の2以上減少

しているという部分がありますが、これについては、先月、下のような「 1970年代から動物は 60%以上減少した」という調査結果が報じられていました。

2016年10月26日のロイターより

animal-60-declinereuters.com

 

ちなみに、この記事の論文の「アポカリプス・ナウ( Apocalypse Now? ) 」は、これは、ベトナム戦争を爽やかに描いた 1979年の映画『地獄の黙示録』の英語の原題にクエスチョンマークをつけたもので、その映画からのものだと思われます。

『地獄の黙示録』は、若い時に大好きだった映画で、好きなシーン(砲弾が着弾するビーチでのサーフィン)は、ビデオで何度も( 300回くらい)見たものでした。

下は、地獄の黙示録のポスターです。

映画『地獄の黙示録』ポスターより

an-movieGoogle

 

最近は、現実も「地獄の黙示録化」しているようで、下は、過去記事「北緯33度線に絡みつくように勢力を拡大する IS」に載せましたイスラエル沖の光景です。

2015年6月 ガザからの活動家の船を阻止するイスラエル海軍のヘリコプター

apocalypse-now-iarael・REUTER

さあ、そんなわけで、終末気分も高まってまいりました(勝手に高めてんじゃないかよ)。

2017年の 0.2%をクリアできるかどうかは、実際におそろしいことは世界の滅亡ではなく個人の滅亡だということを体感すれば、ダイジョブだと思います。

 

ところで、先ほど、「唯物論」というような言葉を使ってしまいましたが、参考までに、ルドルフ・シュタイナーがこの「唯物論」というものに対して、どのような態度で応じていたかということを、シュタイナーの『神智学の門前にて』という著作から抜粋して今回はしめたいと思います。

シュタイナー『神智学の門前にて』より抜粋

もし、唯物論がまだ何十年もつづくなら、唯物論は民族の健康に破壊的な働きかけをするだろうということを、秘密の導師は知っている。

もし、唯物論的な思考習慣が抑止されないなら、やがて人間は神経質(神経症)になるだけではなく、子どもも震えながら生まれてくるようになる。

子どもは周囲の世界を感じるだけではなく、どのような周囲の環境にも苦痛を感じるようになる。

特に精神病が非常な早さで広まる。狂気の流行病が、何十年か先に現れるだろう。

精神病の流行によって、人類の進化は妨害されようとしている。

このような未来の世界像ゆえに、人類の隠れた導師たち、叡智のマイスターたちは、霊的な叡智を一般の人類に注ぎ込まねばならない必要性に迫られているのである。

 

このようにシュタイナーが言ってから、数十年どころか 100年以上経ち、シュタイナーの言っていた、

> 狂気の流行病が、何十年か先に現れるだろう。

というものが今は世界各地に広く浸透し、シュタイナーの生きていた時代には想像もつかなかったようなタイプの犯罪と憎悪で世界は満ち溢れております。

シュタイナーの上の言葉を信じるならば、「すでに人類の進化は阻害された」ということになりそうです。

さびしい気もしますが、自覚しなければならないことを自覚することは現世に生まれた私たちの責任のような気もいたします。

これと関係する話ではないですが、最近、私は、曖昧な話ではなく「私たち人類と人類の生活を滅ぼしているもの」が、具体的にずいぶんはっきりしてきた感があると思っています。それぞれすべてが最近の日常の生活の中に普通に浸透していることです。

しかしそれらは、もはや今の社会で訂正・修正の効かないものばかりですし、書くことにより反感をおぼえられる方もいらっしゃることも多いことかと思いまして、今書くのは難しいかもしれないですが、そういう機会もあればいいかなとは思っています。